第45話 稲妻の如く、そして——。4/5


 だがしかし、その前にアディには一つだけ懸念けねんしている事があった。


「それで——……実際問題、これからどうする。雷撃に対応されて決め手に欠けるが」


 前方後方と見境みさかいなく迫ってくるスライムの触手を処理しながら同じく、前進を阻害そがいされているイミトのすきを見て世間話の如く呟いた言葉。


 無限に再生し、修復して襲い掛かってきているように見えるスライムの人型の首を取った所で、敵が絶命ぜつめいするとも思えない。


 そして、イミトという策士さくしめいた男が、何の手立ても無くこちら側が先にジリ貧になるような状況にあまんじているとも思えず、何かしらのさくがあるだろうかと疑問に思っていた。



「問題ねぇよ。好きな女の話でもして時間をつぶしとけば増援も来るし、別に俺達が倒さなくても支障は無い。そんなあせらなくても良いっての」


 けれど、思い切って敵を前にして尋ねたその問いに、返ってきた答えは期待外れの物だった。


「舐めるなと——言っている‼」


 それどころか、また更に怒りに火を言動によって勢いを増すアーティー・ブランドの攻撃。加速度的に触手の数が増加する猛攻に離れて動いていたイミトとアディの二人は徐々じょじょに、徐々じょじょにと一か所に集められて背中合わせの状況にまでおちいって。



「……出入り口を抑えられた。また空気をうばわれて先ほどの君の仲間のように窮地きゅうちになるが、それでも落ち着いて居られるのか?」


 しかしながら、アディはまだイミトに期待をしている。空気が薄くなっていく感覚の中でほおあせりの冷や汗を流しつつも、その強気な表情の微笑びしょうは健在。



 対するイミトもまた——、


「聖騎士ってのはモテそうだよな。特に、アディ・クライドって言えば女の子たちにはやされそうだ」


 心内にある余裕はくずさない。

 それは明確な根拠ある傲慢ごうまんか、或いは自棄ヤケになった蛮勇ばんゆうか。


「……まったく、君という男は。でもそうだな……恥ずかしながら、幾人いくにんかの女性に君が言うような声色を使われることは少なくない」


 答えは明白——であろう。戦士のかんがイミトという人物の底知れない【】を語り掛ける——そんな面持ち。アディ・クライドは肩の力を抜き、スゥッと諦めの息を吐きながら精神を統一するが如くまぶたを閉じる。



「少なくないって表現が遠回りで嫌味たらしくて素敵な事で。お前、女にモテない気持ち悪い男から嫌われるタイプだろ」


「君にもかれてないようだ。少し残念に思えるよ」


 そしてイミトの返事を耳で聞き、肌で動きと気配を感じ取って刮目かつもくしたアディのまなこには、もはや迷いはない。るがぬ剣筋でスライムの触手を切り裂き、己の剣術の鋭さの全開を常に更新しながらもイミトの話に彼は最期まで付き合う事を覚悟したのである。



「はは——そりゃ、俺も女にモテない男だろって言ってんのかよ、最高だな、おい」


 その意気に呼応するようにイミトも槍の矛先ほこさきえんにと踊らせて、な様子でアディの放った皮肉に彼なりに最大の賛辞さんじを送った。


「先程からの口振り、君をというには——いささか良心が痛みそうでね‼」


 「俺に惚れる女は頭がオカシイって言いたくなるからか‼ 正解だよ‼」


「理解が早いな、ははは‼ 君とは良い友人になれそうだ」



「くそったれな事に、そいつぁ無理な話だろ‼」



「こ、こいつら……‼」


 徐々に——徐々に、勢いを増していくのはコチラも同じ。むしろわずかに勢いをふくらませる具合はイミトとアディが上回り始め、スライムの修復再生が彼らの無双攻撃に追い付けなくなっていくのである。



「しかし、お互い……いくら女性に声を掛けられようと、心に決めた女性に望まれなければ意味は無いだろう」


「かっ、ロマンチストかよ。初恋を運命の相手と勘違いするたぐいの人間か? 執念深しゅうねんぶか束縛そくぼく暴力ぼうりょく男にならない事を願うばかりだな」


 はじけ飛んでいくスライムの破片、水飛沫。水場でたわむれる剣士と槍使いの舞踊ぶようは、わずかな光源に照らされた地下水道の仄暗ほのぐらい闇の中にあってもきらめきを放つ。



 しかしながら一転、敵を圧倒しつつも、ふとアディ・クライドの表情がくもりゆく。



「——……私は、私はあの人に笑っていて欲しいだけなんだ。ただ、それだけで……他に何も求めていない……あの人を笑顔に出来るなら、私に出来る事は全てささげたいと思ってる」


「……」


 今は遠くの想い人についてのさびしげなうれいをびるひとみでアディが放った言葉に、神妙な面持ちでイミトは横目を動かした。


 そして彼は彼が口にすべきではない、その名を口にする。



「——鎧聖女よろいせいじょ、か」


 「——なっ⁉」


 アディ・クライドは実に驚いた事だろう。突如としてイミトの口から飛び出た名前に、スライムを切り裂きつつ、耳を疑った様子で首を音のした方へ振り返らせたのだから。



「……これも何かの巡り合わせだ。一つ、アドバイスしてやるよ、アディ・クライド」


 作業中に思わず立ち止まってしまったアディの埋め合わせをするように、動きの激しさを増させたイミト。彼は少し考えた後に、自嘲じちょうするようにわらい——無神経に言葉をつむぎ始める。



「クソみたいな綺麗事を垂れ流してないで——ちゃんと、相手を求めてやれ。別にうばうとかそんなんじゃねぇ……キスがしたいとか、セックスがしたいとか、ちゃんと言ってやれ」



「わわわ、私は別に、そのような不純ふじゅんな気持ちでは——」


 聞く者次第で、そのつむがれゆく言葉はどくにもくすりにもなるのだろう。或いは負債ふさいであったり、重荷であったりとしき結果をもたらす言葉なのかもしれない。



 実際、それを聞いたアディは剣のすじを揺らがせ、ほおを赤く染めて動揺の色合いを見せる。しかしながら威風堂々いふうどうどう、イミトは風を踊らせ続ける。



「何がだ馬鹿野郎。一緒に街に買い物に行きたいとか、がしたいとか、一緒にお弁当持ってピクニックに行きたいとか、がしたいとか、色んな景色や世界の中で一緒に生きていきたい、子供を作って家族になりたいと思う事の何がだ」


 アディ・クライドの分まで槍をスライムに突き刺し、振り回し、武器が巻き起こす風圧で大量のスライムを飛び散らさせて言葉も吐き続けるのである。


 毒かも知れぬと知っていてなお、悪辣に無作法に、無秩序に、無責任に。



「——れちまってるから、そうしたいんだろうが‼」


「……」


「求めてばっかのクソ共が、求めて与えての物々交換で考えやがって——‼」


「人の心や感情が、切り売りはかって、グラム売りでもしてるとでも思ってんのか‼」



 疾風怒涛しっぷうどとうと巻き起こる風は、彼の荒ぶる心の底からの感情を周囲に撒き散らし、次々に地下水道の内壁にスライムを叩きつけ、飛び散らせていく。



「丸々一個、たましいも人生も丸ごと大人買いで買い取りやがれ、馬鹿野郎‼」


よだれを垂らしながら鮮度が落ちるのを待って値下がりなんかを狙ってんじゃねぇよったら」


 魔力をまとうイミトの黒槍は、まさに自由な旋風つむじかぜの如く回り続け、瞳孔どうこうを開いている彼の視界の全てをざわめかせる。故にアディ・クライドは吹き飛ばされてしまわぬように剣のつかを強く、より強く握り直して。

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