第44話2/4 セティス・メラ・ディナーナ。


 その頃、魔通石でイミトと通話していたセティスは、城塞都市ミュールズの地下水道最下層——全方向から生活排水が流れ入り出ていく広間にて、手に満遍まんべんなく付着していた塩の結晶を両手を叩いて払い、一息を突いている。


「さて……どのくらいの時間、持つかな」


 そして塩を払い終えるや振り返るは、分厚い強化硝子ガラスの如き透明なドーム状に止めどなく衝突してくる重量感のある液体の水流。ドロロロロと水流を受け流す半球体の中で、彼女は普段から身に着けているガスマスクをがし脱ぐ。


 ——しずやかな傷跡がたぎる顔に付いた二つのまなこは、ただ無感情に汚らしい世界をながめていた。



「くっ、セティス‼ 貴様、何故この場所が分かった‼」


 猛攻を撃ち終わり、引きしおの如く波を引く水流。その中から上半身だけ半透明の人型に形を作った【】は、怒号を放つように凹凸しかない口を開き、音を放つ。



 ——スライムの半人半魔。

 魔物と人間が肉体的に合成された魔獣——アーティー・ブランド。



「……何故と言われても、イミトが昨日から探して見つけていたからとしか言えない」


 けれど、覆面の魔女セティス・メラ・ディナーナは驚かない。

 あくまでも無感情に淡々と事実を告げて、腰のベルトから魔力を撃ちだす銃を引き抜き、顔を上げて恐らくスライムの目の部分であろう箇所を真っ直ぐに見返すばかりで。



「探していただと⁉ 有り得ない事をほざくな‼ 奴は周囲から疑われ、自由には動けなかったはずだ‼」


 対して、その膨大な量の液状の肉体に怒りをみなぎらせ続けるアーティーは、その感情と言葉の波を動きで表し、虚しくセティスの居る硝子ガラスに似た透明のドームに押し流し付ける。


「——動いていたのはイミトのスライム。あの人は、このミュールズの地下水道に当たりを付けて浴室の排水口から夜中の間に暗躍してた」


 それでも彼女は全く以って微動だにせずに、ここまでの経緯を述べながら手に持った銃の弾倉を開き、弾丸代わりの動力源となる魔物の魔石を入れ替えて。


「アナタは普通に水道から忍び込んでクジャリアース王子たちを襲ったの? おかげで、お湯の出が悪くて昨日のシャワーは最悪だった」


「またスライムだと⁉ そんな話は聞いていないぞ‼」


 「聞かなきゃ考えることも出来ないソッチが悪い」


 苛立つスライムの液体の水面を漂う上半身のみの半透明の人型を尻目に武器の整備を終えたセティスは、共に透明のドームに守られていた背後のなわで拘束された人間達に振り返った。



「セティス‼ クジャリアースをこちらによこせ‼」


 ——それは、人質に取られていたアルバラン国の面々。



「……クジャリアース王子。助けに来るのが遅れて申し訳ありません」


 その中でセティスは、中心に居た一人の男に片膝を着いて声を掛けた。


「そなたは……誰だ。くそ、目がかん……感覚が無い。何がどうなっている」


 手足をしばられ、身動きが取れないクジャリアース。瞼を閉じたままに顔を動かしセティスを探す彼は戸惑いを口にする。それに触発されるように背後で同じく囚われている彼の臣下たちもざわめき始めて。


「全員、動かないで。今は結界で防御していますが、あなた達を襲ったスライムが攻撃を仕掛けてきています」


 ギチギチと透明なドームの大部分を埋め尽くす男たち、外側に流れるスライムの圧をしのげれど、外に出てしまえば危険だと暗に示唆しさし、端的に情報を伝えていく。



「私はセティス・メラ・ディナーナ。昨晩、クジャリアース王子が決闘を仕掛けたイミト・デュラニウスの仲間」


「イミト・デュラニウス……そうか、昨晩あの男の横に居た少女か」


 身分の高い王族を意識して、彼女なりの敬意を声に表しつつ、



「あまり不審な行動をすると疑われかねないと思い、場所が分かっていても安易に事を起こすことが出来ず、改めて申し訳ありませんでした。イミトに代わり、謝罪いたします」


 つらつらとクジャリアースとの会話を重ねるセティス。


「……分かった。それはよい、それで時間があるなら現在の状況を詳しく教えてくれ」


 その冷静な声色に冷静さを取り戻したクジャリアースが、静やかに聴覚だけで周囲の状況を把握しようとする素振りを見せると、彼女は自分を含めた周囲を守る結界の様子を確認して如何いかに状況を伝えるべきかも思案する。



「——現在地は、ミュールズの地下水道の最奥。ここにとらわれている者には全員、視覚と嗅覚を奪う呪術が掛けられており、その呪いを掛けた半人半魔の巨大なスライムがクジャリアース王子を奪還しようと結界に攻撃を仕掛けている状況」



「うむ、状況は分かった。皆、耳は聞こえるか‼ アルバランの第三王子、クジャリアースの名において、此度こたびの危機にさいし、このセティス・メラ・ディナーナに信を置く。彼女の指示は私の指示だと思い、行動せよ‼」


 そして、状況を聞いたクジャリアースの行動も早かった。危機的状況、人々をひきいる王族に相応しく数多あまたある選択肢から取捨選択し、聡明に思考を刹那せつなの間に巡らせて凛々りりしく声を上げたのだ。


「——はっ‼」


 その頼もしさに臣下が付いていく事も理解できる。そう思ったのだろう。


「……賢明な判断と御配慮、感謝いたします」


 セティスは、内心で足手まといと思っていた人質たちに対するうれいを晴らし、改めてと心穏やかに敵に対峙した。



「セティス・メラ・ディナーナぁぁぁぁぁあ‼」


 「——……私の師匠を殺し、私を生かしたその報いを受けろ‼」


 己を無視して呑気のんきに人質と歓談する魔女の名を呼びながら怒りを表すアーティーの水流。それに対し彼女は、小さく——しかし確かに深く呼吸して、初めてと思える程に声を張り上げる。


双銃ツイルズ土竜撃リオネット・ガルスち‼』


 「——全員、一歩ずつ後ろに下がって‼」


 片手に持っていた銃を複製し、地面に二つ、銃口に向けて二丁拳銃の構え。背後に居るアルバランの人間達に声を上げると同時に、撃ち放たれた白い光が地面に二つの穴を穿うがち——、


「ぐううう——こんなものが、効くものか‼」


 地面を掘り進んだかの如く結界の外の地面から現れたのは二匹の巨大な力のかたまり。大きな土竜もぐらの形をした弾丸は凄まじい勢いでスライムの肉体をえぐき分け、地面に再びもぐっては右往左往に動き回って穴の中に大量のスライムを引き寄せていく。



 更に、その土竜もぐらの動きにアーティーが気を取られている隙に、


「……これで、しばらくは大丈夫。王子——、この結界内から助けが来るまでは絶対に動かないで下さい。それから、こんな事態になり——言える立場にない事は承知の上で、ツアレストとの和平調印は必ず結んでください。マリルティアンジュ姫は本当に平和を望んでいる」


 セティスは次の策を施行する。クジャリアースを中心に地面に魔力を流し込み淡い光を放つ魔法陣を浮かび上がらせて。



 告げた言葉は、これからの指示と別れの挨拶の如きささやかな——お願い。

 表情はクジャリアースたちが視覚を封じられている事を見越してか、わずかな微笑びしょう


「——……待て、貴殿は何をするつもりだ‼ 先ほどの通信も聞こえていたぞ、イミトが来るまで耐えるのであろう、まさか一人で敵と対峙する気か⁉」


 されど、その裏にある【】を察したクジャリアースは身動きの取れない手足をしばられている状態にも関わらず、これからの動きに疑義を唱える。



 だが——、

「いいえ。奴は私が倒すから」


 「——……‼ ……⁉」


 クジャリアースの忠告を聞かぬセティス。全ては予定調和の如く彼女は最後に一言の決意を告げて、魔法陣の魔法を発動させて新たな結界——今度は結界内部が全く視認できない濃霧のような代物で、何かを叫び始めたクジャリアースの声も霧に遮られているようであった。


 そして、濁流の攻撃から彼女らを守っていた透明の結界は、ひび割れつつある。

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