第66話 魔王ザディウス。4/5


しかして様々な懸念事項けねんじこうを棚に置き、別の場所で食事を採りに向かった一行を他所にイミトは場に共々に残った魂の片割れとの話を優先するに至る。


「それで、話とは何ぞ。ユカリの件で訂正せよと説教を垂れるなら、ここで貴様とのえんの行く末を決する事になろう」



それが何より現状の平和を保つ為の最善の選択であり、今後の様々な憂いを解く為に真っ先に手を付けねばならない絡まる因果の結び目であるとイミトが直感していたからであった。



不機嫌を極め、語る言葉にとげを生やして眉に皺を寄せても尚、美しく壮麗なクレアの顔立ちを横目に口直しのスープをすするイミト。


「馬鹿言えよ、ユカリの事は……まぁどうだっていいさ。ユカリが信用できないのは解らないでも無いし、お前に小器用で薄ら寒い人心掌握じんしんしょうあくなんざ似合いもしないだろ」


ほんのりと温かいスープの味が口の中に広がり、直ぐ様にかじりついた淡白なパンで中和しつつ調和をさせるひと時の後で、イミトが語るクレアの予測の否定。


口調はけがれきっては居ても、何処か穏やかな思惑がにじむのは温和な昼食の所為であっただろうか。


だが、そこから語らわねばならない事柄に温和は不要である。



「先代の魔王ザディウスって奴の話さ。幾つか世界観設定を拝聴はいちょうしておきたくてね」


再びの口直しに水を選んだ彼は、静かに陶器製のコップに入った水を飲み干して渇きの癒えぬ物欲しさを物寂しげに演じて魅せて。自らの手酌で注ぐ水の御代わりの音は、如何にも物思う風流を感じさせる。



「……ザディウスの事か。貴様の脳が、まだ我の汚点を覚えておるという事だな、忌々しい」


その器の中で波打つ水音に視線を送っていたクレアであったが、予測を外していた事も相まって自身の頭にも血が昇っていた事を自覚した上で、イミトが尋ねた人物の名に思い出深いを思い出すが如く瞼を閉じる。



それは——かつてクレアが人間の英雄と共に倒した強敵の名。


あとになって、その時に共闘した人間の英雄レザリクスに裏切られ、本来の彼女の体を奪われた過去もあれば忌々しく苦々しい記憶と察するに容易く。



「はは、そういうなよ。俺だって、昔の男に関係ある話なんざ出来る限り聞きたくねぇさ」


故に、渋い茶をにごすように噴き出すのは渇いた笑い。そこから続く冗談口調で頭痛に悩ましく瞼を閉じたクレアの気分を誤魔化すイミト。



聞かぬ方がよいと、解った上でも聞かなければならなかったのだ。



「その戯言ざれごとを次に口にすれば、貴様の首から下に別れを告げる時間をくれてやろう」


「聞きたいのは、万が一に備えての認識共有だよ。先代魔王の強さとか性格とか、先代って事は歴代の御歴々ごれきれきが居るのかとか、な」


その先にある今後に関わる重大事を話す為には、必ず通らねばならぬ話題であったのだから。


想定しておかねばならぬ災厄。知らぬ存ぜぬとこのまま関わらないなら兎も角、浮上した可能性は、例え信じ難くともイミトの呪いの如き不安や猜疑心さいぎしんあおり、それらを取り除こうと衝動を駆動させている。


それに対し、それを理解しているがゆえか——



「——ザディウスは強いぞ。魔物の王と言われるに虚飾きょしょくは無い」


クレアは一考の後に開いた瞼の裏から鋭く目を横に動かして、静かに——しかし重く硬く揺るがぬ真実を音として真摯しんしかなでた。



「へぇ……まぁそりゃそうなんだろうが、お前が素直にそう言うなら間違いないみたいだ」


その言葉の重みはクレアの口調がこうそうして、やはり重くイミトの心中に突き刺さる。たとえ普段の余裕ぶった軽口を保とうとすれど、現在の心境が偽りなく神妙な面持ちの声にも滲んでいて。



「奴の力……いや歴代の魔王もそうであったらしいが、奴ら魔王は全ての魔物の力を使う」


「全ての魔物の力、ね。そりゃデュラハンの力も含めてか」



「全てだ。魔王ごとに使う力の趣向は違うようだがな……魔力は膨大、我とて単騎では討伐するに至らなかったかもしれぬ」


平穏な場に吹く風すらも震えているような緊張、漂う本物の薫り。

クレアの言葉は想像し難い表現ではあったものの、漠然とした脅威認識のみを先の見えぬもやの如く思考が形作る未来に立ちはだらかせ、イミトの勘に更なる不穏を過ぎらせていく。



「……ホントに珍しいな。神にも喧嘩を売るクレア様が、そこまで言うってのは」


「ふん。だが腕の数十本は再生する度にぎ取ってやったわ」



「——自己再生か。それで封印なんていう事になったって話なら筋も通るな……原発みたいに地下で数万年くらいの時間を掛けて浄化するみたいな」



しかしそれでも尚と、徐々に徐々にと一つずつ靄を晴らし、知識を積み上げていく事に戸惑いは無く——並行思考の集中は揺るがない。



「原発という物がどういう物かは知らんが、確かに強力な自己修復能力は持っておる。特に奴は骨の魔物の技を好み、再生と増殖はお手の物な上に生半可な剣では触れただけで刃を壊すような固い骨の鎧を纏っておったよ」



「魔王つーか魔神だな、そりゃ。それをレザリクスと仲間の何人かで倒したのかよ」


時折とってゆく肩で息を吐きつつも深まる見聞。耳に届く歴史の欠片を繋ぎ合わせ、少しずつとパズルの如く脳裏で組み立てていくイミト。



「決着が付いた時……人間で生き残ったのはレザリクスと、もう二人であったがな。とやらが居れば、もう少し被害も無かったのであろうが」



「はは……王道ファンタジー街道まっしぐらだな。魔王に挑む勇者扱いされないレザリクスも哀れなもんだ、そりゃ世界に復讐したくもならぁな」



だが——そんなイミトの思考が吹っ飛んで崩壊するような文言が、この時に——いや、まもなくクレアから放たれる。



それは——、

「……? レザリクスは我が殺した勇者の代わりに志願したぞ、自ら名乗りを上げておいて復讐など筋が通るものか、片腹痛い」



「?……いや、待て待て。ちょっと頭を整理するわ」


如何いかに常識を常識ととらえず、今ここに至るまで固定観念を容易に脱ぎ捨てられる柔軟さをそれなりに持ち合わせて立ち回ってきた男ではあったが——、


流石にと言うべきかサラリとクレアが溢しただけは簡単に受け入れる事が出来ず、咄嗟に止まり切ってしまった思考を再度組み立てるべく頭を抱えて集中を取り戻す事に集中し始めて。



——人の世に暗黒をもたらす魔王を打ち倒すべく選ばれた勇者は、確かに世界に存在していたのである。


確実に、

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