第140話 未だ凪、しかして兆し。2/4
一方で、そんな彼女らの杞憂を知る由もなく——雷鳴は空気を読まずに鳴り響き続ける。
「やるねぇ‼ 派手な雷撃、伊達じゃない‼」
そして火花が散るような静電気の
太陽が真上にあった正午過ぎに始まった戦も、いつしかと時は流れて。
されども尚、争いの
「——そちらも、御上手な立ち回りです。バジリスクのガルメディシア殿」
「ただもんじゃぁ無いとは思ったけど、人間離れも甚だしいよ。アタシらが言うのも何だが、体力も魔力も底無しに見えるっね‼」
雷を纏う雷閃の若き騎士と赤錆の髪色を蠢く蛇の如く靡かせる屈強な女戦士の戦いもまた然り、背の高い森の幾つもの木々が曲がりしなり、驚き慌ただしく若葉すらも散らす中で、高速で交錯し合う戦闘の凄絶。
「——まさか、底が見えるのも間近です、よっ【
数多の雷撃を浴びて所々が焼け焦げる森で、置き去りにされているはずの言葉が確かに耳を突く不思議。そのような状況下で振られた鉄斧を体を仰け反らせて避けた雷閃の騎士は、そのままの勢いで地に片手を付けて後転の要領で鉄斧の腹を蹴り上げ、そして地に着いた掌から強烈な雷撃を周囲に迸らせる。
「ちぃ——その割には、悠長にお喋りをしてくれるじゃないか‼ アディ・クライドとやら‼」
その雷撃を浴びる事を嫌い、咄嗟に斧を捨てて後方に跳び退く蛇の女戦死ガルメディシア。間合いを取り、しかし未だ負けなど認めていないと改めてと腰裏に帯びていた新たな鉄斧を勇ましく引き抜いた彼女は、些か四足獣の如き前傾姿勢で体を膨らませた。
或いは、時間の猶予を生じさせる。
「——話し掛けられて無視するのは礼儀に反するで、しょうから‼」
体勢を立て直す時間を作れたのは彼もまた同じ。
ツアレスト王国、リオネル聖教軍所属第一聖騎士団、団長補佐。
新進気鋭ながら最も最強に近いと名高き天賦の聖騎士——その名はアディ・クライド。
慈愛に満ちた神に愛され、全てを救う速さと力を与えられたと謳われる雷閃の騎士は、己が発生させた迸る雷光の中で着地し、そして一瞬にして静電気の嘶きを放った後に戦っているはずのガルメディシアの前から姿を消し去る。
遅ればせて前傾姿勢で突進の様相を魅せていたガルメディシアの首が回るは、己の元ではない彼の行き先。
「「——‼」」
そこにあったのは、アディが向かったのはもう一つの戦闘風景。高貴な衣服を纏う熟年の騎士と、半人半蛇の怪物の背に乗り本を読み耽る少女が戦う場。ビリリと弾けた雷光の後に突然と、そんな二人の戦いに割って入るアディは、迷う事も無く巨大な半人半蛇の怪物の、熟年の騎士を襲おうとして伸びた腕を有無も言わさずに切り落とすに至って。
一瞬の事であった。
しかし、戸惑うには余りにも明白が過ぎる出来事。
「クライド、貴様また——」
それも語られる前に幾度か起きて居れば尚の事。振り抜かれた雷電を帯びる剣に半人半蛇の怪物の腕が、空を舞うその最中——
「失礼、ギルティア卿——横切ります‼」
熟年の騎士ギルティアが不快に眉を
——否、今度は一瞬しか許されなかったのだ。
「他の女——ましてやアタシの妹に何度も手を出そうとすんのは失礼じゃないのかねっ、たくっ‼」
稼いだ時の猶予、戦いの合間は僅か。雷の如く移動するアディと等しいと思える程の速さで動く女戦士ガルメディシアの猛追が戦場で行う呑気な会話を赦す事も無い。
宙を舞う木の葉が雷電に
「通りすがりに挨拶させて頂いただけですよっ、誤解をさせたのなら——謝ります【
アディが宙にて剣を用い、斧を弾けど——その間に距離を詰め寄ったガルメディシアの握り締める己の連撃の対処を急かされる。
しかして数撃ほどの交錯の後、再びと割って入った戦場からアディは姿を消し去るのだ。
「速いね、ホントに‼」
通り過ぎるだけのつもりであった事に嘘はない。彼が移動を続ける目的は、熟年の騎士ギルティアの窮地とも言えぬ窮地を救う事では決してなく——。
次に彼が現れるのは、また別の戦場。
——己の戦にばかり、集中する訳には行かなかった。
膨大で強力な力を持つバジリスクの姉妹たちの脅威から共に戦う仲間を守る為に、少し離れた場所を戦地にしていた彼らではあるが——元よりと本懐であるべき戦場に残していた兵たちを
目的は、討伐では無く勝利の二文字。
「——全兵‼ 砦と結界の構築も間近だ、気を引き締め直せ‼ もうじきにバスティゴ砦からの増援も来る‼ もうひと踏ん張りだ、リオネル聖教、ツアレスト兵士の矜持を今一度、天に示せ‼ 未だ雷閃は、君たちと共にある‼」
聖騎士であると同時に戦地ジャダの滝における彼のもうひとつ肩書はツアレスト王国軍奇襲部隊総隊長。個々の戦力に差異があるとはいえ、多勢を極める蛇の軍勢が攻め入る彼の主戦場に残してきた多くの兵士——仲間たちを放置する事は彼の信念が、理想が断じて赦さない。
移動のついでに数十匹にもなろう蛇の怪物たちを焼き焦がし、天へと太陽の如く躍り出る彼は雷電の迸る剣を掲げ、味方を鼓舞する言葉を威風堂々と放つ。
「「「「お……おおおおおおおお‼」」」」
すれば、長き戦いで疲弊を顔に出し始めていた兵士たちは——圧倒の後に雄々しく呼応し、確信に至るのだろう。
——未だ勇ましき雷閃が我らと共にある。
それだけで、どれ程に勇気づけられるであろう。
それだけで、敵にとって如何ほどに厄介となる事だろう。
「そう格好つけさせて——だったらアタシも他の男に
掲げられた雷閃の剣に迸る
ガルメディシアの背後から伸びた鎖が金属音と空気を裂く音を共鳴させるべく始めたのは円を描く回転。やがて回る鎖は
狙うは、群れの狂気——
だが——、
「すぅ——【
それを知ってか知らずか、いや恐らくと仲間を守るという純心ゆえに——言葉を吐いたばかりの呼吸を整え、刹那の内に刮目するアディはガルメディシアの乱雑でありながらも強力な殺意を纏う鎖斧に目線を流し殊更に身に纏う雷光を強き物とするのだ。
「ほぼ同時に弾く——どれだけ速っ——」
されば雷閃は真っ直ぐに、しかして直角に曲がり瞬く間も無くガルメディシアの解き放った幾つもの斧の眼前に伸び、あたかも一瞬で同時に弾かれたような様相で森の各所——被害の出ないであろう方角へと飛ぶ方角を圧巻と変えられて。
そして——大技を放ったガルメディシアの僅かの隙間、驚きに思わずと吐いた言葉の呼吸の僅かな隙に、彼は更に動きを速めるのだろう。
「【
それは——まさしくと神速と呼ぶに相応しき一閃。
「——いのかね、この男は‼」
咄嗟に直線的な剣の進行方向に先んじて片腕を置き、肉を斬らせ骨を断たせて時間を稼いだ後で腰裏に残しておいた手斧一本で防がなければ、ガルメディシアの胴体は二つに別たれ致命的な失態が描かれていた事に相違ない。
直ぐ様と蒸発していく黒い体液を散らしながら宙を舞うガルメディシアの腕——
「速さだけが取り柄な物で——【
互いの武器が振るう隙間が無い程に間近でぶつかり合う聖騎士と女戦士の肢体、斧を弾いた剣の刃先はアディクライドの背後へと向けられて。
「ほのおっ——‼」
取り残されるガルメディシアの腕一本——アディの雷電纏う剣の先から一挙に噴き出す赤き炎雷は鼓舞した仲間たちの威勢を信じ、再びと仲間を蛇の精鋭ガルメディシアの脅威から守るために——或いは己の全霊に巻き込まぬ為に遠く、遠くへと
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