第109話 まだ熱き夏の終わり。4/4
やがて一人の少女は、彼女を待ちつつ余暇に語らう彼らの言葉の通りに舞い降りた。落下地点に水溜りに近しいにぬかるんだ地面がある事を悟ったのか、スタリと寸前——見えざる足場に着地して屈む小器用さで。
「イミト様‼ クレア様‼ 良かった、直ぐに見つかったのです‼ 魔石での連絡が付かないので探しに来たで御座いますです」
そして落下の勢いを受け止めて受け流すような間合いの後、開口一番——黒い顔布で隠された顔を面前のイミト達に向けるべく持ち上げて、
「ああ……魔石は馬車の中に置いたまんまだったからな。それより、久しぶりだなデュエラ。元気してたか?」
凄まじい運動量であろう移動の直後、息を切らしていないものの久しぶりの再会の挨拶もままならない程に焦った様子の黒い顔布の少女デュエラに対し、
その
すれば、少女も着地に屈んでいた体を立ち上がらせ、良くも悪くも興奮で頭に昇っていた血を全身に行き渡るように流して僅かに落ち着きを取り戻す。
「あ、はいなのです‼ ワタクシサマは——そうだ、大変なのですよ‼ カトレア様が‼」
けれど、それも一瞬の緩和。直ぐに彼女の焦燥は彼女の頭に呼び戻されて言葉尻を荒立たせてしまうのだが。
されど、それでも尚と彼女らの平穏は少女の困惑に心の一波すらも揺らがせはしない。
「——
少女デュエラの治らぬ焦りに言葉遮るように息吐くクレアが、ここに少女が至るまでの遊興であった推理の成否を問うが如く口にして。
「え⁉ ああ、そうなのですよ‼ 凄い熱で——アッチの方向に暫く走った先の山の
「「……」」
それを
正確に言えば、イミトが左腕で抱えるクレアの頭部を少し持ち上げて目を合わさせたと言った方が表現としては近しいのだろう。
それ
「ベブシュ‼」
「イミト様⁉」
「~~~っぅ⁉ なんで殴る⁉」
魔物デュラハンの白黒の美しい髪は波打ち、無自覚か否かは、いざ知らずクレアから見れば十分にドヤ顔と評してよい得意げなイミトの顔を叩くに至る。そんな突然の展開の思考が付いて行かない少女の驚きを他所に、訳が分からぬフリをイミトは行いながらクレアに叩かれた右頬を右手で擦り、不満げに述べた。
「……腹立たしい顔をしておるからよ。ほれ、デュエラ、貴様も我を早く持たぬか。気が利かぬな、相変わらず」
しかし、不満げなのはクレアも同じだろうか。幾ら無理難題を問い詰めようや、さらりと思い通りに世の流れを読み
「え、あ、あ‼ はいなのです‼ はい——なのですよ‼」
しかしながらと叩き一発で苛立ちを払い出し、戸惑い続けるデュエラに僅かに仰け反って揺れるイミトの片腕の中から自身を救い出すように淡々と命じるクレアに対し、デュエラは慌てながらもクレアの頭部を抱きかかえる。
その前に僅かに垣間見せた僅かな雰囲気は、変わらぬ二人の懐かしさすら感じるやり取りに今更ながらと久しき再会を身を以って感じ、嬉しさに
少女の顔を隠す黒い顔布が揺れて、笑むようなそんな情景。
「てて……暴力癖は流行らねぇが、流行る必要もねぇか。ったくよ」
そんな少女の心境を知ってか知らずかイミトも悩ましげに眉を下げつつ、悪態を吐きながら叩かれた頬を自ら撫でて体勢を立て直し、息を整える。
「デュエラ、久しぶりで悪いけど先にクレアと馬車の所まで戻ってから馬で迎えに来てくれ。場所はクレアが知ってる、その方が早い」
それでも呆ればかりで怒りは湧かない面持ちで、少しは落ち着きを取り戻したデュエラの焦りの根本を取り除くために冷静に指示を送って、チラリと不機嫌に目を閉じているクレアの表情にも
「はい‼ お任せください、なのですよ……えへへ」
——やがて物語を再開を告げるように。
ふやけて微笑むようなデュエラの、口調に合わぬ迅速な動きを見送りながら空へと持ち上げていた首を項垂れさせて一息を漏らすイミト。
「——……さて、俺は医者でもねぇし出来る事って言えば病人食を作る事だけなんだが、何を作ってやるかね」
そして一段落と一つの懸念事項を棚に置き、クレアと共に己の指示に従った少女の気配が遠くに去る事を背中で感じながら、新たな懸念に身を乗り出すようにイミトは
目線の先にあるのは、先程までイミトらが居た湿原の高台。
「少なくとも——流石に牛脂たっぷりのコッテリスープの選択肢はねぇぞ。牛野郎」
「……」
そこに佇む一匹の獣は、イミトの様子——出方を伺うように真面目な顔つきで高台から意趣返しの如く世界を見渡していた。
覚悟を持った
だが、いつになく気怠そうに首の後ろに片手を当てて、彼は雄々しき獣に人の言葉で——こう問うた。
「一人になったら殺れるとか、考えねぇで欲しいもんだ。どうせ殺しても食わねぇんだろ?」
「なぁ——草食動物」
「……‼」
禍々しきはクレアの身に
「ふぅ……かたや人間離れ、かたや人間戻りってな……どちらにしても良い傾向なのかも知れねぇな。本人が望むと望むまいと」
戦いもせずに勝敗は決し、再びとイミトは世の道理を嘆くように、罪の意識で嗤いながらに頭を掻いた。
「お、使えそうな野草みっけ。七草っぽい……丁度良いし、お粥でも作ってみるか」
——蒸すように熱い夏の終わり、命眠りゆく冬の薫りを漂わせながら寒々しく彼は嗤う。
また忙しなく
されどもやはりか、因果の鎖のジャラリと
道端に生えた野草をひと房だけ摘み取り、草食獣の如く鼻下に近付け、罪人イミトは模範的に黒い瞳を煌かせながら天上の看守の如き存在にソロリと今日も視線を流し生くのである。
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