第136話 怒りなき怒涛。2/4
元よりと動くだけで小さき者たちには余りある大災害に他ならない。
事実、軒並みと長い年月を重ねて生え伸びた森を
そしてその速度は徐々に速まり、山蛇は大地に渦を巻くが如く迂回し、持ち上げている尻尾に遠心力を発生させていた。
「尻尾を振り回すついでに岩の鱗か何かも飛ばしてくるぞ‼ 初撃は間に合わねぇが、次は抑える‼」
「分かっておるわ、備えよメイティクス‼」
「はい‼」
単なる遠心力による薙ぎ払いだけならば、幾分と対処が楽であろうか。山並みの大蛇の岩の如き鱗が逆立ち、噴射する空気——魔力。
単なる遠心力による薙ぎ払いだけならば、幾分と対処が楽であろうか——されども、ここに至るまでの明らかな遅延、静観、時間稼ぎを鑑みて単なる薙ぎ払いでは決してないのだろう。
山蛇のメデメタンの動き出しと同時に空を駆け出すイミト、
対する意にも介されず手を余らせた、もう一匹の敵勢力の動きは——
「——やっぱ、あんさんが厄介そうや。何の策も無く動くタマではありんせんよな?」
駆け出したイミトの出鼻を
何の
しかし——振り下ろされる扇子にすらも男の吐息は見向きもしない。
「……刃物の前に立つな、殺すぞ」
冷徹な、強い印象を刻む冷淡な声は決して脅しでもなく——。
「——……⁉ 斬られ……わっちが、こんな
ただ現実と言葉を放つよりも早く、振り下ろされた扇子ごと扇子を持っていた妖女アドレラの胴や腕を見事に切り裂く。
そしてそのまま——彼の者は対処の為に僅かに緩んだ駆ける勢いを取り戻し、冷たき鎧を纏う左腕にて切り裂いたアドレラを払い捨てるのだ。
「アレが、イミト・デュラニウスの剣——」
その一瞬の光景、防すらも断じて許さぬ攻勢を初めて目の当たりにしたメイティクスは唖然と心を奪われていた。純粋な破壊——何の濁りも無く別たれるアドレラの肢体は、まるで美しい舞を踊っているだけのようで。
それほどに、違和感が無かったのだ。
何の隔たりも無かったように彼の者が駆け抜けていく様は。
「……マトモな剣術など習おうともせんが、肉を斬るという一点においてだけ修練を
一方で、骸骨騎士に抱えられるクレアはと言えば——あたかもいずれ相まみえる敵の手並みでも見据えるが如く、あまりにも静やかにその光景に視線を流している。
上空の吹き荒ぶ空圧の中で斬り裂かれたアドレラの中身の剥き出しの表面で、クレアの言葉が言い得て妙と思える程に黒き液体がフヤリと波打った。
そして——彼女は唱えるのだ。
「【
「くっ——なんで体が再生せんのや‼」
周囲に轟々しい雷閃を弾かせて、避けようの無い態勢のアドレラに向けて黒き大剣を握る骸骨騎士の腕が遠く差し伸べられて。やがて放たれる雷光は、山蛇に向けて駆け抜けるイミトの背後を掠めるようにアドレラのバラバラな肢体を
しかして、彼の動きにばかり注視する訳にも行かない。
「棒立ちしておる
『【
雷の魔法で目先のアドレラを吹き飛ばしたとて、イミトを含めたクレアやメイティクスに襲い掛かる回転を始めた遠心力に溢れた山蛇の尾——そこから放たれるのは既にふるいに掛けられたように意味も無き方向の森の地に爆音を立てて次々に降り立つ岩石の如き鱗と同じ攻撃。
巨大過ぎる蛇の肢体から放たれるソレは、やはりと読み通りの圧倒的な物量で、まるで大地の水飛沫と言っても差し支えなく跳び出してくる。
「‼ 走れ、【
そもそもとアドレラでは無く、コチラの対処をするべくイミトは駆け出したのだ。既に始まってしまった敵の大規模な攻撃を前に、クレアの雷撃に
ハッと我に返ったメイティクスは直ぐ様にと自身が握る大剣の他に六本の巨大な光の剣を周囲に創り出し、左腕を振り下ろして指示を送るが如く、あたかも意思を与えたが如く独りでに暴れさせ始める。
「我らの風に飛ばされぬ自負があると宣うのだろうが、なれば同等の数にて直接と全てを弾き、相殺してやろう‼」
そしてクレアもまた、否——彼女とは対照的に己が剣を一振り、技ひとつ、孤高に至る者の威光を示すが如く骸骨騎士に与えた剣一本に漆黒の鎧兜から黒き魔力を滾らせて。
やがて——彼女は骸骨騎士に自らの頭部を頭上高々と放り投げさせ、骸骨騎士に魔力の滾る漆黒の大剣を両手で握らせ薙ぎ払わせる。
「【
すれば振り抜かれた剣より、向かってくる尾に向けて黒き魔力の残滓を残す巨大な一刀が放たれ、その飛ぶ斬撃は暫く空中を進み——進んだ果てに、あたかも大海にて波と波が衝突した際に噴き上がる潮飛沫の如く無数の散弾と化して迫り来る岩の鱗を次々と削ぎ、或いは相殺の威力を誇るのだろう。
黒き魔力と岩の鱗の衝突——加えて鎧聖女の円を描いて巨大な盾と化す光の剣が弾く諸々、先程までの緊迫しながらも平穏だった戦場は一転、生ある者が存在するには一部の隙も無いように見える程の地獄と呼ぶに相応しき光景に成り果てていく。
そんな只中にあって——やはり異端。
「……振り返りもせず真っ直ぐに、本当に恐れを知らないのですか」
静やかにメイティクスが漏らした言の葉の通り、漆黒の鎧兜を被るもう一人の怪物は、猛烈な雨の如き戦場の流弾の只中で、見据える先にあるものに迷いなく進んでいた。
あわや巻き込まれかねない攻防の衝突の間を
全てが
だが、その彼の背を目撃し、感嘆の声を漏らした鎧聖女の表現に彼女は異を唱える。
「違うわ、タワケが。恐れしか知らんのだ」
「立ち止まる事の怖さを、奴は忘れても尚と——知り続けておるだけよ」
彼を知る彼女からすれば、その男の背は飢餓に
そしてそれは、或いは真理。
捕食者たる者に掛けられた呪いに相違ないのかもしれない。
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