第105話 混濁の清流。2/5


「デュエラ殿‼ セティス殿と急ぎ合流し、を‼ アディは私が抑えます‼」


アディの強靭な剣を全身の力を使って抑え込み、背後に居る少女に対して唯一の増援として見込めるもう一人の仲間との合流を望む声を張り上げる。


だがその時——カトレアの目論見に反し、少女デュエラは——



「了か……い、したのです?」


「? どうかしましたか⁉」


何処か呆けてうわの空、未だ空の上のしだれた花火の向こう側に居る魔女に視線を釘付けにされていた。


それもそうであろうか、空飛ぶ箒にまたがる魔女セティスにもまたがあるのだから。



を、で、殺しておいて』


遠き空の上から少女と目を合わせ、街のに指を差し、指を二本立てて、やがて仕草に指を動かす。


少女デュエラの視力が、異常な程に良い事を知るが故に。



——すれば、少女は



「了解したのです‼ カトレア様、敵にを刺しに行くのですます、セティス様の指示です、コチラに‼」


魔女の意図を理解し、カトレアの指示との差異を思考し、かたわらで声を張り上げたカトレアよりも魔女セティスの指示を優先するデュエラ。さもすれば何も考えも無く、えさを目の前に放られた獣のように食いついただけなのかもしれない。



しかしながら、その選択は——


「な、了承——しました‼」


案内するように先んじて場を跳び出したデュエラに驚くカトレアが放っていたセティス側の状況を知りたいという思惑にも沿い——恐らくは合理的と思える物であるのだろう。


コチラも未だ勘の話、されども瞬時に体は動く。


眼前のアディの剣を抑え込んでいた剣を退かせ、そこから更に相手を牽制けんせいおくれを取らせる為の幾つかの剣撃、そしてカトレアは直ぐ様にきびすを返してデュエラの後を追う。



「カトレア‼」


その後、去りゆく女騎士を諦めずに追うと宣言するが如きアディの叫びむなしく——


「【地龍ダラバ目覚・トラメスめ‼】」


「【氷壁ボルダリング・アイス‼】」


デュエラとカトレア——二人の暗躍者は息を合わせるように殆んど同時に、広範囲に視界と道を塞ぐ為の魔法を用い、アディの眼前に激しい土煙と刺々しい氷の断崖を創り出すに至るのだ。



まるで、場面転換——舞台に暗幕を降ろすが如く。


雷派バリド——くっ、電流が散って火力が出ないか‼」


その二つの魔法が同時に広範囲で様々な粒子を世界に解き放ったがゆえに功を奏したのか——電流を用いて身体機能の強化や周囲の状況を穿うがつのを得意とするアディの動きを躊躇わせる。



意図せずに生じた電導の拡散、僅かな足踏み——致命的。


だが——で、最強に最も近い聖騎士とうたわれるアディ・クライドの猛追が止まる事は無いのだろう。



「けど——逃がしはしない‼ クライド流剣技歩法【炎派エルシア虎炎咆哮エルガデッサ‼】」


剣を持つ構えを切り替え、呼吸の仕方を変えるように瞼を閉じて心を集中させた一瞬の素振りの直後——彼が帯びていた電流は静まり、代わりに周囲に噴き上がったのは烈火の咆哮。


熱の膨張によって一気に噴き上がった上昇気流は土煙を竜巻の如く散らし、何も無い空に振り抜く剣に周囲の炎が纏わり付き、やがて劫火ごうかの牙を持つ獣の如き格好で前方の氷の壁を喰らい尽くす。



「また派手な技を——本当に敵に回すと面倒だ‼」


「振り返っては駄目なのです‼ 落下する敵に逃げられてしまいますし、二人でとの指示なのですよ‼」


——彼もまた、怪物。上空の爆発を機に再び盛り上がりを見せる逃走劇、背後で巻き起こる盛大な魔力の衝突の余韻に汗を流す二人の暗躍者。



けれどもそれも、あの魔女には織り込み済みなのだろう。


「分かっています——恐らくセティス殿の狙いは、敵であるラフィスとアディを事‼ デュエラ殿、もう少し本気で走っても大丈夫です‼ 先に落下した敵の足止めを‼」



「了解——なのです‼ でも、もしかしたら手加減は出来ないかも知れませんのですよ‼」


振り返る事無く少女は走る。


行先は無論——魔女が空から指し示した彼女らの敵が落下した場所。

獲物を狙う獣の舌なめずりを、黒い顔布に隠しながらに。


——。

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