第127話 白魔。4/4


「——……ひゃー、危ない危ない。泥だらけだね、こりゃ」


しかして斬られたのは剣の刃の向く先のみ、尚も飛んだ斬撃が大地の何処ぞを衝撃波を放ち全てを吹き飛ばしながら切り裂く只中で、既に斬撃の過ぎ去った場所は静寂を極めている。


「……咄嗟に避けたか。まぁ——当然の対応だ」


斬撃の余波に引っ繰り返された様相の柔らかい地面を踏みながら、体中に飛び散った泥や土を手で雑多に払いながら姿を現したウルルカに対し、陽炎かげろうの如く揺らぎ始めた美しき首無し騎士に抱えられるクレアは一瞥いちべつをくれて興味なさげに視線の先を戻す。


そこにたたずむのは——

「ぶ、侮蔑——こんなものか、クレア……デュラニウス……ぐぅっ‼」


 「「……」」


肉体を守っていたはずの鎧の一部が砕け堕ち、噴き出る黒い血潮にて抉られた大地を染めながら右肩から肌の色を露にする首無しの騎士のよろめく姿。


膝から崩れ落ちてしまいそうな身体を必死で堪えつつ、しかし抱える鎧兜から漏れる双眸の光は未だおとろえる事は無い様子。



「侮辱……かつての——我が脳裏に刻まれるに遠く及ばず、やはり貴様は……。死するべきは貴様に違いない‼」


鎧兜から聞こえる男の声は訴える。多大な傷を負えども、気丈に振る舞っている印象は無く、ただ純粋に思いの丈を吐き捨てて。



「これからはだ‼ 一つの代にデュラハンは二人要らぬ、本物は我のみ‼ 貴様すらも掴めぬ我らのを、この先の戦でたけき我こそが掴み取る。掴み取ってみせよう‼」


朦朧もうろうとした意識が本心をさらけ出させたように彼の者が述べるのは野心か、或いは失望。


折れてしまった大剣を投げ捨て、左手を突き出して黒い渦を灯し、自ら握り潰しながら新たな剣を創り出していく。


戦いは終わらない——終わらせてなるものかという妄執が、そこにはあって。



「なれば時代を越えて行け。自身の弱さを棚に上げ、若さが失われている事に目をつむり、時代とやらの方便を盾にするでないわ。己が信ずる大義のみで語れ、タワケが」


故にクレアは、徐々に陽炎の如き揺らめきが強まっていく美しき首無しの身体が持つ漆黒の大剣の鍔を呆れたように、そして寂しげに鳴らすのだ。


そんな再びと熾烈な戦いが繰り返されようとした頃合い、



「そうさ。これからは母さんの、僕らバジリスクの時代——さ‼」


 「ぐっ⁉」


突如として会話に割って入り、不意を突くように地面を踏みしめて倒れぬように堪える首無し騎士をウルルカは足蹴にしたのである。


「……」


すれば耐え切れずに転がる首無しの騎士の男と抱えられていた鎧兜の光景にクレアの目線は鎧兜に包まれる中で静かに動く——だが、彼女は何も言わなかった。何の反応も示さずに状況を見守るばかりで。


「もういいよ、君。何か役に立たなそうだしさ、ぶっちゃけ邪魔っぽい。魔力だけ、僕のえさにさせて貰うよ」


故に何にもひるむ事も無く、転がった鎧兜を踏み付ける飄々とウルルカの悪態は続く。

だが——そのような屈辱を受けて尚、


「——クレア・デュラニウス‼」


踏み付けられてヒビの入った鎧兜の双眸が見据えるのは同じく——彼らの価値基準で無様な醜態を晒す同胞へと向いていた。


彼の者の咆哮と共に吹き荒れた風、倒れた首無しの身体は起き上がり邪魔をするウルルカへと大剣が猛烈な勢いで振り抜かれ——。


容易く、避けられるはずだったのだろう。


強者たるデュラハンの一撃とはいえ、体の動きに多大な悪影響を及ぼすだろう手負いなのだから。


と、ウルルカは楽観していた。


だが、彼女は結論として——腹から真っ二つに切られるのだ。


「無視かい、酷い執着——さ……え、しも?」


唐突に吹き抜けた風に潜み、彼女の腕を名残として覆う光沢のある蛇の鱗へといつしか蔓延る白き霜柱に気を取られ、その一瞬の戸惑いが首無し騎士の一撃から逃げる余裕を体温と共に奪い去る。


彼女の悪態を不快に思う者が、クレアばかりとは限らないのだから不自然ではない結末なのかもしれない。


雌雄しゆう‼ 決せよ、今ここで‼」


 「——……? 体が再生……しない? 凍って——」


首無し騎士の男に弾き飛ばされたウルルカの肢体、デュラハンの咆哮に耳を貫かれる中で彼女の蛇の瞳が観たものは森の天井から降りしきり始めようとしていた


斬られた傷口は蒼氷に囚われ、血はき止められたものの彼女ら阻害そがいするに至る。


『よく状況は知らないけど、そういう邪魔は見てて不愉快


 「——。目覚めたか」


二人のデュラハンの赤い瞳——しかしその色によく似た赤は、と輝いて。魔力で創られたは跳ねて、の下でそれは灯る。


白魔はくま——暴れる白い魔物の如く災害をもたらす、白銀の剣が纏う水流を凍り付かせるそのもののような存在が、いつしかに居たのだ。


『さっさと終わらせて、の所へ行くピョン……ずっと、多分ずっと待ってる』


 「……感謝する」


吐く息は白く、腰に帯びる騎士の鞘が鈴の如く寂しく鳴った。

場は整い、雪が降り頻る街灯に照らされた終末の夜の如く世界は輝きを魅せて。


「我を見よ‼ クレア・デュラニウス‼ ‼」


 「ああ——来るが良い。我が知らぬ内に意味を求め、そして見捨て、切り捨てた……


ヒビ割れた鎧兜が砕け、或いは鎧兜をいで鏡映しのような

首の無い騎士の身体は、それぞれに自らの頭部を雪に染まりつつあった空に放り投げ——そして同じ大剣を両手にて振り上げた。



『『【断罪剣デュラハ・エステリア】』』


一閃——その後に、世界の何処にも届かぬ吹雪が舞い果てる。


***


 時を同じく、コチラも決しようとしていた。


「——決したようだな……どちらが勝ったかは明白か。所詮は贋作がんさくよ」


 「滝の音が際立つ……なるほど、こうしてみれば規則正しい美しい音色だな」


右腕を突き出して何かを持ち上げる魔王ザディウスは、斜め上の空を見上げながらに瞼を閉じた。腕に注ぎ込む腕力をふるわせつつも、傷ひとつ無き平常な様相であったが何かを持ち上げる腕を伝う滝の水飛沫と、多量な


白だったはずの背景は、かつての勢いも見る影もなく薄明りの発光程度にしか灯らず岩窟色の滝の砕けた滝の残骸をボヤかすように照らすばかり。


「しかし、確かに手にしてみれば貴様の言う通り、であったな」


「……」


それでも白の中——蒸発していく白き槍が胸に刺さった仰向けに倒れ伏す使に、ザディウスが胸ぐらを掴む魔人の赤に染まり果てた手は王の腕を掴んでいた。


まだ生きている。辛うじて生きていた。


「もはや語れる言葉すら失ったか……寂しいではないか、イミト」


 「そうか——これが貴様の恐れている感情の根源か……」


しかし、その手に力を感じられず目的を果たしたはずのザディウスが浮かべるのは寂しげで怪訝な表情のみで。


目的は達せられた——けれど虚しく、心はえて。

滝の音は、いつも通りの騒がしさを取り戻していくばかり。


もはや、決しようとしていた。戦いが終わると、終わってしまうと。

戦いの果てに手にした物の虚しさに、この時の魔王は絶望に引き戻されていたのかもしれない。


だが——魔人はまだ、


「み……見て分かんねぇのか」


 「——? ……‼」


「今、忙しいんだよ……それに俺は……そんな器じゃ無いって……言ってるだろ……ども」


背景は白く、姿だけが明瞭に見えていた。

王は気付く——まだ戦いは終わっては居ないのだと。


ただ、無粋な邪魔の対処をする為の小休止でしか無かったのだと。

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