第91話 退化する街。4/5


「このっ——⁉」


さえぎられた音の向こうへと再びと放たれる魔力の、新たに噴き出す血潮。

セティスの背後に居た魔女の一人が、今一度ダナホの残された健全な足を狙って銃弾を撃ったセティスの凶行に憤慨し、セティスを取り押さえようと動く。


しかし——その寸前、


「動くんじゃないよ‼ その子は……だ」


 「……」


セティスの目を見続けるレジータのげきが飛び、仲間のはずの魔女たちの動きを牽制した。敵と確定された相手が用いる彼女らにすれば見慣れぬ武器の機能性、連射性、特性、それらの情報が分からないならば尚の事。レジータは酷く冷静に状況を見ているようである。



すれば、そんな彼女の思考を読みはかり、利用してあおるが如く、



「泥棒に用いる足を奪えば、泥棒は泥棒を出来なくなる。悪いお仲間も利用できなくなった役立たずは誘わないし、元々から話が合う友達じゃないなら自然と疎遠になる。とても単純で簡単な話」


周囲の話題の本筋から離れて、結界の向こう側で藻掻もがき泣き叫ぶようにもだえている泥棒に首を振って見下げ果てながら言葉をつづった。



語る中身は、己の行動の正当性を訴えかけるもの。

道端で拾った小石を宝石だとでものたまって売り出すような、そんな適当な言い分。



「ずいぶんなだね……だからってアンタが罰を下して良いって話にはならんだろう」


少なくともレジータにはそう聞こえたに違いなく、彼女は首の骨を鳴らしながらセティスをにらむ。彼女の感情を、湯を沸かしている最中だったティーポットが代弁するかの如く湯気を吹き始めるのも或いは無理からぬ事だったのかもしれない。



「私も被害者の一人になり得た、この男は現行犯……そして話を聞くに他にも被害者が居る。金を盗まれて悲しい事になった被害者を無視して、この男の犯行を黙認して今も現行犯のはずのこの男をかばう。に思う」



けれどもセティスにも当然と言い分はある。


ティーポットから噴き出した蒸気に横目の視線を僅かの時の間に預け、そして瞼を閉じる情緒ある一時ひととき、人も多くなったせいか些か密林を思わせる程に湿度も高くなった気さえする緑の家屋の内装にセンスが悪いと呆れる様子で彼女は服のえりを整え、物の見方を変えれば息苦しさに襟の締め付けを片手で解き解す。



って言葉を知ってるかい。罪をつぐなわさせる事も重要な話さ」


「再犯した今の状況をというのなら、アナタ達はのと同じ。ソチラこそ更生って言葉が、身勝手な子供や犯罪者を甘やかす為の言葉じゃないと胸に刻むべきではない?」


そして彼女は、いい加減にウンザリしてきた遠回しなレジータの嫌味混じりの言動に対し、冷ややかな言葉を返しながら襟を正した片手の人差し指の先を植物のつるが垂れている天井へとゆるりと向けた。


セティスの身——天井へと向けた指先からから、敵意も無い様子でゆっくりと流れ出す魔力の気配。周りの魔女たちは、酷く警戒した様子を魅せるは当然。



「少し、空気を入れ換えて落ち着いて話をしよう、レジータ・ジル・ベット……折角の手土産も無駄にしたくない。これだけ人が集まれば、いくら清潔な街の魔女たちとはいえ、空気が悪くなるのは必定。窓を開けて換気を推奨すいしょうする」


しかし部屋を吹き抜けたのは単なる風である。それは確かに髪をなびかせる程度の大したことも無いではあったが、やはり些かと肌をでる彼女の風は意味深な不吉を思わせる。



故に——

「良いだろう……ただし、そこに転がされたクズ男の治療はさせて貰えるかい。流石にケツ穴以外の穴が二つも増えちゃ、女じゃない腰抜けの命が危ないからね」


セティスの周囲を取り囲む魔女たちの頭目であるレジータは両手を上げて一旦、場の空気を換える降参の動作を見せたのかもしれない。それでも未だ遮音結界しゃおんけっかいの中でもだえるダナホを見下げた視線の鋭さは変わらず、セティスに対する敵対心もおとろえては居ないだろう。



「ん。そのくらいの譲歩はするつもり。ただし治療する者以外の、後ろと他にも家の外に待機してるは大人しくさせておいて。それからティーポットの中身は、もう沸いている。火の扱いは何よりも慎重に優先して対処すべき事案」


とはいえと一段落、そんなレジータに向けていた銃口も降ろし、悪しき魔女とされたセティス・メラ・ディナーナは今更ながらと舞台の暗幕を閉じるように瞼を落とし、レジータの合図で両足を撃たれ血を流し過ぎて死のふち、いよいよと意識を朦朧もうろうとさせ始めているダナホの治療に動いた周囲の魔女たちの動きを黙認する。



「……そうやってこの場をしのいでも、アンタはもう一生、捕まるまで魔女界から追われる立場になる。若気の至りじゃ済まないよ、覚悟は出来ているんだろうね」


ティーポットをあぶっていた火は止まり、蒸気の嘆きは止む。

強盗ダナホがその負い目ゆえに顔を隠していた簡易な黒い覆面もがれ、あらわになるのは兎耳。


亜人と類されるその顔には苦痛と悔恨の涙が酷く滲んでいて、それを横目に見ながらレジータがセティスへ告げるは将来への警鐘けいしょう



「覚悟があろうと無かろうと世界の顔色は変わらない。私のより、くだらない


しかしながらそんな事すら今更と、既に見据えている未来の一節を瞳に映したようにセティスは背負っていたのだろう布で包まれた手土産を取り出し、レジータに口から放つ言葉とは別の事柄について目で語り掛けながら近場に居た魔女の一人にその手土産を差し出すばかり。



「——かい。アンタの師匠、マーゼン・クレックは他殺だと聞いている。雑に埋められていた事から一緒に住んでいた身内……つまり最後の弟子であるだと推測されていたが……」


すれば受け取りなと、レジータもセティスとの話を進めながら仲間の魔女にクイっと持ち上げたあごで語るのだ。忙しなく状況が動く中で、指示を受けた魔女の一人はセティスから荷物を受け取り緊迫した表情で両手で抱えた荷物に視線を落として。


だが無論、それは今の話の本筋では無い。


「マトモに埋めてあげられる状態じゃなかったから。その事も師匠には申し訳ないと思ってる……もしかしたら私を犯人にする事までがアレの狙いだったのかも」



「誰に殺された。正体は分かってるのかい、それとももう終わったのかい? その事とロナスの一件に何の関係がある」


けれども真剣に尋ねてくるレジータとの話の脇で土産の中身は何かと、親戚の子供たちが盛り上がるような微笑ましい状況とは全く違う緊迫した空気に興味深げな視線を流すセティス。



「その情報は語ると今後の行動に支障が出る。言うわけがない」



「支障が出るって事は続いてるって事だね。復讐なんて無意味だ、辞めときな。後に残るのは虚しさだけだよ」


そして中身など大したものでは無いのにと、呆れた息を漏らしつつセティスは改めてと面倒げにレジータの反吐が出るような言葉と向き合った。



「虚しさが残るなら上々、それは復讐してから感じれば良い事。本当に復讐したいと思ったことも無い顔で言わないで欲しい問題でもある」



「関係も無い人々を巻き込みかねない鹿を止めない理由なんて要らんさ」


「関係も無い人々……都合の良い解釈。が鼻でわらいそうな文言。世界とは一からの連鎖、或いは一の結集——アナタも言った通り、因果とは巡る物。結び付けようと思えば幾らでも関係付けられる」


交わらぬ水と油。人々が恣意的しいてき検閲けんえつした教科書に書かれている文言をそのまま流用したようなそんな一文に、思い出し笑いを静やかに浮かべたセティスはそのような面持ちで、



——何かが違えば、こうはならなかったはずだから」



とてもはかなげに、けれどとても満たされたように、今現在の己を想っていた。

或いは、さぞ狂気的に見えていた事だろう。

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