第155話 仇花。1/4
「所でさ、行かせてよかったのかな。あの人も、仲間なんだろ?」
混ざらぬ虹色の光で形作られた蛇を七匹と体に絡ませながら宙空より蹴りを放った月光に照らされる薄緑髪のウルルカは己の蹴りを腕で受け止めた敵対者に対して世間話も追撃と投げかける。
すれば、ウルルカの攻撃をいとも容易く受け止めて受け流したとはいえど、
「運動しながら喋ると舌ぁ噛むぞ‼」
蹴りを受け止めた腕は弾かれて衝撃で反り返る体を腹筋で耐えて姿勢を戻そうとする体勢となった敵対者イミトも負けじと言葉を返すに至って。周囲に張られたウルルカの魔力で創られた弾力のある薄緑の膜によって近くにあるにも拘らず遠くにあるように響く滝の騒音が混じる二人の戦いは既に始まり、そして続いていて。
「まだ、噛むような速さじゃ——ないさ‼」
未だ序盤、始まりに過ぎなかった拳と拳の打ち合いも熱を帯び、徐々に激しさを増し始めたような情勢——ウルルカの蹴りによって弾かれて反り返ったイミトに対し、拮抗した攻防で蹴りを振り抜けなかったウルルカもまた攻撃の姿勢が崩れ、追撃に走れない体勢ではあった。
しかして宙に魔力の足場、弾力性のある魔力の膜を創り出せるウルルカはすかさずと己の魔法の弾力を活かして素早く体勢を整えて、追撃の槍の如き跳び蹴りをイミトの体勢を取り戻そうとする腹筋に見舞うのだ。
されど対するイミトもまた——敵からすれば厄介とも言える魔法を用いる。
「っ、効くなぁ……それでなんだっけ、アルキラルの事か。問題ねぇよ、仲間って訳でも無い——気になるのか?」
ウルルカの跳び蹴りを腹に受けて、逆さ『く』の字に身体を押し飛ばされても尚、イミトの足下から伸びる黒き影が
「なんか気になってさ……立ち振る舞いが、あの人と似てたから」
今や力の性質が極まりて生物の如き意思を持つ触手のような風体を匂わせる黒き影、月光の通らぬ闇はイミトの足下で不気味に蠢く——ただ、ウルルカもまた時を経る毎に身体に絡みつく七色七匹の蛇が身を蝕み、彼女自身の色を意味深に変異させていく。
「ぷっ……あー、ルキラ・マール・メデュニカの話か? アレは生まれ変わりみたいなもんだからな、良い勘してると思うぞ」
「はは、生まれ変わり? 詳しく聞きたい
一連の攻防を終えての空気読み、いやいや一旦の小休止——僅かに乱れた呼吸を整えるが如く唾を吐くイミトと体の調子を確かめるように首後ろに手を回して小首を傾げるウルルカは今しがた出た話題について見識を深め始めて。
「俺もお前らも似たようなもんだろ——誰かの、何かさ」
「——だったら尚更、行かせても良かったのかな。アド姉は、ルキラと一番——仲が良くて、誰よりもルキラを憎んでいたから、きっと——似てるってだけで容赦はしなくなるよ」
ウルルカは、イミトの語る夢物語を疑う事はしなかった。
というよりもそもそもと、話半分にイミトが
「はっ、最初っから容赦なんかしないだろ……笑わせんな、よ‼【
言葉に意味はあるのか。確かに今更と、意味は有るのか。
そうイミトが宣うが如く、喉奥を鳴らすように嗤い、
「——……」
けれど準備運動を進めていたウルルカの左右を通り過ぎる黒波も、
「……他人の心配より、そろそろ自分の心配をするべきだろ。悪い
影に染まらぬ道の先には、闇そのもののような存在が一つ。両腕に灯る黒き渦が創り出すのは黒鉄の
「——君も、だろ‼」
「そら、そうか」
言葉は紡ぐ。けれど獣は獣、一度と剥き出した牙で互いの首根を噛み千切り合い、どちらかの絶命が果たされるまで止まらない。
敷かれたような黒い影に染まらぬ道を一直線と腰を低くして跳び出したウルルカ、真正面から受けて立つイミト。身に付けた黒鉄の篭手で受け止めたウルルカの拳から噴き出す、これまで七匹の蛇の光として分離されていた七色の光。
「でも確かに、お互い——他人の心配をしてる場合じゃないね……僕の方も馴染み始めたよ」
「報告どうも……悪かったな、待たせちまって」
嵐の如く二人の衝突を受けて逃げ出して荒れ狂う風、森の木々が圧倒に木の葉を散らし逃げられないと泣き叫ぶ。ウルルカの放つ妖しい光に煽られて晒されるイミトの顔は、全ての準備が整ったのだと悪辣不敵に嗤っていた。
「良いさ。僕にも僕の都合があった、何もかもが……お互い様だ」
互いに穏やかな口振り、されども笑わぬ真剣な面差しが確かに瞳の奧には宿っていて。
嗚呼——殺し合いは、呪い合いは続けよう。
「
相手の出方を伺うように攻防を再開し始めた両者、数撃の連打を流れるように撃ち出して様子を見るウルルカとは対照的に、未だ相手の動きを観察しながら防御を続けるイミト。ここまでと変わらぬ様相ではあったが、敢えて加えて告げるなら互いに隙あらば相手の動きを絡め取って掴もうとする所作行動も見て取れる。
「これも——今更な話だけ、どよ‼【飢歯】」
そのような攻防の中で、一瞬の隙を突いて両手をイミトが合わせれば、地を走った黒波が残した轍から無数の棘が跳び出して歯を噛み合わせるが如く地表からウルルカ目掛けて左右の棘が擦り合う金切り音を刹那的に響かせながら畳み合わさる。
初めてのイミトからの攻撃らしい攻撃。
「——そうか。良く分からないけどさ、何もかも……上手く行かなければ良いね」
その地上からの分かり切って居たとも言えた奇襲を後方高々と咄嗟に跳び退く事で何の事も無く躱すウルルカは切なげにそう述べながらイミトと距離を取り、宙返りながらその場に半球状に展開され続けて在った己の魔力が創り出した薄緑色の膜に逆さに着地するに至って。
嗚呼——それは何処かで見た光景。いや、何処かで同じく見掛けられた光景。
その時、ウルルカが足を着いた天井を見上げながら、イミトが呟く。
「
ウルルカが突き当たった反動を吸い取るように
——イミトが放った言葉も届かぬ程に。
「じゃあ、お姉ちゃん頑張るからね。力を貸してくれよ、妹達」
「——また、悪い癖が出てる。性根は変わらねぇよな、中々……お互いに」
これから激しく堕落するだろう蛇を見上げる地獄で蠢く悪魔の瞳に映るのは混じり合う虹色七匹の蛇が八色目の緑色の蛇が放つ魔力に飲まれ、一匹の蛇となり怒りに身を任せて地上の命に威嚇の牙を剥くような光景。
「【
「【
悪魔は備えた。乱雑に人一人分の足場と成り得る虹色に
「来いよ、素敵な音楽は流れて来ないけどな——望みのもんは、食わせてやれる」
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