第104話 遊戯の混流。4/5
だが、たとえ
「中身のない——空っぽ、いえ——体内の全てが鏡として周囲に展開していると推察。修復能力の時間を計測」
聖騎士ラフィスを殴り飛ばした後、鏡張りの地面に着地した魔女セティスは直ぐ様に後方に跳び退いて距離を取り、観察姿勢に再び移行する。
「き、貴様ぁ……っ‼」
血の代わりに破片を溢す鏡の魔人——まさしくそこには、怪物の姿があった。
「そんな睨んでも、アナタの結末は揺るがない。強がってないで、素直に怯えて命乞いでもしてみたら? さっきみたいに」
己の打撃は、危険ばかりで効果が薄い。そう自覚したように棘だらけの鉄拳装備を再び銃装備へと切り替えて拳銃の持ち手を掴むセティス。後方に跳び退いた時の屈み込んでいるような前傾姿勢から徐に立ち上がり、そしてさりげに会話を試みる。
乗ってくると思ったのだ、彼もまた時間を要するだろうから。
「さっき、だと……」
そしてパキパキと溢していた破片が生えてくるように、
すれば、彼女は疑問点を口にするに至った。
ここまで——暗躍に勤めていた聖騎士ラフィスが垣間見せた僅かな不合理についての話を。
「そう。何故あの時——アナタは魔女を含めた全員を始末しようとしていたのか。計画通り、魔女の前でデュエラの正体を暴き、追い詰めさせたあの状況で——私たちは兎も角、その場に居た全員を始末しようとしたのか」
「もちろん、デュエラの大泣きとカジェッタさんの登場で風向きが少し変わっていたとはいえ……もう少し状況を見ていても良かったはず」
つい先程に行われた魔女たちとの
目の前で片目の砕けた顔の空洞を右手で覆い塞ぐラフィスの行動を振り返りながら、その真意を問うような口振り。
けれど——結論は出ていた。
否——、結論を無理矢理に紡いでいるのだろう。
「私たちが彼女たちを守ると踏んだ……その結果、多少なりとも私たちが負傷すると思い、魔女たちに私たちを捕らえさせ易くする。多少の動揺があっても、まず彼女たちは私たちの身柄を押さえ、その後にアナタを探すでしょうから。
その後に機会を見て私たちを暗殺し、自分は姿を暗ませる。襲撃当時、アディ・クライドと同行していたアリバイがあるなら——どのみち安泰」
「というのが、アナタの建前——けど、本当は無理だと思ったんでしょ? アナタは焦ったの……魔女が私たちを捕らえる事が不可能だと、そして自分一人では私たちに勝てないと」
真実か否かなどは然したる問題では無いのだ。つらつらと言葉を遠回しに並べ、屁理屈っぽく顔面の一部を破砕されているラフィスの耳を突けさえすれば。
「あはは。怖かったのよね、予想以上に私たちが。ねぇ——世間知らずの、お坊ちゃま?」
敢えて相手を小馬鹿にして挑発するように放ったのは、棒読みで表情の一つも変えない下手くそな作り笑い。
読唇術を用いれるラフィスの無事な左眼にもハッキリと分かるように口を動かし、魔女セティス・メラ・ディナーナは目の前の敵にダラリと肩の力を抜きつつも銃口を突きつけ、そして小首を傾げた。
「~~っ‼ ふざけた事を抜かすな、この人形ヅラが——この僕の、聖騎士の名は、伊達では無いぞ‼【
すればプライドが高く、自信家であり冷静に状況を分析できる人間と信じていると見られている聖騎士ラフィスは、己の
鏡が——水面を走る波紋の如く揺れた。
そして現れるのは、鏡張りの箱の中で無数に写されていた聖騎士ラフィスと魔女セティスの複製人形と言った所であろうか。されども複製は完全ではなく、スライムが残していた汚れで些かとボヤけている。
「くすんだ偽物。もっと早く使えばよかったのに——
とはいえと、数は数——鏡合わせの遠近感が狂う光景のそこかしこから次々と魔女セティスを狙って襲い来る複製人形に対処するべくセティスも走り出し、床に落ちていた自身の空飛ぶ箒を取る為に時間稼ぎになればといった風体で再び
「そんな——嫌がらせのような攻撃が‼ なんども‼」
だが、もはや恥も外聞もなく——顔面が修復する時間すら惜しみ剣を抜いてセティスを鏡合わせとなっている箱の中心へと順々に飛び出る複製人形と共に追うラフィスには、怖れなどは無い。
スライムがもたらす汚れなど多少の事は
まぁ——それも、
「馬鹿。それは本物【
「なっ——まさか——⁉」
鉄の果実の如き兵器が爆発の直前——蒼く光るはずのスライムの手投げ爆弾とは異なる赤い光を放つまでの心積もり。聖騎士ラフィスはスライムの爆弾に破壊的な威力など無いとタカを括って、その赤く光りつつある爆弾を剣で弾く。
そして魔女は、両手の二つの銃を握り——放射状に撃ち放つ魔力の反動で先んじて空へと離脱する。
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