第2話 イミト・クレア・デュラニウス1/4


「……エス・ホルーア・リアルティ(よし、何となく理解した)」


 イミトはつややかな黒髪が流れを作る洞穴の奥で座禅ざぜんのような格好をしながら、そう言葉を放った。


 かたわらには頭だけのデュラハン——クレア・デュラニウスが居て。



「発音は微妙ではあるが、まぁ後は慣れよな」


 彼女は諦め気味にそう【】を返す。


「便利なもんだ、最初は頭が破裂するかと思ったもんだが」


「フン……その矮小わいしょうな脳みそに留めておけるのか。いささか不安ではあるよ」


 イミトは言葉を学んでいた。いや、学んでいたというよりはデュラハンの呪術によって肉体と魂の繋がったイミトとクレアの知識を共有させたと言った方が良いのだろう。


「……にしても腹が減った。何か食べ物とかないか?」


 数年は掛かるであろう一つの言語の基礎を数十分で脳に叩きこまれたイミトは、軽々しい感想を漏らしながらかたわらのクレアに己の腹をさすりながら尋ねる。


「あるわけなかろう。我は封印されておったのだぞ」


「あー、そういう話は後でいいや。何か探しに行こうぜ」


 凄く、腹が減っていた。己から話を振ったにも関わらず、クレアをぞんざいに扱うイミト。そんなイミトの提案にクレアのストレスは溜まる。


「貴様……」


「とは言っても、外はもう夜なんだろうしな……」


 それでもクレアはグッと感情をこらえ、頭部から途方も無く伸びる黒髪を波立たせるだけにとどめた。


 この時は、であるが。


「あ。お前もしかして夜目とか利いたりしない?」


「……昼間と同じとは行かんがな」


 そしてその時はこの時の直ぐに現れる。


 渋々ながらイミトの問いに答えるクレアに対し、


「おお、ハイスペック・マスコット」


「——⁉ 誰がマスコットだ、ボケナスが‼」

「ザベシ‼」


 無遠慮に投げつけた言葉がかんに障り、クレアは堪忍袋の緒を解き放ち、自らの黒き髪の束で拳のようなものを作ってイミトを殴りつける。


 更に、


「そしてなどとは二度と呼ぶな、この俗物‼」

「ザックス‼」


 ついでに溜めていた怒りと共にイミトの腹部にもう一撃、イミトの体は地から一度離れ、そして堕ちる。


「……お前のその髪なんなんだよ、強すぎだろ」


 減った腹に喰らわせられたボディーブローの味を確かめながら、起き上がるイミトは嘆き交じりの問いを並べる。と、クレアは宙に浮く頭部の位置まで地面の黒髪を集め台座を作りだしていた。


 そして、

「これは我が膨大な魔力が……——」

「だから‼ と呼ぶなと言うたであろうがぁ‼」


 問いについて答えを返そうとするも、途中でふと思い返したように言葉をとどまらせ、


「オボボボボボ‼」


 イミトの足元の黒髪を操って不敬を正す行為。幾度も髪の拳に押され、暫くの間、イミトは宙に浮いたままになるのだった。


 そして話は本筋に戻り、クレアの力である髪の話へ。


「……この髪は長い時をて溜まった魔力の結晶よ。特に最近、近くで戦があったようでな」


「……あぁ、外には死体がゴロゴロあったぞ」


 もはやヨロヨロになりながらやっとの思いで座ったイミトは、クレアの話から洞穴に来る前に出会った白骨兵たちの事を思い出す。


「そ奴らの怨念やら残された魔力の残滓ざんしを吸収し、成長しておるのだ」


「おかげで封印を破ることもできたのだがな」


 それから洞穴の入り口にあった封印の痕跡らしき朽ちた縄の事。迷惑な話だな、とイミトは思いながらも両手を支えに地にもたれ掛かる。


 するや、洞穴の地を埋め尽くす程の柔らかくも艶々つやづやしい女の髪の優しい感触を改めて感じて。


「綺麗な髪なのに物騒な事だ」


 何の気なしに一房ひとふさ持ち上げたそれは、とても怨念やらが込められているようには思えない。故にそう思ったイミトが視覚触覚だけでは物足りないと鼻元に髪束を近づけた事に何の不自然さも不思議さもないだろう。


 無論、よくよく考えれば、の話である。


「——っ⁉ だから髪の臭いを嗅ぐでない‼」


 クレアは顔を赤らめ、全身の毛が逆立った様な顔で叫んだ。髪を咄嗟に操り、イミトの魔の手から髪を逃げ出させながら。



「き、貴様は腹が減っているのであろうが、それは食い物ではないぞ」


「……そうだな、確かに食欲は湧かない」


 そして無理やりに話題を戻し、イミトの注意を髪から食欲にも戻そうとするクレアに対し、イミトはクレアの意図に頷いて動き出す。クレアの意図しない方向へ。


「よいしょ。じゃあ、食い物探しに行きますか」


「——待て。何をしておる」



 それは、何の躊躇ためらいも迷いも無い動きで、一旦、両手で持ち上げそこから片手で脇腹に抱える動作。そのあまりに自然でなめらかな動きはかかえられたクレアが当初、声が出すひまが無い程の動きであった。


 そして、クレアを抱えたイミトは平然と宣うのだ。



「いや、連れて行かないと俺は夜だと何も見えんぞ」

「「……」」


 空白の間。互いに、何かを思いせる様子だったが、クレアの耳元でイミトの腹が空腹の調べをみにくかなでる——。それが、契機であった。


『このタワケがぁ‼』

「なんで⁉」


 恐らくは、出会ってから最も強烈に髪の拳が振るわれる。何故そうなのか、この時のイミトは全く理解できていなかった。出来ていないままに体が二回転するほどに殴り飛ばされて。


「軽々しく我に触れるからよ。このウツケめが」


「いやいや、デュラハンってのは、体が頭を抱えるのが普通のスタイルなんじゃねぇのか⁉」


 捨て台詞のようにクレアが理由を吐いたところで未だに理解は及ばない。実に不満げにイミトは反論する。


 そして、


「今はもう、半分はお前の体だろうよ」

「……っ⁉」


 クレアはその事実に何も言い返せなかった。それは、彼女の中で未だ飲み込めていない否定したい現実であったからだ。


「——お前と呼ぶで無いわ‼」

「おっと、流石に見切っ——すかさず二本目⁉ グベシ‼」


 だからクレアは誤魔化すように大義名分をすり替え、暴力に訴えかける他なかったのだろう。


 そして渾身の一撃の後に込み上げる罪悪感を彼女は罪悪感だと知るに至る。


「……一生いっしょう不覚ふかくよ。貴様のような下賤げせんな肉体でも構わぬと思った我が間違いであった」


「我を少し一人にしてくれ。貴様の体には既に細工をしておるから問題は無い」


 地に伏した痙攣けいれんするイミトを尻目に、彼女は髪を上手く操ってヘタクソに後頭部を向ける。そしてイミトと自分の存在を拒絶するように、彼女の髪がつぼみのように彼女の周りをおおい隠していって。



「……そこまで落ち込まれると流石に居たたまれないんだが」


 そんなクレアに、イミトは自分の頭を掻いて少しバツの悪い顔。



「まぁ、ここはクレア・デュラニウスを尊重してやるよ」


 立ち上がり、イミトも背を向ける。それから近くにあった剣を手に取って洞穴の外へと向かっていくのだった。


 ——。

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