第106話 凪の下層。3/4
求めぬ者の最も近く——欲する者の手には届かぬ。
何と皮肉な運命か。
「アディ‼ それを奪われるな‼」
咄嗟にカトレアは叫ぶ。己を含む衆目の中、スルリと電流溢れる雷樹の防衛網を
「っ——いつの間に‼」
アディもまた、不意を突かれて反射で体が動いていた。思考よりも早く生存本能が雷鳴を轟かせて利き手に持っていた抜身の剣を振るうに至り——、
「うわわ——なんて暴力的なんだ、近づいただけで真っ二つ」
スパリ。少年は斜めに斬れた、物の見事に二つに斬られた。
だが——
「なんてね。なんちゃって?」
「なっ——今の感触は——⁉」
それでも不思議と血は噴き出ず、粘土細工のような真っ白な断面を晒しながらもニヤリと笑う少年に驚かされるアディである。少年の片手には尚も、争いの火種——闇色の魔王石が心を惹いて妖しく光る。
「【C・スペヴィア】から【B・スペヴィア】に」
自己紹介もせぬまま己をスペヴィアと匂わせた少年は片手に持っていた魔王石を少年のソレとは思えぬ
「我々の魔王石が‼ くそっ‼」
「……——魔王、石?」
放られた先——街の建物の屋根の上に居るのは、もう一人の同じ背丈格好の双子と見紛う少年。しかし、そんな事は些事であると様々な思惑が交錯し、誰も新たな少年の登場に驚く暇も無い。
「【B・スペヴィア】のナイス・キャッチ——からの……」
それらを嘲笑うかの如く放られた魔王石を優しく受け取るもう一人のスペヴィア。だが、ニヤリとした表情を浮かべながらも、
「天使様が——それを盗んで行くのは良くないので御座いますよね‼」
黒い顔布の少女は考える。そして——この場で唯一、少年と同種の気配なき存在を知識として知り、先程までのカトレアの言葉を理解しながらも、しているが故に迷いなく動き、躊躇いなく勇猛を奮った。
一瞬にして屋根上の少年の元まで辿り着いての跳び蹴りの動作。
だが——それもまた、織り込み済みだったのであろう。
「【B・スペヴィア】から【D・スペヴィア】に——凄いな、本当に感知できるんだ。出来てる?」
「あ‼ しまった——のです‼」
切り裂かれたスペヴィアから魔王石を受け取った矢先、また別の場所へと魔王石を放り投げる別のスペヴィア。コチラもまた、デュエラの猛烈な跳び蹴りを躊躇いも無く引き受けて、平然と蹴り飛ばされながらも魔王石を放ったのである。
二転、三転。それでも少女は防御も何もせずに打撃を受け入れたスペヴィアに虚を突かれながらも、放られてしまった魔王石に視線を流し、見えざる足場を空中に作り、石の行方を追おうとした。
されど——やはりと言うべきか、
「反応が早いよ。早いかな? 僕の登場に驚かなかったのは君だけだ——もしかして本誌掲載派かな。単行本も、おまけ色々で良い物だよ」
何の躊躇いも無くデュエラの猛烈な激突を承知で受け入れたB・スペヴィアは、なんの痛みも無い打算アリの様相で言葉を
「「そうだよ。そうかな? 漫画の話さ」」
「っ——邪魔を‼」
一番に厄介になるだろうデュエラを胴体が別たれて街路に倒れていたはずのC・スぺヴィアと共にデュエラの身体にしがみ付いて動きを阻害するに至る。
「クスクスks——」
すれば、放り投げられた魔王石の行く末は、またも新たなスぺヴィア——D・スぺヴィアの両手にフワリと収まる。とはいえ、思惑はデュエラとは違えど魔王石を求める者が居れば攻防は続いた。
「事情は読めないが、それは返してもらう‼」
「返せぇぇぇぇえ‼ それをぉぉぉお‼」
ほぼ同時——少しアディが早く、遅れてラフィスが魔王石を所持する尋常ならざる不穏な未知なる存在に飛び掛かれば、対するスぺヴィアは尚も余裕の笑みを浮かべ帽子を深く被り直すのだ。
「君たちは——流行に乗り遅れる単行本派だね。でも業界を支えてる。素敵だよ、素敵かな——#07? #08?」
「「なに⁉」」
打算があった。当然と何の用意も無く、スペヴィアは彼らの前に顔を出した訳でもない。
飛び掛かったラフィスやアディの前後にて、唐突に——何も無かったはずの空間からブクブクと急速に湧き出す白色の粘土のような物体。形作られるのは二体の怪物。
「#08経由で【S・スペヴィア】に」
アディやラフィスの眼前に現れたのは
「魔物を
そして、もう一匹の怪物は人型の牛。ミノタウロスとでも表記すれば分かりやすいだろうか。
唯一、街路から状況を
「クスクスks……それでは皆さん、驚きも無く——ありきたりな物語展開」
故に、S・スぺヴィアは余裕の笑みを再び浮かべ、嘲笑の音を溢す。そして軽快に指を鳴らして背後の空間を粘土のように歪ませて黒い穴を作り始める。
「空間を
明白であった。目的の物資を手に入れて、他の
中々どうして、ありきたりに想像できてしまう展開。
「さようなら」
「逃がさな——‼」
「ブおオオオオオ‼」
早々に眼前に現れた蛙の怪物を一蹴し、行先を反転させて魔法を阻止しようとするアディではあったが、その道を塞ぐが如く氷柱が刺さったままの牛魔が立ちはだかる。
だが——咆哮する牛魔ではあったが、攻撃の意思は無いようであった。
「何だ——光——自爆か‼ 離れろ、皆‼」
当初は道を
咄嗟にアディは叫ぶ。
そして、
「コッチの邪魔者も膨れて——なんだか嫌な感じ——なのです‼」
それは時同じくデュエラの方でも、牛魔と同じ事象が発生し、デュエラの体にしがみ付きながら膨張し始めるスペヴィアたち。
やがて——膨れ上がった彼らは、猛烈な閃光と激しい破裂音を世界に轟かせる。
「デュエラ殿‼」
ただ——激しい爆風を発生させたのは、デュエラにしがみ付いていた二体のスぺヴィアのみ、である。
「なーんちゃって。うそうそ……クスクスks——」
「「「……」」」
デュエラだけがその場から退席させられたが如く、街の遠方に吹き飛ばされて。閃光と破裂音の直後、何事も無かったかの如く変化の無い情景に唖然とするアディ、カトレア、ラフィスの三人。向いた視線は屋根の上、空間転移をするかと思われていた少年の
「よくある風船ドッキリさ。笑っちゃうよね。笑えたかな? まぁ——そこに居た女の子は厄介だから少し強めに驚かせて遠くに飛ばしてみたけど。見たかな?」
とても、とても微笑ましく滑稽を見下げて嘲笑う少年スペヴィア。
しかし答えは当然と求めてないようで。
「さてさて、でもでも、狙ったアイテムもゲットしたし——別れの挨拶は本当にするとしよう。ここで君たち全員と遊ぶのも楽しそうだけど——
未だ背後に空間が歪み、渦を巻くような黒い穴を維持しながら、得意げに己の優位と今回の成果である魔王石を見せびらかしての一人語り。
「待て‼ 待ってくれ‼ それは——それだけは——」
「……ラフィスさん」
そんな少年に懇願するが如く、アディなどからの恥も外聞も憚ることも無く、神にでも
だが——神の使いの如き少年は彼を、信仰と誠実の足らぬ彼を、やはり嘲笑うのだろう。
「クスクスks……駄目だよ。駄目かな? だって——その方が面白いじゃないか。#06」
「オオオオオ……‼」
今さら救いを求めようとも、佇む屋根の上——建物の裏に忍ばせていた断罪は顔を出す。
悍ましい何か——新たな怪物。
「いったい——幾つの魔物を‼ 我々を消し飛ばす消す気ですか‼」
大口を開けた
「くそっ——間に合わな——‼」
ラフィスもまた、己の身を守りつつ反旗を翻すべく周囲に鏡の盾を掻き集めて。
それでも尚と、爛れた単眼の怪物から放たれる砲撃への対処は間に合わないだろう。
すれば自然と、一人の男の動きが現状を左右する。
「——ラフィスさん。アナタには、まだ聞かなければならない事がある」
四肢砕かれたラフィスを前に立ち、剣を鞘に納めた抜刀——居合抜きの構え。
青い瞳に迷いも怖れも無い、今にも途方もないエネルギーを秘めた破壊光線を放とうとする怪物に嵐の前の静けさの如く柄を握り、聖騎士アディ・クライドは息を吐いた。
「死なせませんよ【
そして意を決したと同時に単眼の怪物からラフィスを狙って吐き出される破壊光線に対し、アディもまた雷電の滾る剣を抜くに至るのだ。
「「——⁉」」
衝突する光線と雷光。余波の衝撃が荒ぶる風となり、周囲の軽々しい物を吹き飛ばす結末。
その行方は——無論、静寂の余韻。
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