第123話 奇襲。2/4
「……少し違和感を感じます。アディとの連絡を急いでください、アチラの様子を知りたい」
「はっ‼」
時同じくして開戦の
数多くの飛行船がバスティゴの砦から飛び立ち、その船列の最前線を務める一隻の船頭に立った鎧聖女は風に
しかし、後ろに続く飛行船から既に交戦を始めているのだろう大砲の轟音が響く中で、彼女もまた心の内にアディらと同じ不穏を感じていたようだった。
「他の者は引き続き航路を先取りされぬように惑わせつつ、蛇の迎撃と経路の開拓に
「かしこまりました、お気を付けて‼」
それでも鎧の足音を踏み出させながら傍らに立て掛けていた白き大剣を空気の如く持ち上げて試し振ったメイティクスは、剣の
するとその時、彼女の被る白い兜の耳に装着された魔石が輝きを放った。
『——南東より特大砲級の大蛇を視認‼ 魔力増大注視、回避行動用意‼』
「——回避の必要はありません。総員、衝撃に備えよ‼」
その通信用の魔石から聞こえてくる慌てた様相の報告と指示に、メイティクスが返すのは指揮官としての冷徹な否定。と、同時に彼女は飛行船が
「私が、断つ——【
「……——‼」
猛烈な勢いで向かい風を吹き飛ばし、白き大剣を片手で肩に
口を大きく開けて魔力の破壊光線を口から放とうとする大蛇に、空中姿勢のまま——まるで大地でもあるかの如く大剣をメイティクスが振るえば、大剣の軌道は白き光を帯びて猛烈な勢いで空を駆る斬撃波を産み、遠くに居たはずの蛇の首を真っ二つに斬り別けた。
『メイティクス様‼ 左右からも特大砲級、出現‼』
しかし、一尾の討伐も
「やはり
「……‼」
その一匹に向けて先ほどの一刀の勢いで空中で回転するメイティクスは勢いを維持したままに陽光を弾く白き大剣を大きく開かれ、魔力が
すれば大剣は大蛇の喉を穿ち抜き、溜め込んでいた魔力は統率を失ってその場で弾け首の頭部を自爆させた。
『左‼ 撃たれます‼』
「分かって、います‼」
そしてそのままに逆方向——空中を蹴り、凄まじい速さでもう一匹、左の大蛇に向かうメイティクスではあったが、今にも放たれそうな魔力の放出に間に合うか否か微妙な所。
『メイティクス様ぁぁあ‼』
思わずと聖女の安否を憂いた兵士の叫びが耳の中を木霊する。それでも掌を魔力の放出に向い合せるように平静に突き出すメイティクス。
己が身ひとつで受け止める、つもりであったようだ。
だが、その時——
「——⁉」
「……⁉ ギャ、ぁ……」
メイティクスが先程まで乗り合わせていた飛行船の船上から突如として多量の弓矢の如き光量が溢れ、すべからく外れずに大蛇の肢体の鱗を貫き、更に地上から大蛇の肢体に沿うように白と黒の
「エルフの矢と茨の魔法……感謝します。地上部隊と連絡を‼ 至急頼みます」
『は、はい、今すぐに‼』
大蛇の咆哮の如き砲撃を受け止める心構えであったメイティクスは、その突然の助太刀に一瞬だけ虚を突かれたが、直ぐ様に状況を認識して気を持ち直し、空中で地面があるかのように振る舞って、彼女は耳に手を当てて部下へと指示を送った。
一方その頃、エルフの光の矢と蔓の助太刀を成功させた立役者。
「……恐ろしい。あの距離で
ジャダの滝での攻防戦に通り掛かりとして参戦したエルフ族を率いる薄幸の美女、黒髪のレネスは薄暗い森に降り立ち、背後に屈強な肉体を持つエルフの従者を従わせつつ伏し目がちに過去を思い返して独り言を漏らしていた。
「レネス様、これから我々は
だが、現状は戦の真っ最中——たかが危機が一つ去った所で世間話をする時では無いと急かす背後の従者である。すれば徒労の息を吐くように、
「……手筈通り、このままツアレストに加勢します。敵はバジリスクのみ、弓兵はそのままツアレストの機空挺にて援護射撃を続けてください。それこそ我らが恩人の意思、ここで
「……かしこまりました。アチラの加勢は
「不要でしょう——……我らが行けど邪魔になるだけ。今はエルフ族に死傷者が出ぬ事に努めるのみ……きっと、彼が全て終わった後に我々の
些かと神妙な様子で従者とレネスは語り合い、森深き暗がりで意味深な会話を終える。迷いは無かった、躊躇いも。戸惑う事もなく従者の問いに対し、幸薄の彼女は静やかに己が私見を述べつつ指示を紡いで。
「——……少し、お変わりになられましたか。昔の己を
その様子は、従者にとって少し意外な事だった。一族の長たる姉の影で、いつも何にも語らずに過ごしていたレネスの印象が、ここ数日で変わったことは確かなのであろう。
故の、言葉。
だが、彼女は
「有り難い御話ですが、偉大な姉と私は比べようもありませんよ。しかし、いつまでも姉の威光に隠れていては何も出来ぬと教えられた……私は私の出来る事しか出来ませんから」
クスリと長い
「——そのような話も戦の後としましょうか。来るようです、気を引き締めて下さい」
そして——今度は彼女が再びと世間話に花を咲かせる時では無いと暗に
そこにあった景色は、
「ナーガ……半人半蛇、これがバジリスクに飼い殺されて呪われた
「……人間牧場の成れの果て。しかしやはり気に掛かりますね。明らかに時間稼ぎの
森の隙間を埋めるように、いつしかと忍び寄る蛇の集まり。樹木を抱くようにコチラの様子を覗う毒に壊死させられたような
まさしくと半人半蛇、獣に近しい蛇の怪異の群れである。
そんな怪物たちに周囲を囲まれて、戦いが始まろうとした矢先、
「——レネス殿、良かった直ぐに見つかっ、て‼」
まるで絹羽衣が落ちてきたように地へと舞い降りた鎧聖女は、その後に様相を豹変させて荒々しい爆嵐の如く先ほど
森の樹木諸共と、ナーガの大群の蛇と人が混じる体を別ち——、一瞬と宙に浮いた気がする切り裂かれた樹木がナーガの群れを巻き込みながら倒れ落ちる轟音が響く。
「‼ ……これはメイティクス様、申し訳ありません。先ほどは指示もなく少し出過ぎた真似をしてしまいました上に勝手な行動を」
全ては一瞬の出来事、だがレネスはそれ故に確信に至るのだろう——彼女こそが鎧聖女、
「いえ、今はそれよりも作戦の変更を。弓兵は現状このまま空からの迎撃、魔法特化のエルフ兵は地上部隊と合流、道を
「……我々が地上部隊に? ですが」
まだ死するとも悟れぬ意識で樹木の下敷きになったナーガの群れが
周囲から怪しまれ危ぶまれているエルフ族の協力——だからこそ有無を言わさず鎧聖女の近くに配置されていたのだから当然か。
たとえメイティクスから信用されようと、他の兵士から疑いの目や軋轢が消える訳ではない——その事を、レネスは暗にメイティクスへと問いたかったのだろう。
「地上の者たちには話を付けておきました。敵がコチラに向けている戦力は想定より
無論、それはメイティクスも承知の上——しかして既に彼女は手を回し、戦場を有利に傾ける事の方が優先と述べようとした。
何故ならば、悟っていたのだ。
『メイティクス様、異常事態発生——遥か南西より膨大な魔力の変動を察知確認、測定値を越えて規模、発生源は不明‼ 何らかのバジリスクの作戦の可能性あり‼』
その耳を突く慌てた報告がある事を、そして——
「……動きましたか。やはり敵の狙いは我々ではなくアチラ側……イミト・デュラニウス」
その報告と、己の一言で、それが確信に変わる事も。
「……」
静かに黙して様子を伺うレネスの気配や動揺を、メイティクスもまた密やかに感じ取ろうとしていた。
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