第157話 夢幻と相成って。4/4


「アレは……なんで……」


兎角とかく、舞い踊る白き羽根の輝きに目を惹かれ、思いもしなかったと共に戸惑いを金色の瞳が映し出す。足場の、やや弾力のあるマザーの蛇の下半身に足を取られ力が抜けて崩れ落ちるひざ——咄嗟につややかな蛇のうろこに両手を着いてかしこまるように顔を上げている少女。


「——……そういえば、他にも来ていたわね。、排除できないなんて本当に役に立たない子たちだわ」


そんな背後で腰を落とした少女の戸惑いを横目に、マザーの視線は淡白に同じ場所へと流れ、密やかにその言葉は紡がれて瞼の帳が降ろされる。


 わずらわしい事ばかり、手間が省けず本命本題に取り組めぬ苛立ちと倦怠感けんたいかんを所作に滲ませつつ、まるでマザーは腕をまくるように己の片腕を撫でるのだ。


そして時を同じく、様々な想いが錯綜し、その状況の変遷に際する僅かな白紙の時間を各々のいろどりで塗り替えようと動き始めていた。



洞穴の終極地とも言えよう広大な地底湖の大空洞にて、


『【行軍龍歩サティアフル・メデュラッサ】——』


現れた天使アルキラルは祈り、あたかも懺悔するかのように唱えた。



『なにを、伝えれば宜しいでしょうか【弾龍飛翔リグロ・グランティアラ‼】』


己が蛇の濁流を追い越して跳び上がった際に舞い散らせた白く輝く天使の羽根を、様々な大きさの白濁半透明の薄い膜へと変化させて弾力性のあるその膜を用いながら宙空を駆け始め、反動反射を繰り返して目的とする場所へ向かう為の加速を強めていく。


「——……ちっ、ならしゃあないわな‼ 作戦、変更や」


そして強大な力を持つマザーを前に地につくばう他なく辛酸しんさんを舐めていたアドレラは、予期していなかった参戦者の登壇で自らの行動方針の変化を余儀なくされながらも歯を噛み、絶えず諦める事無く、現れた天使の動きから再びとマザーに鋭い眼差しを向け直し、新たに懐から取り出した扇子を片手に立ち向かう動きを魅せる。


未だアドレラの分身体は複数と残る。その全てが、その瞬間——同じ動きをして魅せたのだ。


「「「「「【蛇目撃ギジャリヴち——洒落舞千鳥格子ティファジャランテ‼】」」」」」


 アドレラの選んだ次なる行動の目的は恐らくと、大空洞の入り口から噴き出した己の力で生み出された蛇の群れの濁流の全てを用いた魔力の一斉照射による


今は夫々それぞれと自らの尾を喰らい無数の輪を創り出す蛇の濁流——微睡まどろんでいた少女デュエラを罠にめて命を奪う事が出来ぬのならば、直接と少女の命を脅かしマザーの目論見に痛烈なひびを入れる構え。


その為の一手——


「……


長き悠久の時が育んだ地底湖の主である彼女の前では、天使の羽ばたきも娘の決死の足掻きも、すべからく赤子の児戯に等しいのかもしれない。



「天使様……なんで、なんで——」


アドレラに従う蛇が輪を作り、その輪の空白に魔力を集約し始める一幕。宙空を跳ね回り、コチラへと跳んでくる助走を速めていく天使の姿に唖然と心奪われる少女デュエラ。


けれど、そんな未だ夢にうなされる少女を尻目に、



「ふぅ——【母地一喝メグル・リディオ】」


辟易と瞼を閉じたまま、同じ面持ちで整えられた呼吸のその後——前方に差し出されたマザーの両手は蛇のあぎとの如くパンっと上下に合わせるそれだけで、



「「「——⁉」」」


まるで遊び回る子供を一喝し、他の何者かに向けていた意識を削ぎ落として母の言動のみを注視せよと宣うかの如を産み出して、眼前に蠢く全ての物を一瞬にして吹き飛ばす。


無数に這いずっていた蛇も、アドレラの足掻きも、宙を跳びかっていた天使も何もかもが、塵芥ちりあくたのように塵芥と共に吹き飛ばされる。


一瞬で何もかもが消えた光景は、筆舌に尽くしがたい。


「これで静かになったわね。さぁ——お待たせ。続きをしましょうか、デュエラ」


「……」


 色は何色だったのか。あまりに呆気なく騒がしかった何もかもが消え去ったように見えた光景に愕然とするデュエラの瞳。走り去った衝撃波の色は白だったような気もするが、一瞬の閃光で本当に白であったのかは分からない。


ただ視界が一瞬、しても居ない瞬きをしたような一瞬の空白の後に全てが終わり、遠くに積み重なった蛇の肢体の山々ばかりが目を凝らせば見えてくる。


「? あぁ……大丈夫よ、ふふ。はしておいたから、死んでは居ないわ。貴女の友達ですもの当然よ——ね」


嫌だ、イヤだ、いやだ。


振り返って首を傾げ、微笑むように何も変わらない平常な口調で紡がれる言葉も耳をすんなりと通り抜けて自然と体が動いた。


「アルキラル様‼」


巨大な蛇の下半身が滑り落ちて膝を地面に叩きつけても、少女が見据えるのは蛇の群れが吹き飛ばされて山を築く遥か遠く。硬い地面にぶつけて痛む膝、それを気にも留めずに抜けているかもしれない腰を腕の力で引っ張って這いずってでも少女が向かおうというのは恐らくと己を助けに来たのだろう天使が消えて行った向こう側。


「……」


少女の慌てた様相、己を見もしないままに、意識もせぬまま真っ先に、ただ真横を通り抜けていく少女に対してマザーの目線は虚を突かれた様子ではあったが静かに少女を追う。


一瞬でも抱いた閉塞感の有る状況を打開するかもしれない希望を容易くと覆され、夢幻ゆめまぼろしと相成った救出劇。


未だ少女は覚めぬ悪夢にうなされ——いや、次々と途方もないに襲われていくばかり。


「デュエラ、何処へ行くの?」


ズルリと動き始める蛇の下半身、心の動揺が隠せぬ覚束ない足取りで走り出すデュエラの前に回り込むようにうねるマザーの上半身。


——絶望は背後から迫る。


では——いや、止めておこう。


まだ彼は、この場に至りはしないのだから。


 あゝ、天井にまで舞い散っていた白く輝く羽根が、ようやくと一羽——地まで降りる時間しか未だ過ぎ去っては居ない。


——。

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