第103話 激流の咆哮。1/4
激動する夜闇の街——或いは山の頂に埋め込まれた街。
幾つかの小さき人の想いが、小さき人の
氷結の
「……凄まじい魔力の波動を感じて様子を見に戻ったが——答えてくれ、君は何者だ」
「……はぁ、はぁ」
漆黒の仮面の下で白い息を切らす女騎士がそれでも尚と両手で強く握る剣の切っ先の向こうで、その男は真剣で
旧知の聖騎士アディ・クライドとの再会——女騎士カトレアは、己の表情を隠す役割を仮面が果たしている事に心より感謝しているのかもしれない。
「騎士様、御助力願います‼ その者は我らの目の前で人を殺した大罪人、しかも半人半魔の疑いがあり——捕らえる事に御協力を‼」
「「……」」
出会いたくは無かった——それでも、派手な騒ぎを起こしてしまった以上、十分に起こりえる事の一つであったと覚悟はしていた。街の大通りとは言えぬまでも、建物と建物の間で存分に馬車二台が行き交える程の広さの通路で相対したアディ・クライドは腰の剣に手を掛けながら遠巻きにカトレアを囲んでいる魔女たちの言葉を聞き、改めて漆黒の仮面を
「半人半魔か——それは確かに聖騎士としても捨て置けない問題ではある……」
「(……細身の聖騎士の姿は無い。アディの単独行動か)」
対して、カトレアもまた目線を少しだけ流し、現在の状況——相対する自身を捕らえようとする戦力の分析に
しかし何より今——
「一つ、訊きたい。名も知らない女騎士殿——その剣は、何処で手に入れた物なのだろうか……答え
「……」
最も注意を払うべき
「答えてくれないか。頼むから」
「……」
旧知の聖騎士の問いに、カトレアは答える訳には行かなかった。今ならばまだ、他人の空似で押し通せる——黙って時を過ごしながら切り抜ける事さえ出来れば。
「そうか。ならば、
『逃げるピョン、カトレア‼【
「(ユカリ‼)」
されどそんな思惑を他所に、腰の剣の柄を掴み、臨戦態勢で腰を低く抜刀の構えを魅せたアディに対して、鳥肌が立つような想いで胸中の獣はカトレアの口でカトレアに向かって叫び、通路を盛大に塞ぐ氷の壁を作り上げる。
だが——
『【
「『——⁉』」
獣が駆使した足が
そして——
『私の氷が蒸発⁉ どんな化け物ピョン⁉』
剣技の主は一瞬にして女騎士へと間合いを詰め、手首を
「聞き慣れない言葉だ……君の中に居る魔物の言葉か。でもその声は——」
「くっ⁉」
咄嗟にカトレアは片手持ちに変えていた剣を両手に持ち変え直し、アディの攻撃を受け止めたが、それでも崩れた体勢で押し切られ、何とか仮面を狙った一撃を
「君なんだろう——カトレア」
切なげに、穏やかに、優しげに、苦く複雑に微笑むようにアディは語る。
それでも——答える訳には行かなかった。
「【
『【
彼女の悲痛を叫ぶが如く、アディの剣を受け止めたカトレアの剣から溢れ出る泡と水流——そして加え寄り添うが如く、ユカリの氷がカトレアの心を固く重みあるものとするように溢れ出た端から氷結の気配を
「広範囲だが柔らかい水の剣技を補うように氷結して重量を与える。目暗ましの役割もある……凄い合わせ技だ——自我を持った上位の魔物と見る【
冷気が水流と泡を喰らい腹を膨らませるように剣に導かれるように
だが、その時にはもう——氷を
カトレアは、逃げ出していた。
「相変わらず——才能の
『あんな化け物と戦うなんて無理ピョン、ふざけんなピョンよ‼ アンタの知り合いピョンでしょカトレア‼ 何とかするピョン‼』
街路の人目を気にせずに盛大に氷の道を作りながらも、人通りの少ない道を選んで氷を滑るカトレアは振り返る余裕すらも無く顔色を苦く染める。
「今は黙っててくれユカリ……頼む」
『——……』
心に渦巻く様々な感情を隠す事もせずにユカリに伝えながら往く道は、酷く冷たくカトレアの身体に粘り気のある何かが絡み付いてくるように重たい。氷を滑るという移動法を用いて居なければ足を止めてしまう程の物なのだろう。
それでも相手は雷そのものと言っても過言では無い程に空気を切り裂き、空気を揺さぶる無視できぬ存在。
「疑問には——思っていたんだ」
「回り込まれっ——くっ‼」
僅かに弾けた稲光にも似た弾ける電流、毛を逆立たせるような感覚の後に
またしても咄嗟に足を止めて剣撃を後手で受け止めるカトレア。滑り来た勢いは有れども、
「少なくともイミト殿は強力な魔獣を無傷で倒せる強者で策士でもある——その彼が何の手立ても打てずに騎士を犠牲にして姫を救うしか出来なかった窮地とは何だ」
行く手を塞ぐ聖騎士も氷上へと着地する。しかし氷は彼を嫌うことも無く、自らの元々の形を思い出したかのように直ぐ様に
——どちらが怪物であろうか。
「彼と出会う前に深手を負い、手当てが間に合わなかったとしたなら……どうして遺品が聖教徒の証であるペンダントだけだったのか」
「……」
逃げた事を責めるでもなく、まるで逃げられた事実が無かった事のように会話を試みようとするアディ。語る言葉は——これまで己が胸に秘めていただろう世界への違和感。
「墓標に剣を用いたのなら、その場所は何処だ。誰も——姫から話を聞いたはずの国の上層部も死因の公表を避け、固く口を閉ざしていた。姫を守り死んだ他の同志たち同様——遺体を回収され、国葬を受ける立場であるのに」
「そして君が扱う剣技、用いている氷の魔法——僕には見覚えがある。これは細かい所だが、先ほど足を運んでいたカジェッタ殿の家に居た少女二人と老体の三人分にしては少し量の多い気がした食材」
追い詰められていた。追い詰めていた。互いに抱える罪悪感——アディ・クライドは何か事情はあるのだと察しながらも困りげに彼女へと問う。
彼とは対照的な電流を帯びる威圧的な剣の切っ先が向くのは、やはり真実を隠す夜の如き漆黒の仮面。
「もう一度だけ——いいや何度だって問いたい。君なんだろう、カトレア・バーニディッシュ」
「——……っ‼」
だからカトレアは歯を噛んだ。口のムズ痒さを誤魔化すように、抑え込むように。
「だとしたら——何だと言うのだ‼ アディ・クライド‼」
それでも耐えきれずに彼女は口を開くのだ。
放つ言葉が、どのような言葉であろうと答えであると知りながらに。
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