第102話 狂気の濁流。3/4


老賢人は説々と言葉の刃をユルリと歩き出しながら更に引き抜く。


「俺にゃあ……今のその子らは、テメェらに邪魔されるまで街の為に戦ってたように見えたがな。レジータよ……そのとやらをした連中が、何故なぜわざわざ魔女に俺みたいな老人を。リダやトラコの事もそうだ……そしてその嬢ちゃんらが守ったやからの中にゃも居る」


 「……そ、それは」


技の賢人——その名に相応しいか否かは論ずる所、されども抜かれた言葉の刃に刃毀はこぼれは無い風体。多少なりと偏見はあれど、論拠を詰めて年の功などの印象も含めて攻め立てる。


「俺がその嬢ちゃんらの事を知らねぇって言ったがよ、レジータ……お前さんこそ知ってるかい、その子らがウチの店でしてる時の楽しげな様子——そっちに行ったリダは何も言ってなかったか、街の観光を楽しんでたって」


種族の差異もあり二倍ほどは背格好も違うレジータの前に立ち、持ち上げた己の首をいたわるように首後ろに手を回したカジェッタ。されども、その眼差しを受けるレジータは二分の一程しかない背丈のカジェッタに対して、何処か小さく見えた気がした。


「そんで街の人間守る為に怪我して包帯撒いてる嬢ちゃんを寄ってたかって——恥ずかしくねぇのかい。ええ?」


「罪があろうがなかろうが、先に捕まえるべきは街に被害を出さないように動いてた嬢ちゃんらじゃなく——陰でコソコソ隠れて何かしてるじゃないのかい。ええ?」


「街の発展に取り憑かれて、合理的な効率の良いにでもなったかい……そこまで人情が見えなくなっちまったか、レジータ・ジル・ベットさんよ」


「……」


やがてカジェッタの説教を受けて改めてかえりみるレジータの視線は、あの少女たちへと向く。


未だ泣き続ける少女と、それを優しくいなめる魔女の異様。


寄り添う二人のあまりにも小さく、あまりにも情緒に溢れた姿を。



そんなレジータの心境の変化を他所に、


「大丈夫、顔布は予備があるでしょ? 落ち着いてデュエラ」


「ひっぐ……えぐ……で、ですが……この顔布は——」


「イミトとクレア様なら、すぐに修復してくれるし、怒ったりなんかしない。デュエラを嫌ったりもしない。この街を出たら、また直ぐに会えるから」


泣きわめいていた少女デュエラは優しく抱きしめられ、頭を撫でられながらなだめられて、徐々に泣き止み、落ち着きを取り戻しつつあった。


開かない瞼、開けない瞼から零れる涙は最後の一滴か、彼女を抱き寄せるセティスはそのしずくを拭うが如く頬を寄せる。



そして、彼女は決意したのだろう。


「そうだデュエラ——この街で道具を揃えたらと思ってたけど、試してみようか」


「——え? 何をで御座いますか?」


「アナタの瞳を、私に魅せて」


生まれに——世界に——過去に呪われた、幼き涙声の少女の未来を見つめる手助けを。


「だ、駄目なのですよ‼ そんな事をしたら、セティス様が石になってしまうのです‼」


己が命を差し出す決意を。

覆面の魔女セティス・メラ・ディナーナは彼女へと静かに告げる。



「石に……?」


「その嬢ちゃんはの生き残りだそうだ。——はそれを防ぐ為のもんらしい」


「なっ、何だって⁉」


遠目で彼女らの会話を聞いていた彼女らには解るまい。共に生くならば、遅かれ早かれと棚には置いて見てみぬフリなど出来ぬ問題。呪われた眼——世界を呪い殺す瞳。



「——守られてたのは、オメェもじゃないのかい。調子づいて殴ってるのを見掛けたが」


「……」


幾年月を生きたカジェッタも含め、言い伝えの中でしか聞いた事のない目を合わせただけで他者を石と化す能力を持った一族の末裔。その未だ確実な対策が講じられていない恐ろし過ぎる能力も相まり、人類の最も忌むべき存在の一つとして悲劇の末路を辿った一族の生存者。


世界を呪い殺す理由すらも抱えているかも知らぬ少女が、何故なにゆえにと己の身が打たれていると知って尚——敵である自分に怒りという感情の波に飲まれた中で何故なにゆえに手心を加えたのかと過去を振り返る為に頬伝う血に混じる汗を流すレジータ。


ピリピリと、汗の塩気がレジータの傷に染みゆく。

何故に——魔女セティスは平然と彼女を抱きしめているのかなどと、にわかには信じ難い事実をかんがみながらレジータは考える。彼女らが本当に非情であるならば、たった一言——と命じれそうなものであったのに。



しかしながら魔女セティスが眺めるのは、やはりメデューサ族の少女が自らの眼をふさぐ手の甲と、下唇を噛む口元。



「大丈夫よデュエラ——もう、大丈夫。私とイミトとクレア様が、アナタのを解いた」


「信じられない? 私だけじゃない、イミトもクレア様も手伝ってくれた」


「で、ですが——」


手の甲に触れて流れるように優しく少女の唇をいたわるセティス、デュエラの声は震えていた。


信じられようはずがない、これまでも——幾つか例外はあったとはいえ、ことごとくが不注意の末に何も語れぬ石へと変り果てた光景を眺めてきた瞳には。


信ずるべきではない、デュエラが——今や敬愛する二つの影と等しくなる程に大切に思うが石となる姿を目撃したくないならば。



「ゆっくりと目を開けばいい……常に魔力を発しているアナタの瞳の中には未完成の術式が組み込まれていて、それが他人の眼と合う事で相手の瞳の中で完成に至り、耐性の無い相手の中や周囲にある土の魔素を暴走させて石へと変える」



「だから打消しの術式が刻まれた私の覆面の眼を介していれば理論上——私は石にならない」


論理を説明するセティスの声になど耳を貸さず、暗黙のまま闇の淵に沈んでおけばよい。


それでとなるのは己だけ。

だが——やはり少女は目を開くのだろう。


淡い期待と親愛がうずき、魔女の言葉にささやきに——耳を貸さずには居られないから。


「怖い? 私も少し、怖い」


「せ、セティス様……——」



「けどね……怖いよりも、アナタの瞳を見たいから。その為なら……石になってもいい。でも石になったらアナタが悲しむから……だから、その為に色々と考えた。それが私の根源——技術、叡智えいちいしずえ。人間の、強さ」


「せ、セティス……様……」



誰にもすがる事が出来ない孤独な生き方を運命づけられた少女にとって、それはあまりににがく——しかし蠱惑的こわくてきな甘さが漂う代物。鋭い嗅覚に少し薄味の夕食の優しいスープの残り香が染み渡る。



「さぁ——ゆっくりと、目を開いて」


抱きしめられていた重みや熱が引き、代わりに今度は頬に冷たくも温かい包み込んで来るような他人の掌の感触が二つ。閉じられたまぶたの向こうに魔女が居る——確かな事で、感じられないでいる。



ふるえて、ふるえて、えて、こらえて、ねて。

少女は久しく——暗闇を恐れた。


「「「「……」」」」



「——本当に、固まってしまうくらい。イミトの言っていた通りね……デュエラ・マール・メデュニカ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る