第91話 退化する街。2/5
——。
一方、イミトらの時とは恐らく重ならぬだろう頃合い、覆面の魔女セティス・メラ・ディナーナは彼女からすれば偶然に舞い込んだ引ったくりの強盗を連れて、山橋の街バルピスの一角——とある緑に
「ここ。この家の戸をノックして」
「も、もう良いだろ。見逃してくれよ……」
街並みに無理矢理と求められて作られたのだろう人工的な緑の家、その都会の景色に疲れた眼を休める為に作られたような
「——死体として
「……街の外の人間だろ? ここが何処だか知ってんのかよ……」
「楽しい楽しい娼婦街には見えないという事は明白。これが最後、そのまま早く家の戸をノックするべき」
しかしながら当然と要求も背後に突きつける武器もセティスが降ろす事は無く、いよいよと物理的にも押され始めて仰け反りつつ前に進むという
だが、そんな折——
『ノックは必要ないよ。横にベルがあるだろ?』
「「……」」
唐突に家の前で押し合いとも言えぬ押し合いをしていたセティスらに、背後から呆れたような口調でありながら快活な女性らしい声色を響かせる人物が現れる。
振り返れば歳と経験を着実に重ねていっている
「まったく——久々に可愛らしい魔女の後輩が来たかと思えば男連れかい? 独り身の未亡人としては
普通にそこらに居ると言ってしまえば聞こえが悪いが、その語る言葉の意味から
普段通りに家事を行い、服が水場の作業で濡れるのを嫌ってか腕の衣服を
セティスなどのように、些か奇妙で陰気な——或いは派手な魔女というイメージとは掛け離れた佇まい。
「私はレジータ・ジル・ベット。その家の持ち主で、この街の魔女たちの顔役だ……アンタは?」
「セティス・メラ・ディナーナ。
そんな彼女の名乗りに、ふと振り返り、身に着けている覆面をセティスは脱いで——しかし言葉とは裏腹に、セティスがレジータと名乗った魔女に振り返った隙を狙って逃げ出そうとした男の衣服を乱暴に掴んだのは御愛嬌であろうか。
「メラの系譜かい……ちと厄介だね。とにかく、中にお入り……鍵なら空いてる。少し外に出ていただけだからね、不用心とは言わないでおくれよ」
そのある意味では滑稽とも思える様に、神妙な顔色を浮かべるレジータ。彼女は重く静かな足取りで歩きだし、セティスらの横を通り抜けて緑の家の玄関をベルを鳴らすことも無く開いた。
「お、俺は——」
「アンタも入んな、ダナホ。どうせまた懲りもせず、あの馬鹿どもに唆されて引ったくりでもしようとしたんだろ。その子との話が終わったら今度は私が説教してやるよ」
セティスに捕まってしまった引ったくりの強盗は、顔を隠す簡易な覆面越しにレジータに救いを求めるような声を漏らしたが、救いなど無いと自業自得を言い放つレジータは冷たい視線でダナホと呼んだ強盗を玄関の向こうで見下げ果てていて。
「——……知り合い?」
セティスがそう思うと理解する事は難しくは無い事なのであっただろうと考えるに違いなく、彼女らの反応に対し、淡白な瞳の色を揺るがす事こそ無かったもののセティスはそれでも些か驚いた様子を社交辞令の様相を装って尋ねるのであった。
すると、レジータはそんなセティスの反応に嫌気が差したように応えるのだ。
「リオネル聖教運営の養護施設の子だよ。顔を隠してても分かるくらい個人的にも、魔女としての仕事でも何度か世話もしてやったし、街のギャングと関わるのを辞めるよう他の子や教会のシスターから相談も受けてた所さね」
そして彼女は更に加えて、セティスの耳を
「またリダが泣いちまうよ、アンタ。これを機に、今度こそ心改める事だね」
「ばっ——」
だが、その名を聞いて先に焦ったのは、引ったくりの強盗ダナホであった。
「リダ? リダ・メディット?」
「——ああ。もしかして、アンタらに付いた街のガイドは彼女だったのかい? あの子は観光協会で真面目に働いてる良い子だから、変に疑わないでやっておくれ」
「……」
当然と言えば当然であろうか、引ったくりの強盗を試みた相手が知り合いの仕事先——直後は様々な運によって明るみを避けられたとはいえ、回り回って気付いて居なかった知り合い当人の耳に後ろめたい行いの話が入るかもしれない。
セティスに武器で脅されながらレジータの家に入ろうとした強盗ダナホは胃が痛くなるような面持ちで彼女らの話に肩を落とすのだ。
「よりにもよって……馬鹿な事だよ、悪い事をしてもお天道様はちゃんと見てるって話さね。因果は巡るって奴さ……ねぇ、そう思わないかい。セティス・メラ・ディナーナ」
「……どのみち、私が立ち入るような話じゃないし、特に興味もない。ここへは目的地に向かう途中で挨拶に寄っただけだから、明日には街も出る予定」
まぁ——後ろめたい行為を糾弾され、知り合いに軽蔑されたくないなら、そのような行為など最初からしなければ良いのにと、セティスは思うのであろうが。
さて、話は戻る。
訪れ、迎え入れられたレジータの家は彼女の風体とは違い、魔女の家という言葉を耳にして連想するような内装である事は明らかであった。
様々な瓶詰の薬品、様々な虫や爬虫類の標本、魔法陣が拍子となっている魔術書。
散らかっているとまでは居ないものの、物が多く溢れ、目を賑わす光景。木造建築の静やかで、されど些か埃っぽさや、苔の薫りを感じてしまいそうな緑を基調とした内装は穏やかに住人や来客を穏やかに見守っているようである。
そんな中、部屋の内装に——どうやらと違う印象、思惑で目を滑らせるセティスを他所に、部屋の主であるレジータは、
「そうかい。茶は淹れてやろう、しかし噂通り優秀な子だね。ここに辿り着いたのは昔ながらの魔女の目印を辿ったんだろう? 最近の若い子は、それすら知らなかったりするからねぇ」
入り口に未だ
するとセティスは、そんなレジータの嘆きに息を吐いた。
「……同世代との比較は優秀の根拠に
「ずいぶんな謙遜だね。自虐とも言っていい……それだけでメラの
レジータの称賛の言葉に辟易と腕を組んで、ここまでの人生で心に叩きこまれてきた世界の広さに己の小ささを改めて自覚させられた様子で。
さもすればそんなセティスの様子が意外、だったのかもしれない。
湯沸かしを始めたティーポットの取っ手を持ったまま、動きを止めて動かす視線。
僅かに固まったのは、レジータの胸中に秘めていたのだろう偏見にヒビが入ったが如き表情である。
しかし彼女も大人、
「表現については悪く思わないでおくれ。メラの系譜の魔女は能力こそ高いが問題児な事が多いんだ……才能を見る目があっても、人を見る目が無い」
「私自身も迷惑を
直ぐ様に己の言動を省みて、意味合いの齟齬で聞き手が不快に思わないように配慮を重ねる構え。そこに実態があるか否かは、また別の話ではあるが——少なくともレジータは配慮をしようとしたのであろう。
故に——というか元より、
「間違っては居ない指摘。私自身も系譜や魔女の肩書について特に執着も自負も無い……名付け親の師匠がくれた名前であるから使ってるだけ」
特段と言葉通り、そのような矜持に関心の無いセティスは客観的に会話の分析と、己の抱える思想を匂わせるのである。
すれば話の向きは、レジータの感想からセティスという人物の背景へと波及していくのも自然な流れか。けれど、
「……マーゼン・クレックかい。魔女界を追放されたとはいえ、惜しい人を亡くしたと思っているよ、私はね。直接でこそ会った事は無いが、彼女の功績は良く知ってる」
「ずいぶんと詳しい。墓を見つけて掘り起こして確認した?」
そうしてコチラは回り回って、ようやくと本題。
言葉の端々、滲んでいた互いの思惑。
探り合いをしていた状況から、いよいよと比喩としての腹の割り合いが始まる。
「——追放されたからこその監視対象さね。最後の弟子であるアンタの行方も探されていたよ」
「それだけじゃない。そこで初めて会ったはずなのに私に仲間がいる事も既に掌握済み、リダの話になった時——アンタらと言った」
自己紹介を終えて、回りくどく、或いは浅ましく、己を絡め取ろうと時間の浪費をするレジータにセティスは痺れを切らしたが如くウンザリした様子で彼女の失態を鉄面皮のままに口から放たれる言葉で突くのである。
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