第135話 祈りの樹海。4/4
とは言え——嫌われるのは、いつもの事だ。
時代も人や獣も関係なく、根拠に乏しい陰謀論も先走った妄想も——事実か否かは別として、いつの世も等しく見下されては耳障りだと嫌われる。
暗い未来など、醜いものなど、誰も見たくはない。他の善性を信じ、危機など存在せず己もまた善人だと自覚して生きれるものならば幾分と世を過ごす事は楽しかろうか。
魔人はそれを知っているし、自身でも嫌悪すべき生き難い原因だと自覚していて、知った上でも止められぬ性根であるからこそ嗤うのだろう。
「あくまでも想像だよ。数百人に一人くらいしか生まれないとされてる魔族と人間の混血児……それ故に、呪いと考える者からは赦された者として嫉妬を受け、恩恵と考える者からは神を裏切った劣悪種として扱われる、だったかな」
「「「……」」」
跳躍で登場した際に僅かにズレた鎧兜の具合を戻し、首筋に伝う黒い血液を拭い隠し、首を鳴らして語る言葉。その意味を訊いた者たちは各々と考えていた。
「デュエラの母親は、前者だったってだけの話さ。神様に赦されて生まれたデュエラだからこそ、もう巻き込みたくなくなったんじゃねぇか? バジリスクを含めたメデューサ族の因縁に」
不思議と鎧の裏で他に対する怒りなど心にそもそもと存在しない様子の、ただ他を嘲るばかりのような——自虐に己をも嘲り続けているような薄ら笑いが容易に想像できてしまう口調。
ただ憐れむような、哀愁ばかり満ちた声色と言ってもいい。
「一族の復興と、他種族を石化してしまうから他種族から疎まれる呪いを解きたいって……デュエラの母親はアンタらと手を組んだんじゃねぇのか? なら特に矛盾も無いだろ。悪人が常に悪行を働く訳でもあるめぇし、偶には募金箱に小銭を入れる気分になる事もあらぁよ」
「「……」」
そのような声で嘯きながら己の血に濡れた掌に微笑みかけるイミトの言葉を、じっと品定めるが如く鎧聖女と蛇の妖女は考えながら聞いていた。
吹き荒ぶ風は、それでも尚と寂しさだけを削らない。
「ルキラ。名はルキラ・マール・メデュニカだそうだ」
「——……そうか。趣味の良い名前って事にしとこうか」
風に運ばれる泡沫の
だからこそ今、彼は感慨に
「さて——もう考えても答えを知る奴が居ない、お涙頂戴の創作物語は此処までにしとこうかアドレラさん。残念だけど、俺は嘘臭いアンタより後ろの妹さんの方が好みでね、デートの誘いをそろそろ始めてもいいか?」
「……あ?」
いつしかと気付けば、開戦前に真上にあったはずの太陽も、時に押されて惜しむように色合いを変えていく。斜陽、周辺に広立る途方もない程に広い森林地帯もまた然りか。
「イミト。その様子では連絡は付かなかったか」
「——ああ……戦いの最中だからと祈ってる所さ。鬼のように電話をかけるのも嫌われるだろうし。次はノックしてもしもしさ」
光の当たり具合も変わり陰陽を明確に、秋口の紅葉を際立たせる。
耳を裂くような風音に混じり、遠方各地より木霊し響く膨大な滝の音。
それは、さもすれば魔人の密やかな心内での心境の変化があったればこその景色なのかもしれない。
ようやくと、その景色を見れる程に彼は視界や脳裏に散見していた様々な懸案事項を片付け終わり——或いは、
「こうして上から見りゃ綺麗な森だ——そろそろ夕飯の支度を始めたいもんだが、食べてくれる奴が居なきゃ意味がねぇよな」
或いは、己が何を捨て置いても成し遂げねばならない祈り、願いを改めて明確に自覚し、並々ならぬ危機感を突きつけられているのだろう。
「……そのまま冷静を保てよ。この状況は、これまでの貴様の行動が故の報いぞ」
「享受はするさ——コフッ……ああ。さんざ、みっともなく
「……」
彼は冷静であった。否、冷静になっていた。
追い詰められた果てに他に選べる道はなく、他に選べる余地も無く、あらゆる可能性を模索してしまう性分が故に勢い増す事に留まりを知らぬ胸騒ぎが、いよいよと彼の中で他の不安のその全てを脱ぎ捨てさせるに至っているようだった。
握り締めた拳から黒い魔力の渦が溢れ始め、咳払いの片手間に彼は真横水平に右腕を伸ばす。
そして溢れ出した彼の黒い魔力は見る見ると渦巻の形を変えて、今の彼の信条——或いは心境を——彼を知る者ならば一目で分かる物質を創り出していくのである。
鎧聖女メイティクスに抱えられる彼の魂の片割れであるクレアであるならば、それも殊更に一目と瞭然で。
「——貴様が刃を使うか。なるほど、みっともなく足掻くとは嘘では無いようだ」
頑なに、これまで戦闘で決して使う事の無かった黒き刃。
巨大な剣、刀、いや——それはまさに、彼が趣味の料理で嬉々として心より楽しげに誰かの為に用いる包丁を巨大化したような武具、もっとも使い慣れていると宣っても過言ではない武器。
ただ相手の攻撃を受けるでもなく、凌ぐでもなく、目の前の食材を肉や骨を別つ事のみを目的とした殺意の塊。
それが只ならぬ事であるのは、彼を知らぬ者にも一目と瞭然で。
「はっ……信条を曲げるのは格好悪ぃ。こういう時の美男子の顔は、見ないでくれると有難い」
その武具を持った途端に、飄々と掴み所のない気配を帯びていたイミトの気配が豹変し、あたかも——また板の上に乗せられた食材が感じているモノと同じと錯覚してしまう程の死の絶望が空間を制圧し、その瞬間には存在しなかった大気の震えすらも感じさせる始末。
——紛れもない怪物。
疑いようもなく、その禍々しい姿を見た者にそのような印象付けていく。
しかし、敵対する者もまた、周辺の食物連鎖の捕食者の頂点を自負する広大な森の支配者の一角には違いない。
「……なんや、よう分からんけど
「——話?」
イミトが放ち始めた剣呑な雰囲気に負けず気圧される事も無く、力具合を感じつつも小さな扇子でパンっと手を叩き、イミトの威圧をアドレラは跳ね返す。
恐らくともう少し掛かるのだろう、掛けた方が良いと感じているのだろうか、下方の地より
「くだらぬ半人半魔の話よ。デュラハンは分離しておる肉体にも魔力核がある……ただそれだけの話だ」
目の前で己の話術をキッカケに出鼻を
「……そやありまへんやろ。いやソチラの鎧聖女様はそれでもええわ、くっついてらっしゃる訳やし」
無論、その話題に興味が無いと言ってしまうも嘘になるのは間違いはない。
戦況と好奇心の同棲、いや或いはその二つを今一度
そして尚も両立し得ると判断し、彼女は
「問題なのは今のあんさんらでありんしょう——あんさんらの何処が半人半魔と言うか、という話を聞かせて貰いたいと思っておるんよ、わっちは」
小首を傾げる疑問調、真っすぐ見つめる先にあるのは——様々な色合い、顔色を見せる樹海を見下ろす三つ首のデュラハン。
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