第121話 動の根源。4/4


「「「……」」」


その表情は、とても意味深く彼女らの瞳に映っていた。既に彼女らから視線は外れている横顔は、何処か真面目を隠す白々しい面構え。


朝の平穏に染まる周囲の雰囲気の中で、彼女らも当然と朝が終われば始まる戦争を控えて、様々と想う事も多いのだろう。食事の手は止まり、幾つもの感情が走るような面差しがそれぞれの瞳にも宿りゆく。


しかし、元よりと戦場で生まれ、戦場を日常とするだけが違っていた。


「それ以上、飯が不味くなる言い訳は辞めておけ。さっさと、その柚子胡椒をうどんに入れよ、鈍間のろまめ」


イミトの隣で静寂を極めていた静やかで美しき人の頭部は、凛とした声で言葉を紡ぎ、不穏な未来を案ずる一同に何を悩む事があるのかと辟易とした息を吐いてイミトの行動を急かす。


「入れちまったら、もう元の味に戻せないんだよ。気になるのは分かるけど少し待ってくれっての。こちとらから採った出汁は初めてなんだ」


イミトとと魂が繫がり肉体の感覚を共有できるクレアは、それ故に本来であれば食事という体験を感じれない存在を超越する。今の彼女にとっては今後の戦争の些末な結末よりも朝食のうどん出汁の味の変化の方が興味深いモノではあるのだろう。



「ふん。どうせ貴様の事だ、『』の一言を言うのにもたついて居るのだろう。馬鹿馬鹿しい貴様の気取った気色悪さを止めてやったのだ。有難いと思え」


無論、未来の展望が見えぬは彼女とて同じ。だからこそ彼女はイミトが憂う何かしらも理解出来ない訳では無いのである。イミトの言葉を代弁するように言葉を吐き捨てて、ダラダラと時を過ごすの滑稽を彼女なりにといさめるのであろう。


——たったそれだけの事を、何故にはばかるのか。

あたかも弱者は弱者のように振る舞うべきと言わんばかりに。



「……お前は、いつだって空気を読んでくれねぇな。そういうんじゃなくてさ、いや——そういうのもあるけど、ただ……なんだ、楽しそうに飯を食ってる顔を眺めたかっただけだよ。珍しい景気の良い豪勢な料理に目を輝かせてる顔じゃなくて……出来るだけ、いつも通りのな」


だが彼は、それでも抗って強者の如く世を嗤う。別段と惜しくは無い——そう宣うが如く強がって、いつも通りに笑うのだ。


少し熱の冷めたドンブリが、再び傾けられて。


「——はぁ……お前こそ、それが解かるなら目の前のコイツらに死んで欲しくないと思ってんじゃねぇのか? 人に愛着を持つたぁ変わり者のデュラハンな事だぞ」


「貴様にデュラハンの何が分かる阿呆め。それらが死に絶えた後の貴様の陰気が目に見えて反吐が出そうであるからな、のちの不快を避ける為に言っておるだけよ」


やはり温和に溢す息は些かと重く、しかし安堵の色合いで白き蒸気を未だに帯びる。されどもややと先ほどよりは肩の荷が下りて、不器用ながらの気遣いを否定されながらも彼は笑った。


「けっ、笑かしてくれるもんだよ……うどん——冷めるぞ?」


そして隣に逃がしていた視線をサラリと戻し、食事を止めて様子を勘繰っていた彼女らの目に視線を落とすのだ。


すれば、それ以上は彼の顔色を見ずに話題を深堀せぬのが気遣い——たしなみか。



「ぁ……食べるのです、食べるので御座いますよ‼」


「——私も柚子胡椒を入れてみたい」


イミトの指摘を受けて、ハッと我に返った様子でそれぞれの食事に意識を逃がし一同は食事を再開するに至る。


「私も……これも先ほどから気になってはいたのですが、このペースト状の塊の赤黒い、黒赤い? この料理は何なのでしょうか。あまり食事としては好ましい色合いでは無いのですが」


そんな中にあって僅かばかりの異彩を放ち、会話にて話題を逸らしたのは女騎士カトレアであった。


うどんの傍ら、漬物や和え物などの副菜はテーブルの中央にひと纏まりにされていたが、その料理は——あたかもうどんと共に食せと言わんばかりにそれぞれのどんぶりの脇にひとつずつ置かれていたのだ。


その正体は——


「ん。ああ……か。食後の菓子にと思って作った奴だな、バルピスで小豆あずきに似た豆も仕入れてくれてたみたいだから、昨日の夜に茹でてあんにしてた。甘いぞ」


「コレも、モチなのですか……」


そう——モチである。

茹でた小豆を磨り潰し、砂糖を加えてペースト餡状にしたものを纏わせた餅菓子もちがし

黒い皿の上では色合いは何やらと不吉を漂わせるような重い印象な代物。


「俺の生まれ故郷の話でも無いけど、うどんと一緒にボタモチを食べる文化習慣のある地域もあるらしい。まぁ、塩気を食べれば甘い物も食べたくなるから解らなくもねぇ話だよ。見た目が気に入らないかもだが、気になるなら食ってみりゃいい」


とは言えと、イミトの平然としたままの説明を帯びて些かと蠱惑的に興味を引き続ける。カトレアは、話を聞いた手前——取り敢えずとボタモチという料理が乗った黒い皿を眼前まで持ち上げて、ほのかに感じる甘い気配に近い薫りを知るに至った。


ゴクリ。


「——……食事中に菓子を? で、では食べてみましょうか」


僅かな戸惑い、背筋に冷たい背徳感はいとくかん。礼節正しい騎士の家系で育った彼女の常識外——されど作り手に「」と言われたならば従うも礼儀か。


一度は持ち上げたボタモチの皿をうどんの脇に戻しつつ、フォークとナイフを手に取って彼女はボタモチを二つに切り分け一口分だけフォークで口へと運ぶ。


「ふぁ、こぼれふぇ……甘い——」


途中、フォークの背から小豆あずきの赤黒い餡が零れそうになるのを咄嗟に空いた片手で口元を隠しつつ防ぎ、彼女はボタモチの咀嚼を始める。


粒餡つぶあんの食感と滑らかさが香りや味わいになって、割と再現性が高いと思うんだが。どうだ?」


そんな漆黒の仮面に隠れた表情の分かりにくい彼女の様子を横目で窺いながら、白々しい口振りで感想を求めるイミト


「コチラは噛み千切りやすい……質感しつかんも違いますし、同じモチとは思えない感覚ですね。この甘さは、少々としつこさがありますがモチの淡白さで緩和されて好きな甘さです」


すれば先ほどの初見のモチの時とは違い、コクリと書き語を持って咀嚼したモチを飲み込み、息を整えたカトレアは真摯しんしに答え、



「そうか……うどんのモチを少し食べやすく加工したからな。茶を持ってくるの忘れた。取ってくる」


イミトは安堵の息をこぼす。そして彼は一安心の勢いそのまま、テーブルを見渡して今さらながらと用意できていなかった物を思い出して椅子から立ち上がった。


「あ、イミト様、それならワタクシサマが——」


「——貴様は食うておれ。わずらわしいほこりを立てるでないわ」


「え、ぁ……すみませんなので御座いますよ……クレア様」


その折り合い、イミトの動きに慌てて食事の手を止めて小間使いを志願したデュエラを何故だかイミトの隣に居たクレアが白黒の美しい髪を操ってまで制したが、デュエラにはその理由は解らない。


「大したことない用事で気を遣うなって事だよ。楽しそうに飯を食べといてくれた方が嬉しい」


クレアからの助けもあり、椅子からデュエラよりも先に立ち終えたイミト。その少女の戸惑いをほどこうときびすを返しながらも少女の顔布を見つめて穏やかに肩の力の抜けた言葉をつむぐ。


そしてその後、他の二人の姿も視界に納め——


「ぁ……はい、はい‼ 凄く、美味しいので御座いますよ‼ イミト様の料理は何時も‼」


「私も——今日のは特に美味しく感じてる。この柚子胡椒ゆずこしょうも好み、凄く」


「確かに。アナタの料理の腕だけは、手放しで褒めるに躊躇ためらいは無いのですが」



 「……そうか。そりゃ良かったよ、茶を取ってくる」


彼は、とても静やかな小首をやや後ろに回しながらにほくそ笑む。

テーブルより去りゆく背は、何処か誇らしげで、しかし悠久を願うような哀愁を未だに帯びて。



『——我よりの強者と名乗ったその口で、何をおびえるか愚か者』


『怖いもんは怖い。けどまぁ——ビビらない事を強さだとは思わねぇよ、俺は。格好つける事は、愚かには違いねぇが』


魂が繋がる二人きりの会話の中で、凛とした美しき声での指摘に若き青年が小さく嗤う。


ひしひしと背中に重く圧し掛かるような己の行動原理を、酷く重く感じながらに。

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