第109話 まだ熱き夏の終わり。2/4


そして語るは、旅の最中に小耳に挟んだ噂の話。


「なんぞ、そのとは」


「ああ……グミとかゼリーかを作る時に必要な物でな。この間……鳥を捕まえた時に試しにキノコやら野菜やらと煮込んで煮凝にこごりとか作ってみたろ、いや……洋風だからって言った方が近いか。グミやゼリーってのは、ああいうのを、もっと固くして甘い砂糖菓子にしたもんだ」


素朴に眉をひそめたクレアの問いに、言葉を悩ませ、口調を揺らがせながらも答えるイミト。


彼の趣味である料理に関する話であったが、その口振りは吐息混じりで些か重い。



「あの煮汁を敢えて冷やして、固まったスライムのようにしておった奴か。アレは別にマズくは無かったが、アレを甘い菓子にするだと?」


「ああ、牛の骨や豚の皮なんかを限界まで色んな方法で煮詰めたり絞り出したりして油やらの余計な物を取り除いて、そのゼラチンって成分だけの粉にすると……肉の味や臭みも無い便利なゼラチンの完成、らしい」


まるで、遠い過去の記憶のかすみを掴むような——もはや霧の迷宮の最奥に眠るが如き手に出来ぬ秘宝を想い、憂うような嘆きに近しい響きを含む伝承話。それでも——イミトの口振りは、子の寝かしつけに御伽おとぎの国の一節を語るような儚くも優しげな面持ちではあった。



「因みに海にある海藻とかを原料にしてる場合もあるみたいだな、菜食主義者からしたらソッチが主流らしい。俺はどっちでも良いけど」


「ともかく……その粉を、水や果物のしぼり汁に混ぜて砂糖を加えたのがゼリーやグミって訳だ。他にも色んな菓子作りや料理にも使える」


やがて説明の後、腰に片腕鎧の左手を当てて首を項垂れさせながらの諦めの吐息で感情を一打ち。遠くの湿原にて天へと弾けた土砂が地に戻り、野牛の群れに平和な日常が回帰しつつある状況で不吉を纏う白黒髪のイミトは不敵に笑みながら同じく美しい色合いの長髪を持つクレアの頭部を黒い台座から持ち上げ、横腹辺りに抱えてきびすを返し始める。



「——だが、その口振りではがあるのだな」


静かく吹き抜ける風に気配は無く、足音は水浸しにゆるい地盤には響かない。

それでも今は、たった二人の旅路——意味深く言葉を紡ぎ続けて、余りある悠久の時の暇を潰すかのように深き言葉の裏をがし合う。


少なくとも、今回はクレアの手番であるようで。



「もちろん。俺は材料がありゃ、どんな料理も作って魅せるが、を作れる訳じゃねぇ。純度の高い製品なら尚更に、元素記号がおどり出す科学工業の分野だしな……そそらねぇったらねぇよ」



「……ここ数日、またしても貴様が苛立っておるという奴か」


イミトの語る難解な言い回しの裏を読み、自身の価値基準とは違う彼の悩みに「相変わらずしょうもないな」と如実に表される深い息を吐くクレア。ここ数日、彼が——人がくる為に必然に行う料理風景を否が応でも傍らで見させられてきた事を思い起こし、彼女は答えに辿り着いてはいた。


かしげていた首、悩まし気に物想いにふける彼の顔は、時を経るごとに今ここに立つ事への不満を明確に帯び始めていたのだから。



「まぁな……結局は、パンやパスタの小麦料理に飽きてきたって話なんだが。デンプン質の芋とかも同じくな。米食文化に生まれた人間への呪いかね、これも——」


されども彼は自虐的に笑みつつも、前向きに思考を続けている様子でわらい——そして彼女のとの会話があったからこそ、何かに思い至りもするのであろう。



「いや——待てよ、そういや……」


「——ん。待て、イミト……くだらぬ与太話をしている内にようだ」


だが、そんな彼の至りを阻害するが如く話は進んだ。ゆるりとした歩みと共に思考に集中しているイミトを他所に、傍らに抱えられていたクレアは周囲に散る視界の中であるものを見つけるに至って。


「あ? より早くねぇか? 今日の夕方か明日の朝くらいって話だったろ」


を見てみよ」


そんな彼女の言葉の意味を思考をしながらも直ぐ様に察したイミトの問いにも、クレアは己の見たものを揺るがせずに見識の共有を彼にうながした。


そして彼女の目線が向かう方にイミトも目を向ければ——



「——ああ、か。ヘリコプター並みの高度だな、ありゃ」


遥か上空でかがみながら湿原の周辺を見渡す黒い点のような人影。イミト達には、そのように空に堂々と立てる人とは思えぬ所業を行う人物に心当たりが多分にあり、むしろそれ以外にあるまいとなかば呆れの混じる息を吐く。


それには他にも、安堵の感情も混じっていたのだろう。


「……貴様の杞憂が尚更に馬鹿らしくなる健在ぶりだな。我らを探しておると見える……どれ、気付かせてやるか」


暫くと道程みちのりを別っていた人影の佇まいに、仕方なしといった風体ではあれどクレアもまた少々と浮ついた安堵を隠すようにイミトの横腹に抱えられつつ、寄り掛かるように瞼を閉じて白黒の長髪を風も無いのに揺らめかせ始めた。


けれども、それが意味するものは——イミトにとって些かの問題を引き起こす


「あ、いや——ちょっと待——て‼」


しかして時は既に遅く、傍ら小脇のクレアを中心に止める間もなく、ここまで抑え込んでいたようなが風でないにも関わらずに噴き出すように周辺の世界を突如現れるあらしの如く揺らすのである。



——肉食獣と同じく、潜ませていた


「……なんぞ、何か問題があったか。何も無い草原で抑えておった魔力を解放しただけぞ」


「何かはあったろ……見てみろ、今日の夜飯の


解き放たれたを何の悪びれた様子もなく垂れ流し始めたクレアに呆れたイミトは、クレアが知り合いに向けて行ったが引き起こしかねない事態の片鱗へんりんを魅せつけるべく、再びと先ほどのと合わせて回れ右となるきびすを返した。



「「「「「「「……」」」」」」


すれば向き直される姿勢のその視界の先——遠き地平の向こうにまで広がる湿原で静かに首を動かす無数の野牛の群れ。


彼ら彼女らの視線は気味が悪い程に一律に、イミト——否、彼女らの姿を捉えている。


言わずもがな、群れの子牛に襲い掛かった肉食獣を足蹴にしたままの勇猛なの怒りにたぎる赤い瞳も鼻息噴き出し、凶悪な捕食者にを問うていた。

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