第131話 降雪の吐露。2/4


そして彼女は、仮説ながらに言葉を纏めるに至ったのだ。


「……恐らく、イミトとクレア様が戦闘によって多大な魔力を消費し、又は消失した為に、アナタとユカリを繋いで抑制していた半人半魔のにまで手が回らなくなったと推察する」


目覚めた早々に戸惑うカトレアに冷淡な表情のまま近付きながら語るが、既に変異し始めているカトレアの片腕を持ち上げて撫でて具合を確かめる彼女の手の動きは優しく、だからこそ危機感を強く募らせているようだった。


「このままでは——じきに力を取り戻しつつあるユカリ……魔石の力にアナタは肉体もろともに飲み込まれ、となる。その時——アナタ達が、どうなるかはユカリの反応からも……」


仲間を一人、或いは仲間を二人——確実に失いかねない未来が見えて、覆面の魔女セティスはその鉄面皮に浮かぶ冷淡な眼差しで希望を探し始めているように見える。


だが、まだ最悪では無い。


「どうすれば——‼ セティス殿‼」


 「⁉」


セティスの思考に耽る様子に気圧され、そして何より変異を始めている己の腕を認識し、己ともう一人に及び始めている危機を悟り増々と戸惑ったカトレアではあったが、彼女はその次の瞬間に更なる危機を悟って咄嗟にセティスの小さな体を抱きかかえて真横へと倒れ飛ぶ。


が、雪を解かすよりも早く駆け抜けて。



「っ⁉ セティス様、ユカリ様‼」


唐突に雪が蒸発し、爆散する水蒸気。白銀の森に突然とたぎった赤い炎に、敵対するウルルカを牽制しながら戦っていたデュエラの視線がその方角に流れ、デュエラもまたその危機を遅ればせながら悟るのだ。


「はぁ……はぁ、見つけた」


炎が襲い来た出元に更に赤く轟々と——炎を纏う蛇の少女が大樹を焼き焦がしながら息を切らし、よろめきながら前に進む。それは——新手の敵というべきか、


「バジリスク姉妹……くっ、やはり生きていたか‼」


セティスを抱えて炎を避けたカトレアならび、彼女らにとっては見覚えのある——敵。


「あら、妹たち。迎えに行く前に戻ってきちゃったよ、バツが悪いな」


バジリスク姉妹——ウルルカの妹、七女エルメラと、加えて


「……ウルルカ姉様。良かった、来て頂いて……危うくデュエラを見失ってしまう所でし……た」


四女レシフォタン。ジャダの森の攻防戦、カトレア達が一番初めに会敵した二人の疲弊した姿が視界に入り、と成れば当然と彼女らの姉であるウルルカの視界にも彼女らの様子のが映り込む。


すると、恐らくはだった。


「——……大丈夫かい。随分と顔色が悪いじゃないか、怪我も治りきって居ないし」


これまで手を抜いて戦っていたのだと思ってしまえる程にウルルカは瞬時に体調を崩している様子の妹たちとの距離を詰めて倒れそうになる妹たちの肢体を両腕で抱きかかえる。



「魔王……との戦いに巻き込まれ、話に出ていたの……によって周囲の魔素が乱調をきた……してま……して、上手く呼吸も出来ない状況が」


「……無理して喋らなくても良いさ。少し魔力を分けてあげよう、ほらエルメラも」


「はい……ウル姉様……」


美しき姉妹愛とでも言えば聞こえはいいのだろう——しかし相対するカトレアやセティス達にとって、止めようも無かった眼前の光景は脅威そのもの。


これまで隠されていたウルルカの、途方もなく噴き出し始めた威圧感に晒されて、現状の己らがどのような怪物と相対しているのかの片鱗へんりんを垣間見る。


「——状況は三対三、相手の体調はかんばしくないのは明らか。それでも……」


本来、魔力感知能力に優れ、戦況分析に長けた覆面の魔女セティスも今は感知能力が様々な事情にてにぶっては居ても、分かってはいたのだ。


もしも相手が本気で来れば、ウルルカ一人であったとしても三人掛かりで戦っても勝てるか分からない相手。それが、やや劣るとはいえ同格と言って等しい程の力を持った二人の姉妹を背後に控えさせれば尚の事、不利な状況。



時は迫っていた。猶予は無く、断ぜねばならない。


「どうされますか、セティス様。ワタクシサマはセティス様の指示に従うので御座いますよ、全力で‼」


「やる他は無い。どうか今は私の身体の事は気に留めずに願いたい、セティス殿‼」


逃げて態勢を整え直すか、このまま三人で勝算の低い戦いに挑むか。かたわらにそろう仲間たちに急かされながらも、現状と予測を含む全ての情報を脳裏に錯綜さくそうさせ、セティスは考えを巡らせて、そして——やがて選ぶのだ。


「——。最低限デュエラは、あの一番強いのを抑えて。その間に弱ってる二人を先に私たちで倒す——その後で三対一、いや——倒した後で居なくなった二人を急いで探す」


「「了解‼」」


スラリと持ち上げた銃に似た兵器の引き金は思っていたよりも軽く、想定通りか発射された魔力の弾丸は妹たちの治療に専念しているはずのウルルカに振り返られる事も無く容易く握り潰される。


だが、決まった。心は決まった。一発の銃声がその合図。


「セティス様、ウルルカは御二人を待たずに倒しても良いので御座いますよね⁉」


「——当然。それが出来るなら最高の結果、カトレアさんはを」


 「「「……」」」


早々に治療を終えて態勢を整え終えて立ち上がるバジリスクの姉妹たちを相手に、逃げて追いつかれないという保証も無いのなら、今この場——多少なりとも地形を理解し、な今のこの現状で戦う方が、些かの分があるのも事実。


「まずは分断——下ごしらえ、背後から援護する。私を信じて、今はイミトの事は忘れて目の前の事に目的に集中——行って‼」


「「はい‼」」


とはいえ、些か。微々たるもの。

それでも彼女らは迷いなく前を向いて駆け出す。


もしも——もしも、彼がそこに居たならと淡い夢を思い描きながら。

もっと、もっと違う方法を選べたのではないかと、想い馳せながら。


「——さぁ妹たち、不甲斐ないお姉ちゃんで申し訳ないけど手伝ってくれるかな。その後で、ゆっくりお茶にしようか。お姉ちゃん、張りきっちゃうからさ」


「だ、大丈夫です姉様——は私たちで。行きますよ、エルメラ」


「はい、今度はちゃんと——殺すから‼」


蛇の姉妹の三人も構えを見せた頃合い、まさしく消え失せていく流れ星の如く彼はそこには居なかったのだ。


やがて——彼は目覚める。

森の何処ぞの、彼女らの知らぬ——知る由もない遠き地で。


格上の存在に挑む彼女らの勇猛を目撃できぬ、その場所で。

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