第14話 一介の冒険者。2/4


 そして何やらイミトには理解できない言語が描かれた魔法陣による箒の修理を終え、セティスが試し乗りのように箒にまたがり一行より先の宙を進んで行っていた頃合い、


「実際の所、幾分ほど確率があるのだ」


 疲れ切った様子で肩を落とし溜息を吐いたデュエラを他所に、何事も無かったようにクレアが前方を歩くイミトに曖昧に尋ねる。


「ん。マーゼン・クレックの事か? 大した数字じゃないだろ」


 すると、そのモヤがかる質問を一考ののちとらえ、イミトが答えると興味がある話題に話が向いたことを察知したセティスが、箒の速度を遅らせイミトの傍らに漂い始めて。


「だがまぁ……セティスの顔を奪った術者か、レザリクスに繋がる人間が確実に関わっていそうだって事はハッキリしているさ」


「……根拠は?」


 無遠慮に言葉を続けるイミトに、覆面の呼吸音をひと吹きし、感情を殺しているような声色のセティス。変わらず、イミトの推論を肯定する証拠ではなく、信じ難い予測を否定する根拠を探すようである。


「アルキラルのご主人様って奴は、そういう奴だからとしか言えないが……」


「お前の箒を故障させて水場の近くに落下させるぐらいの事は簡単に出来る連中だからな。俺達をあの場所に転送したのも奴らだしよ」


 対して放たれるのは、やはり推測の域は出ない言の葉で。けれど何処か説得力のある自身と謎に満ち満ちた音の響き。


「全てが仕組まれている、という事?」


 そう思わせるのは、セティスが顔を失って尚、日々を何の変りも無く過ごさせた高い魔力感知能力でも察知できなかったアルキラルの到来にある。彼女らしき人物が去った後もセティスの胸に引っ掛かる存在感なき存在についてセティスは考えていたのだ。


「不愉快な事だが、その点に間違いは無かろう」


 「その話が本当なら確かに、不愉快」


 踏みしめられた地面の叫びも、アルキラルが触れた枝葉も、セティスの魔力感知の世界では、その存在があったことを肯定していた。


 胸の中でモヤモヤとうごめく言い知れぬ不気味な予感に、否定したいと思いながらクレアの不機嫌に隠れつつセティスは警戒を口にするのである。


 そうして流れるのは険悪な空気、そんな一行の中で意を決した様子で息を飲み声を放つ少女が一人。


「……で、でも! ワタクシサマは少し嬉しかったので御座いますよ?」


 黒い顔布でひらりと顔を隠すデュエラであった。


「イミト様たちと出会って、ジャダの滝を抜けて、今度はセティス様」


「楽しくお話しが出来る方たちと出会えて、セティス様が沢山食料を持っていたからイミト様に沢山美味しいものを作ってくださって」


「「「……」」」


 彼女はつたなく言葉を選ぶ。純真である事は直ぐに分かった、彼らには無い思考回路に共感するすべが直ぐには思いつかなかったのだから。


 無意識に歩みが止まり、一行の先をデュエラは進む。


「初めての事が沢山で、ワタクシサマ、とても今が楽しいので御座います、です!」


 ひらり、と黒い顔布が風にそよぎ、振り返った際に垣間見える彼女の微笑み。草原の薫りが似合う少女に、不意を突かれ目を逸らすイミト。


「ふん。滑稽な事を言うでないデュエラ、そして急に振り返るな。目が回るであろう」


 彼女の胸下に抱えられ彼女の表情が見えなかったクレアには、その威力は当然効き及ばず。しかしながら純真な彼女を傷付けぬように口調穏やかに諫めるに至る。


「あ、ご、ごめんなさいなのです‼」


「きゅ、急に動かすなと!」


 そこからは彼らにとって最早、定番の茶番であった。真摯しんしな謝意がデュエラを慌てさせ、抱えるクレアの視界を揺らす悪循環。


「はは、そうだな。恨み言ばかり吐いているのも情けないって話だ」


 その滑稽さにイミトは笑い、気分を切り替えたように肩に槍を担いで。


「仕組まれた不愉快なら、愉快になるようぶっ壊せばいい」

 「そうだったろ、クレア。俺とお前の目的は」


 本来の目的を思い出し、俯いて溢れる楽しさを堪え隠す。


「……」

 傍らで浮遊するセティスは傍観者だった。彼らを深く結びつける繫がりに、押し入っていけないような感覚を彼女は悟ったのだろう。そして何より、強大な力を秘める化け物たちの親しみやすさを感じる何処か微笑ましいやり取りに、少し羨ましいと思う気持ちも確かにあったのだ。


「わ、分かっておるわ! 全く……貴様らは」


「お。コレは、もしかすると……」

「話を聞かんか、この馬鹿者!」


 そうしてセティスが眺めている内、足元の何かにイミトが突然と屈み込みクレアをぞんざいに扱う展開。


「また、何か掘ってる」

 プンスカと怒るクレアを尻目に槍の尻で地面を抉り始めた様に、セティスは先程の自然薯堀じねんじょほりでの出来事を彷彿ほうふつとさせていた。


「まるで犬畜生のようでは無いか」


 そして、諦めた様子のクレアの溜息である。

 無論、彼女らの予想は的確に的を射ている。


「なるほど、ここら辺に文明があったってのは間違いなさそうだ」

「今度は何で御座いますか、イミト様」


 土を掘り返し、満足げなイミト。クレアを抱えるデュエラだけが興味深そうに、イミトが地面から引き抜いた植物に顔を覗かせて。


「割と食用に出来そうな植物が多種多様なんだよ。これは玉葱たまねぎに似てるし、向こうにはプチトマトっぽい奴も生えてやがる。昔は都市から離れた畑とかだったのかもな」


「昼飯。何にするか迷うぜ、くくく……」


 そうして彼は植物の球根に粘り強く付着する土を払い、説明を交えながらその玉葱らしき植物を傍らのセティスに手渡すのだ。悪辣な笑みではあるが、実に興が乗った様子で更に何かないかと周囲を見渡す彼。


「ゴハンの事ばかり。急がなくていいの?」


 玉葱らしき物をセティスに手渡した意味は明白であった。彼女は宙に浮遊する箒に器用にまたがりながら、片手には玉葱、もう片方には首飾りにしている魔道具の水晶。その深い青に輝く水晶に玉葱を近づけると、半透明な渦が現れ、玉葱を水晶の中へと引きずり込んでいく。


 ——収納である。

 イミトにとってセティスは最早、便利な荷物持ちになってしまっていた。


「まず楽しく生きる事が前提だ。他は全部、ついでだよ」

 「……セティス、こやつの事は諦めよ。そういうやからなのだ」


 悪びれる事の無いイミトに、見かねたクレアが同情を吐くように語る。


「うん。不可解」

 納得の様相で、放っておくと何時までも食料を探し続けそうなイミトの背を眺めつつ、玉葱の収納を終えたセティスはクレアに頷き、ついでに首飾りを手放してカラリと音を奏でさせた。


 ——その直後、刹那の事。

 一行の気付かぬ間に、は既に起きていたのである。

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