傷
「何?何これ?どうなってるの?」
ヴィーナは突然おかしな挙動を始めた本とサレナに戸惑っていました。
本は熱くて触ることもできず、サレナは声をかけても反応せず、ひたすらに踊り続けています。
「どっちかだけでもどうにかしないと…でもどうすれば…。」
「kxaaaaa!!」
悩むヴィーナの耳に、聞き慣れた声が響きます。
それを聞くたびにサレナが傷つき、もう二度と聞きたくないと思ってもまたすぐに聞くことになってしまう声。
怪物の声。
ヴィーナは弾かれたように振り返りました。
本の異変のせいで気づきませんでしたが、二本腕の怪物が1匹、ヴィーナのすぐそばまで近づいていたのです。
「っサレナ!戦闘態勢!二本腕が一体!」
考える前に体が動きました。すぐにそこから飛び退き、サレナに呼びかけます。
「raーー……raraー…」
「サレナ!サレナってば!」
しかし、サレナは答えません。未だ微かに歌いながら踊り続けていました。
その間にも二本腕の怪物は2人の方へ近づいていきます。少しずつ、2人をその腕で叩き潰せるだけの距離まで近づこうとしています。
「サレナ!サレナぁっ!早く!元に戻って!」
必死のヴィーナの叫びも、サレナには届かず虚空に消えました。
そんな光景を叩き潰そうとでもする様に、怪物は無慈悲に腕を振り上げます。その狙いは叫び続けるヴィーナではなく、何故かサレナに向いていたのは、その時はどうでもいい事でした。
「kxaaaaa!!」
「駄目…!サレナだけでも!」
咄嗟にサレナを突き飛ばしたヴィーナは、必然的に怪物の腕の下に身を晒す形になります。
「っぐ…がふっ…」
突き飛ばされたサレナがよろめいて倒れるのと、ヴィーナが吹き飛ばされるのは同時でした。その呻き声に反応したように、サレナが一度身を震わせて辺りを見渡します。ようやく、今の状況に追いついた様です。
それと同時に、おかしな挙動をしていた本は完全に停止しました。
「え…ヴィーナ?ヴィーナ!これどうなってるの?」
「ようやく…正気に戻ったかこの馬鹿!」
現状を把握できていないサレナを一喝し、ヴィーナは立ちあがろうとしました。
しかし、膝をついて力を入れようとしたらまた倒れてしまいます。
「サレナ…敵は2時方向に二本腕が1体、とりあえず早く構えろ!」
「2時方向了解!」
「あたしはここにいるからそのつもりで立ち回って!」
ヴィーナの言葉を聞いて一瞬でスイッチを切り替えたサレナは即座に杖を構えました。
「目の前の下段、水平に薙ぎ払え!反撃は気にするな!」
「了解!ヴィーナもうちょっとだけ下がって!」
ヴィーナの指示通り、サレナは一度深く身を沈めてから杖を大きく振り回しました。攻撃は怪物を捉える事はありませんでしたが、狙いをヴィーナに移していたその歩みを止める事には成功します。
「外した!サレナそのまま上に振り上げてそいつの左腕切り落とせ!」
もうサレナはヴィーナの指示に答えを返しません。しなくても指示が聞こえている事はヴィーナが理解しているからです。
振り上げたその軌道は怪物の左腕、その付け根にまっすぐ吸い込まれていきました。
そのまま腕を落とせるかに見えましたが、
「っ?!この感触…」
「まずい!サレナ後ろに飛べ!」
その予想は2人が想像もしなかったやり方で外れました。
怪物は、自分の体と腕で挟み込むようにしてサレナの杖を止めていたのです。その力はかなりのものだったようで、サレナは杖を動かすことも引き抜くことも出来ません。
「サレナ!一旦杖離して後ろに飛べ!姿勢低く保って反撃を躱して!」
「了解!でもなんでこいつ杖に触っても平気なんだ?」
「それは後!とりあえず倒すよ!」
首を傾げながらも後ろに飛び退き、伏せるサレナ。今回はなびいた髪が持っていかれる事もありません。
結局、怪物の腕は何も傷つける事なく頭上を通過しました。
「よし、そのまま左側を前進!そいつの脇を通り抜けて後ろに回って!」
「またまた難しい事言うね!」
「出来るでしょ?信じてるよ!」
ヴィーナからの信頼を言葉に出されて照れたのでしょうか、サレナは何も言わずに足に力を込めます。ですが口元がにやけているのが見えています。
右腕を振り切ったまま体勢が崩れている怪物の脇をくぐり抜け、サレナは踊るように振り向きました。
その瞬間を見計らい、ヴィーナは指示を飛ばします。
「サレナ今だ!杖の先端が正面にあるから掴め!」
「了解!見てろよヴィーナ!かっこよくキメてやる!」
そう宣言したサレナは、なんとくぐり抜けた勢いを保ったまま空中に飛び上がり、一回転します。
そのままサレナは杖の先端を指に引っ掛け、怪物からもぎ取りました。
「サーレーナ!カッコいいけどふざけてたら死ぬよー!」
「だーいじょうぶ!ヴィーナがいれば死なないから!」
「もう……」
ささやかな仕返しでしょうか、今度はサレナがヴィーナを照れさせます。
取り戻した杖をカッコよくクルリと回し、サレナは怪物に正面から相対しました。
「サレナ、正面だよ。そいつの攻撃にカウンターで合わせていこう。」
「おーけぃ!よろしくね、ヴィーナ!」
「おう!」
サレナは杖を構え、ヴィーナは後ろで怪物を見据える。いつもの構図の完成です。
2人の空気が変わったのを感じ取ったのか、怪物は一つ身じろぎして両腕を振り上げました。
「正面真上からの振り下ろし来るよ!脇にステップして避けて!」
「ほいよーっと!」
「そしたらまず腕落としちゃえ!」
「了解!」
怪物の腕を半身で避けたサレナは、余裕綽々で杖を振り上げます。
「風切り音からしてそっちだよね?そーれっと!」
怪物をギロチンにかけたらきっとこんな風になるのでしょう。
唸りをあげて振り下ろされた杖は怪物の両腕を見事に捉え、さほど抵抗も無く両断しました。
「よし!サレナ、後は煮るなり焼くなり好きに出来る…痛っ…」
「ん?ヴィーナどしたの?」
作戦が綺麗に決まって思わず立ち上がろうとしたヴィーナでしたが、負傷した足を庇って倒れ込んでしまいます。
そんな異変をサレナが聞き逃すはずもなく、親の心配をする雛鳥のようにヴィーナに問いかけました。
「大丈夫…だから…敵に集中しろ!サレナまで倒れたら何の意味もないんだから!」
「ヴィーナ、そんな声で大丈夫なわけないでしょ?コアの場所は?」
「っ…目の前、サレナの目線の少し上!」
「了解!待ってろすぐ倒してやるから!」
怪物の方に向き直ったサレナは杖を握り直し、そのまま大上段に振りかぶります。先程両腕を落とされてしまったので、怪物はこの攻撃を避ける事も防ぐ事もできません。
「さっさと…消えろぉ!」
真っ向から杖を振り下ろし、怪物はコアごと縦に両断されました。
その手応えを感じたサレナは、怪物の死を確認もせずにヴィーナのもとに走ります。
今まで2人が戦って来た中で、いつも傷つくのはサレナの方でした。怪物と正面きって戦うのがサレナしかいなかったので、それは当然ではあります。
なので、サレナは「ヴィーナが傷付く」事を全く想像していませんでした。
そしてヴィーナ自身も、自分が傷付く事を想像していませんでした。
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2人の関係性が、緩やかに変わろうとしていました……っと。
あれ?アカシックレコードの調子が…
あ、途中からあの子達じゃなくて私に焦点合ってる!
あー……これどうにもならないなー…
……気にしないでおこう。うん、そうしよう。
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