第15話 姫の悲痛。1/3


『さぁてさて、クレアさん。対人間の戦い方にアドバイスとかあるか?』


 戦乱の胎動の中、数人の男と思われる騎士たちに囲まれ精悍せいかんに槍を構えながら、イミトは楽天的に脳裏に言葉をえがいていた。


『うむ? 貴様は何を言うておる。そんな雑魚ども、ただ薙ぎ払えばよかろう』

「と、言われても、なぁ……」


 しかしながら冗談めいた彼の口調の裏にある意図をめず、返ってくる言葉は無い首を傾げているようなそんな声。首が重く、肩を落とすイミト。


「冒険者殿、助太刀して頂けた所すまないが、手加減をして頂けると有難い。こやつらは操られているだけなのだ」


 そんなかたわらで同じく剣を構えながら、姫をかばう女騎士カトレアが神妙に言った。


「……と、言われてもなぁ……」


 それに対し、頭に描いていた言葉と同じ口調で声を返し、というよりは独り言の如く彼は息を吐く。彼にとっては難題であった、どちらも同じく。


『そうか、貴様は戦いを知らぬ素人であったなイミト。人間相手は初めてか』

『まぁ、立ち向かって首を刈られた経験はあるがな』


 セティスに引きずられ、勇ましく戦場に飛び出したのは良いものの、かつて彼が居た暴力の抑圧された世界で、今の状況のような経験はなく、少なくとも成功例が無い。クレアが察したように彼は不安に駆られていた。


『あれだけ勇ましく出て行ってそんなザマとは、実に情けない。やれやれ』


 しかし、だからと言って優しく温室に引き戻し植木に水を注ぐように丁寧かつ繊細に扱ってくれる者など、この場には居ないのだ。


「冒険者殿!」


 それは敵も、時も、同じく、なのである。呼吸の隙を突くように、走り出したのは敵の騎士が一人。カトレアが叫ぶ中、イミトも僅かに遅れて動く。


「ちっ——‼」

 彼の舌打ちと共に響いたのは、武器同士の衝突音。


 けたたましく一度鳴り響き、そしてギギリと金属が削り合う音を震わせる。自分に向く敵の剣の刃先を見せつけられ、槍を地面と水平に持っているイミトは歯を噛んだ。


「離れよ、この馬鹿者!」


 そしてカトレアがイミトと敵騎士の間に割って入り、当然とそれを避けた敵騎士が後ろに飛び退くとバランスを崩し、カトレアに槍が向かぬようにとしてる内、後方に尻餅を着く。


「大丈夫か、冒険者殿……」


「ああ。悪い悪い、少し油断した」


 情けない。イミトはそう思った事だろう。助けに入ったつもりが、今やカトレアに手を差し伸べられている。差し伸べられた手を素直に受け入れ、笑いながらも彼女の顔を見ることは無い。尻の土を払い、息を吸う。


「……もしや、戦いの経験が無いのか、君は」


 そこまでの攻防前後の振る舞いを見ていれば、誰だって察することが出来る事実。女騎士は僅かに困惑を表情に滲ませ、それの真偽を確認するに至って。


「ん……分かるか? 実は、な。はは」


 ——厳密に言えば、経験はある。三つ首大蛇のバジリスク、昨日の鳥の魔物。現状、目の前に居る敵より遥かに巨大な敵とは一戦を交えてきた。或いは、朝食にした角のある獣も含めても良いのかもしれない。しかし、それは言えるわけも無く今のこの場面においては、数には入らないのだ。


 相手が人間——自分と同種の生き物であるのだから。

 少なくともイミトは、躊躇ためらっていた。


「そうか。しかしそれでも、助けに来て頂けたのだな……」


 けれど、そんな【情けない】イミトを誇らしく微笑む女騎士。意外、だったのかもしれない。彼女の言葉が彼女の心が——そして彼は気付く。


「——怪我、してるのか」


 足下に落ちた赤い雫。

 戦いを知らぬと言えど、イミトが良く知る物、知りすぎているもの。


 ——血。命がこぼれる色をしているもの。


「ああ……先ほど少し不意を突かれただけだ。問題は無い、気にしないでくれ」


 凛々しくそう語る女騎士だが、よくよく女騎士の様を見れば元は白だったらしい衣服が赤く染め上げられていて。彼女はそれを隠すように手でおおった。


『イミト。我が変わろう、体をよこせ』


 仕方ないと言った様相のクレアの声が頭の中で響く。

 けれど、イミトは空を見上げ息を吐き、状況を整理し、次の言葉を脳裏で口にするに至るのだ。


『……いや、もう大丈夫だ。理解した』


 鎧を着こむ敵騎士に目立った傷は無く、カトレアは彼らを操られているだけだと言った。


「くっ……いい加減に目覚めろ、貴様ら‼」


 傷を負うはカトレアばかり。悲痛を漏らした気がした女騎士の声にイミトの眼の色が変わる——見つめた先には、りず動き出した【】の騎士。


「どけ——俺が

「なっ——⁉」


 剣を構えたカトレアを片腕にて倒れる程の勢いで引き戻し、代わりに前に出るはイミト。


「——⁉」


 またも、槍の腹と剣が衝突するけたたましい音響。されど今度は、つば迫り合いで削り合う音は震えず、イミトは地面を軸に剣を槍で受け流した末に、敵の騎士を蹴り飛ばす。


「まったく……ほんの一握りの優しさがよ、すべり落ちて悲しい所だ」

「ぼ、冒険者殿……?」


 今度は立場が逆転し尻餅を着いたカトレアは戸惑っていた。先程とは、まるで別人。無駄のない立ち振る舞いと、余裕を浮かべる瞳には、豹変ひょうへんに驚くどころか畏怖いふすら感じてしまう程の覇気が有って。


「俺は選んだぞ、女騎士様。アンタを守る為に、罪を犯そう」


 切なげな笑みではあるが確固たる覚悟ある瞳に見下げられ、言葉すら失ってしまったと思うカトレアであった。


『イミト。後ろから来ておるぞ』

「やめ——!」


 が、故に彼が何を想い、何をするのか瞬間的に察したのかもしれない。クレアの助言など聞くまでも無く、背後を取った敵の騎士に対し意趣返しの如く彼はすべるように地を動き、背後へと回り込む。


 そして——、

「断罪だ」

 躊躇ためらいなど、いささかも無かった。回転する勢いそのままに槍の斧の部分を振り上げ、無慈悲に振り下ろす。


「きゃあああああ!」


 跳び、血でを描きながら地に堕ちた鎧兜、救いを乞うように前面の隙間から近くの者を恨めしく見つめ、呼び込むは守られるはずの姫様の叫び。


「くっ……なぜ……」


 何も出来ようも無かった一瞬の出来事を前にひざを落とし、悔恨を噛むカトレア。握り締められた土くれも彼女に同情しているようである。


「守りたいのは俺自身とアンタだけだからな。こいつらは全員、殺す」


 しかしひょうひょうと、槍を肩に担ぎイミトは尚も平静な様子で言い放つ。そして視線をカトレアから残りの敵兵へと向け、その瞳の色を挑発じみた色合いに変えた。


『くくく……イミト。らしくなってきたでは無いか』


 こらえきれぬと笑むクレアの声。クレアは知っていた、イミトの底にある強靭な狂気を知っていた。


「お前らはそこで座ってろよ。生憎あいにく、罪を背負うのは慣れてるんでな」


 一歩踏み進めながら、イミトはそう言った。脳内にて話しかけてくるクレアとカトレアの双方に言ったのだろう。斧槍の矛先に残った血を振り払い、品定めするように剣を構える敵騎士を眺めて今にも飛び出しそうな雰囲気。


 しかし、そんなイミトに水を差したのはクレアだった。

『だが些か興が乗らん。我にも少し相手をさせよ』


『貴様にも得があるようにするが故』


 彼女は未だ微笑みを浮かべているようなゴキゲンな声色でイミトに提案する。


『何する気だよ……鎧はナシだぞ』


『解っておるわ。貴様も、一度しかやらんから特と見ておけよ』


 ロクでも無い事を企んでいるだろうことは直ぐに察したが、敵を殺すと決めた以上、彼女の提案を断る理由も無い。後方で見つめられる瞳を気にしつつ、瞼をふと閉じ自分の感覚の中でデュラハンの肉体としてクレアに体を委ねるイミト。

 ぞわり、体中を走るクレアの気配。



 そこからは一瞬であった。

「槍を捨て——早い⁉」


 カトレアがそうおののいたように、クレアに操られたイミトの体は消えたのかと見紛うほどの瞬発力を見せ、敵騎士の一人の頭上に跳び、


 右掌で鎧兜を掴むに至って——、


「【不死王殺デス・リッチし】」

「——へぇ……これは……」


 そこから行われたのはイミトが初めて目の当たりにする不思議な事象、敵騎士の兜を掴んだ右手が引き抜く灰色掛かる半透明の魔力に似た【】。興味深そうにイミトは自らの意思にそぐわぬ体の感覚を楽しむ表情で。


 イミトらが空中に着地する頃には、敵騎士から【】は完全に引き抜かれ、敵騎士の体は糸の切れた傀儡くぐつの如く崩れ落ちる。


 ——のようだ、とイミトは思った。


『死骸に残る生気を奪い取る技よ。こやつらは、とうに死人だ。遠慮は要らん』


「やっぱりそうか……さっき首を落とした時にやけに血が少ないなと思ったが」


 しかしクレアの言葉を聞き、チラリと先ほど自分が首を飛ばさせた敵騎士の遺体に視線を送ると別の事実の確信を得て。


 脈を打たない血の流れに、命の残り火は無かったのだ。


「言い訳にはならないけどよ女騎士様、こいつら、とっくにもう死んでいるみたいだぞ」

「な——⁉」


 急に動いた為に痛みを帯びた首に触れ、カトレアにそのことを伝えるイミト。カトレアは当然、そんな根拠も疑わしい文言を直ぐには受け入れない表情を顔に走らせる。


「さて、そうとわかりゃ断然、選ぶのは生きてく奴らの未来だろ」


 それでも、彼女の反論を待つ間もなくイミトはクレアが捨ててしまった槍を右手で拾い上げ、恐れ知らずに剣を振り上げて向かってくる騎士を迎え討つ。

 とは言ったものの、やる事はクレアと似通ったものであった。


「よっと……相手に触れてそこから更に奥の空間を掴むイメージ、っと」


 敵騎士の分かり易い縦振りの剣撃をサラリとかわし、鎧の左手を勢い良く伸ばして敵の鎧兜を掴む。そして——、

「【不死王殺デス・リッチし】‼」


 灰がかる半透明の【生気】を引き抜くクレアの技。しかし少し違う点もある。


「こんなもんか……もう少し練習が必要だな」


 イミトがそう語るのは、不死王殺しを行使し地に崩れ落ちた敵騎士が死にかけさながらに僅かに動きを持っていたからである。クレアとの経験の差を感じる結末である。


『……全く、やはり使えるようになるか。可愛げのない』


 それでも、初見で体の記憶だけを頼りにクレアの技の片鱗を習得した事実に変わりない。称賛混じりの気味の悪い嫌悪感を吐くクレア。


「は、便利な炎魔法の方を見せて欲しかった……よ!」


 対するイミトは鼻で嗤い、更に右逆手で持っていた槍の矛先で背後に忍び寄ってきていた敵騎士の喉を貫いて。冗談めいた嫌味、遠回しな要求である。


『ふん。貴様如きに我の高尚な魔法はまだ早かろう。良からぬ事に使うに決まっておるだろうが』


 しかしクレアはかたくなだった。それは、イミトが今よりも遥かに多くの時間と魔力を料理に費やすのが目に見えていたからでもあった。


「残り三人……セティスの方はどうなってるかね」


 そんな危惧を他所に、槍にぶら下がる敵騎士を振り払い、少し心に余裕が生まれたイミトは、心の片隅に置いていたセティスの存在を思い出し、彼女が居る方向へと目を向ける。

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