第101話 潮流の鼓動。3/4


それでも——心は進むべきと思う方へわめき散らすが如くうずきたる。


「セティス様の方も——戦いが激しくなっているようで御座います。早く合流して敵を見つけなくては」


心ばかりが先に往く、胸に鼓動ばかりが時の流れに動かされて。

矢継ぎ早に襲い来る光の攻撃に、体も心とは違う場所に向かわされるばかり。



【落ち着けよ、デュエラ。ちゃんと考えろ】


黒い顔布が揺らめいて僅かに垣間見える歯を噛む彼女の悔しげな口。

脳裏に過ぎるは懐かしく思える程に遠い背中、穏やかに呆れる男の笑み。


「イミト様——でもワタクシサマにはやっぱり何も……」


【ふん。この姑息こそくな阿呆の小器用な真似など貴様には出来まい、貴様は我と同じで道理を蹴り飛ばす方が性に合っておろう】


うずきに拳を握る掌には、失われている重みの記憶——同じく呆れて溜息を漏らす彼女の言葉。


襲い来る光の攻撃の僅かな合間に後方に跳んだデュエラではあったが、不意に呼び起こされる記憶に足を止めて悔し涙を止めるように街の天井に顔を仰向ける。



「——……会いたいなぁクレア様、イミト様」



 『動きが止まった? 今だ‼』


それを隙とるのは愚かな事であろうか。黒い顔布の眼前にて——目潰しをするように突如として光を溢れさせ、現れる光の攻撃。


直撃はまぬがれない——少なくとも致命傷であろう首の動脈を削れるだろう距離と位置。


しかし——少女は


「……はぁ——ぐすっ、本当に……で御座いますね。直ぐに見つけて殺してあげるのですよ」



吐き出した不満が滲む溜息、涙声と共にすする鼻息。いつの間にか光の攻撃が存在していたはずの位置には湯立つ蒸気を握ったような少女の拳が代わりにあって。


『なっ……あの間近の距離を見もせずに素手で……私の光弾を完全に握り潰した……だと⁉ どんな反応速度と強化魔法を‼』


疑いたくも、その光景を何らかの方法で監視していたラフィスにはそうとしか思えない結末。少し火傷でもしたかのように、自らの舌にペロリと舐められる少女の手。


高熱と分かっている光の攻撃を、何の躊躇ためらいも無く試してみようと不安に思うことも無く、さも当たり前に命を賭けて当然できる事であるかの如く握り潰した少女。



——狂気。紛れもない猟奇性。


「ワタクシサマより弱いからって……いつまでもコソコソと」


そして何より、それを悪夢では無い現実として実行した姿が視界に映り——敵対者ラフィスは戦慄せんりつを肌に走らせる。黒い顔布の裏の首筋に、無かったはずの蛇の鱗の如き黒い紋様が殊更に不吉な予兆だと彼の心に警鐘を鳴らすのだ。



デュエラ・マール・メデュニカ。悲劇を辿った謎多き魔族——メデューサ族の末裔。


『やはりコレが一番の危険だ‼ 今の内に動きを止めておかねば後々、致命的になりかねない‼【鏡面奏光リファスト・フィアル連弾グリューテル‼】』


暗躍の為の暗闇に身を浸す中で、ラフィスは幾つもの光を周囲に弾けさせた。

だが、遠く。



彼は——遅い。


「——追いつけるものなら、追いついてみろ。なのです……よっ‼」


 『速い‼ 攻撃の補充が間に合わない‼ 残弾のみで処理を——くっ‼』


一瞬にして建物の屋上の床が砕ける程に足を踏み込み、少女は瞬時に駆け出してラフィスの俯瞰している視界から消え去る。咄嗟に視野を広く取り、少女の姿を見つけた時には彼女は余りにもラフィスにとって都合の悪い方向にまで足を進めていて。



「一発目——二発目……三、四‼ ワタクシサマの方には四発で御座いますか。セティス様の方から一発来ているで御座いますね。ワタクシサマを。イチ足す、イチ足す、イチ足す……違うですね、四足すイチは五なのです」


またたく間も惜しむ程に襲い掛からせた光の攻撃も焼け石に水と攻撃の直後には既に彼女は、軌道上に存在しない。呑気のんきに世界に過ごしてた空気たちを蹴散らすように荒ぶる黒い顔布が、バサバサと音を叫ぶように動く。


「それから六、七、八‼ これもセティス様の方から」


「デュエラ‼」


前方から来るセティスを襲っていた光の攻撃も華麗な彼女の奔放な動きを捕らえる事が叶わず、進行方向——彼女と合流を望んでいた覆面の魔女の挨拶すらも彼女は浚う。



「セティス様‼ お話なら動きながら‼ ワタクシサマの背中に乗ってくださいなのです!」


「……了解した。その方が合理的‼」


爆風の如き、動から静の急停止。それでも心の勢いそのままに周辺の空気が戸惑い、狂乱に逃げ惑う最中にデュエラはセティスを背負う仕草を魅せ、セティスも光の攻撃が追い掛けてきている事をかんがみて即座にデュエラの提案と背中に箒から跳び下りて乗り上げたのだ。


「そのままの速度で良い、私の話を聞いて」


「通信機のは敵にされた、恐らくとの連絡を取らせない為——そのは、私たちに知られたくない事が街の方で起きているからと推測」


風は強く吹いている。元より、橋の街バルピスの複雑な街の構造で忘れがちではあったが、ここは高き山々のいただきに近く、雲を運ぶ強烈な風は時折と爪を研ぐように吹き荒ぶ。


それでも——彼女の脚が蹴散らして生まれる旋風つむじかぜよりは、些か優しい物であったろうか。


被っていた覆面を口元部分だけ持ち上げて、セティスは己が思う現在の状況と今後の方針を荒ぶる風音の中に掻き消されぬように耳元で告げる。



しかしその時、考えていたのは彼女だけでは無い。


「——九発、十、じゅういち‼ セティス様、敵はに居るのです‼ 慌てて増やしたように似た方向と位置から新しい光の攻撃」


「……」


少女もまた、少女なりに考えていた。


「ワタクシサマを狙った光の攻撃のと、セティス様の方にあった光の攻撃がワタクシサマにが足し算されるまでの時間だと、攻撃を隠しながら撃っている敵の位置は橋の街の入り口くらいだと思うのです。動きを変えられるのは四、五発‼ 探しに行っても良いで御座いますか⁉」


言語化する理論としてはつたなく、筋が通っているか分かりにくい物ではあったが、それは摂理せつりの知に長けたとでも言うべき代物。あながち馬鹿には出来ぬ経験則から来る直感の産物。


セティスは、少女の勘を——言葉の意図を直ぐ様に理解する。


「——頭のいい子。分かった、周りの邪魔は私が何とかする。少し上に昇ってから空に落として、敵が見つからなかったらアナタはカトレアさんを街で探して」


光の攻撃は突如として現れた。遠方からの狙撃や、空間を転移してくるような予兆もなく突如に現れ、そして消える。それはつまり光の攻撃は隠密に、誰にも気付かれぬまま常に移動して存在していると証左。



狙撃のような行為で打ち出された光の攻撃は相手に狙撃手の位置を悟られぬように暫くの間でも身をひそめて行動し、標的の前で突然に見える体裁で牙を向くという構造。



「はい‼」


それを可能にするのは視力では見え辛い相手のもう一つの能力、である。


空間転移で無く、光の攻撃が常にそこに存在しているとなればデュエラを止める為に慌てて追加し、牙を剝いた新たな光弾の位置や角度、或いは速度から逆算して位置の特定が可能かもしれない。



「そのまま振り返らずに走りなさい【双銃ツイルズ・眼魔心眼《アルデュース・エステリア】」


「【放射反動フリュース・ディオックス‼】」


賭けにも等しい少女のではあったが、少女の覚悟と決意を信ずるからこそ少女の背中から手を離し、空中に投げ出されたセティスは覆面を被り直して、両手に持った己の武器で見送りの華の如き号砲を打ち鳴らす。


双銃から放たれる魔力弾の反動で空の上を舞う魔女、入れ違いで彼女の肢体の脇を通り過ぎて行くデュエラを狙った光の攻撃の群れ。



で捉えられないならば、で捉えるのみだ‼【鏡面奏光リファスト・フィアル狂奏曲ブロディアッサ‼】』


その瞬間、光の攻撃の群れは何かに衝突するように一斉に進む方向を変えて更なる上空へと駆け上がり、示し合わせた様子で同じタイミングで一つの場所へと集中する。


すれば——セティスの研ぎ澄まされた魔力感知の世界で、


「——敢えて一点に光を集め、衝突させての四散、乱射、範囲攻撃——周囲に複数の反射物質も確認【魔弾装填エルエナ・ブリュッセ魚水麟イベリアム】」


彼女がそう周辺の状況から先を読んだ通り——幾つもの光を反射する謎の物体の中で光の攻撃同士は反発し合い、細かい光の粒となって闇に染まる地上に向けて反旗をひるがえすのである。



けれど——で捉えられないならば、で捉えるのみ。



「【集合群流アリマリクス‼】」


忌みじくも似た思想の結露、覆面の魔女は水の属性を放てる魚の鱗の如き風貌の無数の銃口が備えられた武器から魔法の如く、上空に天井でも作ろうかという勢いで多量の水流を放射させる。


熱を帯びる貫通の散弾と、熱を奪いて光を曲げる水面の衝突であった。

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