第148話 地に堕ちた羽根。4/4
その場所は、堕ちた白き翼で満たされていく。
一枚、また一枚と吹けば飛ぶような軽さで地に堕ち続ける白き羽毛は、千切れ堕ちたとは思えぬ程に美しく薄い光を放っていた。決して単体では世界に煌き照らさぬが、己の位置——存在を闇の中でも確かに主張するような弱々しくも力強い輝きを帯びていて。
しかし荒々しく、まるで嵐を引き連れてきたような上空からの来訪者によって羽毛に埋め尽くされつつあった森の地は、風の荒ぶりに呼応するかのように舞い上がり、夕闇を満面に——あたかも桜吹雪の情景の如くチリチリと照らし上げる
「
そうして、その羽毛で覆われていた地に佇んでいた執事服を纏う銀髪の麗人の吐息も静寂な雰囲気と共に儚げに吹き消されて、彼女の視線は不粋武骨に森の天井を突き破り大地に降り立った漆黒の鎧兜と、黒き人一人分の大きさの黒き
「——木っ端風情が、嫌味たらしいものだな。文句を言うなら奴に述べよ、そもそも我は貴様らとなど待ち合わせの約束も何もしておらんわ。ふん」
すれば、その場に佇んで顔色一つの変化の無い銀髪の麗人とさも顔見知りであるかのように言葉を放ち、心無き骸骨騎士の体を操って漆黒の鎧兜の中に潜む魔物は骸骨騎士がもう片腕で背負っていた棺桶を無造作に地面へと落とさせる。
不吉で禍々しい黒き光沢が際立つ、ほのかに輝く羽毛の雨の中での事。
「っあ⁉ クレア殿、到着したのですか‼ では早く我らを——‼」
棺桶の中に閉じ込められていたのは銀髪の麗人とは少し違う白銀の髪を持つ騎士カトレアで、落下の衝撃で無造作にズレた棺桶の蓋の隙間から漆黒の仮面を覗かせてクレアに状況を問おうとする。だが、会話に——或いは久しき再会に水を差すなと言わんばかりに棺桶の蓋が骸骨騎士によって乱暴に蹴り飛ばされて彼女の問いは物の見事に
「……罪人様は、まだコチラには?」
「何でも見通す神の眼とやらにでも頼れば良かろう。胸糞の悪い、己の意志で来た訳でもあるまいに」
「……」
こうして蹴り飛ばされた棺桶の蓋が生む衝撃によって更に光る羽毛が舞い散る森深き地にて始まった会話には静やかな
「ここは——セティス殿‼ まさか、セティス殿‼」
そんな中にあって、未だ状況を掴み切れていないカトレアは閉じ込められていた棺桶の中から這いずり出し、これまでに受けた様々な衝撃に身体が気む事を感じながら彼女を見つけるのだ。
——見覚えの無い執事服を着た銀髪の麗人の背後で見覚えのあるマントと
永遠の眠りに就いたかのようにピクリとも動く様子を魅せない小さな背丈の魔女が、そこには居たのである。
「……彼女は無事ですよ、運命に翻弄される騎士カトレア。彼女の怪我は私が治癒させて頂きました。戦線の復帰までとは行きませんが命に別状は有りません、二日も経てば平常な生活行動を開始できるまでには回復するはずです」
仲間である魔女の力なき姿を見つけ——不安に思っていた仲間の安否に、慌てて駆け寄ろうとガシャガシャと音を立てる騎士の
そんな彼女を見下げるように目線を流す銀髪の麗人は仕方なしと徒労の息を溢しながら騎士に歩み寄り、手を貸そうかと言葉を紡ぎながら騎士へと手を差し伸べようと屈もうとした。
だが——、愚かにもと言うべきか。獣の勘が働いて。
「あ、アナタは——『離れるピョン、カトレア‼ コイツ、アレと同じ匂いがするピョン‼』」
「‼ バルピスの……天使か‼ しかし——」
差し伸べられた手の先を見上げ、見覚えの無い執事服と麗人の顔に差し伸べられた手の意味を問おうとした矢先、女騎士カトレアの内なる声が体毛を逆立たせてるような悪寒を体の持ち主である彼女へ伝えるのだ。すれば白き羽が舞う幻想的な風景の中、激しく後方へと跳び退いて四足獣の威嚇のように警戒態勢に転じるに至り。
「……半人半魔の、我々の存在を感知するまでになりましたか。獣に近付いたのか、或いは」
行き場を失った銀の麗人の差し伸べた白き手袋は麗人の下へと引き戻されて乱れた
「獣が獣を見下げたような物言いだな。このように羽根を散らして、どの口が宣う」
しかし、その一部始終を見ていたクレアが放つ皮肉。確かに人非ず、暗がりの色合いが強くなる森深き地を埋め尽くす白き羽毛が執事服を纏う銀の麗人の背から溢れているのは明白で。
恐らくとそのような意味合いでクレアは骸骨騎士の片腕から言葉を吐いた訳では無かろうが、クレアの言葉は暗に銀の麗人が決して此度の戦場に偶然と居合わせてしまったような常人で無い事を改めて匂わせる。
「クレア殿、お知り合いなのですか——この方は一体……」
であれば何者か。銀の麗人の事を何も知らぬカトレアは、知っていそうなクレアへと麗人に対しての警戒を怠らぬままに問おうとしたのだ。
だが、
「私の事など知る必要は無い事です騎士カトレア。以前お見かけしたかと存じますが内なる貴女も、私の事を思い出しても決して口外なさらぬように」
「『……』」
麗人は、決して己の素性を自ら語らず、語らせないと冷淡な様相を貫く。その冷たき眼差しは、あたかも遠くを見据えて見えざるはずの者までを見通すような鋭さが光るのだ。
己に関しての一切の詮索や邪推を禁ず——その眼差しに宿る確固たる意志は、あまりに
それを破る者が現れたのならば、如何な手段を用いようとも断罪に処すと真剣の煌きを無機質に宿らせても居て。
ただ——、そんな身勝手な都合や決意に付き合う程に彼女は優しくも無い。
「ふん。確かに覚える必要もない者ではあるが、名はアルキラルという……この世の神に仕えているなどと自称する
むしろ処せるものなら処して見よと言わんばかりの喧嘩腰。軽々と積極的に詮索を嫌った銀の麗人ことアルキラルの線引きを踏み越えて、普段はしないのだろう知り合いの紹介を悪辣な笑みが想像できる些か上機嫌を装った声色で足下で獣の如く這いつくばるカトレアへと紡ぐ。
すれば、無機質で冷淡な感情表現が
「相変わらずの不敬。
されど売られた喧嘩を身を乗り出して買うは相手に利する事——売り言葉に買い言葉に留めてアルキラルは
「「……」」
こうして互いに僅かばかりの沈黙で語らい合い、険悪な静寂と気配がピリと場を包み中を未だに舞っていたアルキラルの白き羽毛が状況を察して逃げ出し始めたかのような突風の
『——絶対に口を出すなピョン、カトレア』
『流石に分かる……どういう関係なのだ、いったい』
そうなると不用意に問いを放ってこの二人の間に割って入れば、二人の矛先が己らに向きかねないのは自明の理。そんな展開は御免だと内なる声の
カトレアにとって、さしあたっての急展開——正体が不明な新たな登場人物との邂逅に今後の展望は増々と不透明。
度重なる緊張は、何も知らぬ彼女にゴクリと息を飲まさせた。
「それで、あの罪人様は直接向かうのでしょうか。であるなら後は任せ、そろそろ私も動きたいと思うのですが」
「いや、あの阿呆の事だ。セティスの安否を己の眼で直に確認するまで安心はせんだろう……貴様らこそ、どういった風向きだ。奴に丸投げしておいて今さら良い所だけを持って行くつもりか? あの恩着せがましい性悪女神の企みそうな事よ」
とはいえ、もはや戻る事が出来ようとも戻れぬ程に進んだ状況、道すがらに出会う互いの荷物を量る事くらいしか過去を省みる術は無い。
羽根は次々と堕ちていく、何処にでも行けるはずだった羽根が次々と堕ちていく——吹き抜けた突風が唐突に収まり、宙に浮く羽根がその動きを再びと無造作な浮遊に変えしめる。
——敵か味方か、或いは単に目的地を同じとするだけの赤の他人。
「……私がこの場に
「ほう……」
風の音も止んで、密やかな暗躍の声の裏で——迫り来るような巨大な滝の響きが遠方より轟く中で様々な心は偶然と混ざり合い、今まさに全ての要因が足並みを揃えて仕組まれた運命の如く結実へと向かい始める。
「それが神より天使として与えられていた神秘——【
初めに欲した物は何だったのか。
それぞれの渇きに突き動かされ、流れの中で汲み上がる物もそれぞれと違う。それが欲した物である事など、ままある事でも無く。
等しさ無き世の道理を
初めに欲した物が何であったかすらも忘れて、他の持つ者を
さぁ——最期に残る穢れ果てた望みを手にするのは誰だ。
断頭台のデュラハン14~絶望の軍風と妬心の黒衣~
【妬心編】
完。
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