断頭台のデュラハン

紙季与三郎

転生編

第1話 死後裁判と無き女1/4


 ——生まれ変わったら、ちゃんと生きたいと思った。


 ——けど、たぶん駄目なんだろうな。

 ——後悔も反省も全部綺麗に洗い流されて、


 ——俺の、ちっぽけな魂だけが、


 ——また、残っちまうんだから。


 背景は黒いが闇は無く、明瞭めいりょうに姿だけが見えていた。


「それでは——死後裁判を始めます」


 見るからに分厚い裁判台の上で眼鏡を掛けた銀髪の若い女性が荘厳そうごんに口火を切る。


「今回の裁判は私、秩序の女神の一柱【ルーゼンビュフォア・アルマーレン】が務めます」


 その場所には二人居た。否、二人しか居なかった。


 傍聴ぼうちょうせきもあって検事が座す席と弁護人が座す席も左右にあるにもかかわらず、被告人の男と裁判長たる女神の二人しか居ない。


「それでは——開廷‼」


 それでもカンカンッ!と木槌きづちが叩く音が寂しく響く。


「……」


 被告人の男、この物語の主人公は既に全てを悟っている。

 彼は既に死んでいた、殺された確かな記憶をもとに女神を静かに見上げていて。


「さて被告人——アナタの罪は何だと思いますか?」


「あー、申し訳ない。ちょっと待って貰えますか」


 けれど、言わずには居られないことが胸の内で込み上げてくる。彼は、女神に声を掛け、その手を挙げる。


「はい?」


 女神は首をかしげた。眼鏡越しに心底不思議そうな輝き。すると男は覚悟を決めて大きく息を吸い、言葉を準備した。


 そして、


「すぅはぁ……『異世界転生かよ‼』‼」


 声を大にして、足元に言葉を叩きつける。と、共にのどに詰まっていたモヤリとした感情を一気に流し出す。それを受け、女神は眼鏡をクイっと掛け直す仕草。


「……」

 それのみ、だった。


「いや……すみません、最近似たような話をラノベで見たもんで」


 それでも彼は、至極すっきりした顔で、申し訳なさそうでありつつもすこやかに弁明。


「ラノベ、分かります? ライトノベル」


 更には裁判中に世間話しようかといった具合ですらある。



「ええ、存じています」


「このあいだ自殺してきたキモデブも同じような事を言ってニヤニヤと薄ら笑いしていて気持ち悪かったので」


 そんな彼の問いに対し、冷淡に事務的に返す眼鏡を掛けた女神は頷きつつも手元の資料のページを一枚進めて。


「コホン……ですがあらかじめ言っておきますと、そういう方を異世界転生など——私は決してさせませんので」


 咳払いの後、忠告とも警告とも取れる言動。


「ああ……まぁ、はい」


 男は、さして気にしてないといった佇まいで頭を掻く。別段、『異世界転生』になど興味がない様子であった。


「進めても?」


 そう聞かれるや、小さく両手を差し伸べて「どうぞ」と頷く男。


「さて被告人——あなたの罪は何だと思いますか?」


 「……座っても?」


 そして話を元に戻した女神に対し、背後にある椅子を確認し尋ねる。


「どうぞ」


 女神は少し不快そうではあったものの、またも眼鏡をクイっと持ち上げて場と空気を整えた。やがて、椅子に腰を落とした男は落ち着いたように息を吐き、おもむろに言葉を語り始めた。


「罪……の意識について聞いてるんだろうなぁというのは分かります。けど心当たりがありすぎて何処から話せばいいのやら」


「では、アナタは何が一番大きな罪だと思いますか」



「罪に大きい小さいがあるのか気になるけど……まぁ、いてげるなら格好の良い人間になれなかった事、とか」


 女神との対話の中で答えを探そうとする男、うつむきながら人生を振り返り右手でシリアスに首筋に触れる。


 その時——、


「ぷ……」


 女神の居る方から吹き出したような音。

 見上げると、彼女は男から顔をらしていた。


「今、笑い『笑っていません』」


 男が真偽しんぎを確かめようとすると言葉をさえぎってまで真面目な顔つきで否定する女神。


「別に良いですけどね……我ながら情けない死に方したもんだと思って」


 男はそんな女神にいぶかしげではあったけれど、鼻で笑うような自虐的な笑みでその場を流す。


「……調書によると、他人の身代わりになって死亡とありますが」


 すると女神は語りながら手元の資料に目を落とし眺め始めた。

 そこにはきっと、男の死因も含めた様々な情報が記載されているに違いない。


「ええ、まぁ。頭がおかしい奴に首をザックリと」


 対する男は端的に語る右手で手刀を作り、首を狩る真似事まで見せて。



「多分、助けたあの子もその後で殺られたんだろうなぁって」


 特に感情を込めるわけでも悲劇を演出するわけでもなく、漫画のあらすじを解説するように他人事のように語る。一方の女神も、特に何の感傷も無く、


「そうですね……いいえ、助かったようですよ?」


 資料のページをめくり、ネタバレを平然とするように返して。


 そして、

「というか、アナタが首を刺されながら犯人を取り押さえてナイフを奪い取り、行動不能にしたようですが」


 眼前に垂れてきた銀の毛髪を整えながら資料にある事柄を語り、改めて男の反応を女神はうかがった。


「……記憶に御座いません」


 男は少し考えたが、言葉の通りそんな事実には覚えがない。或いは死に際の錯乱の中、無意識にやった事ならば、にわかには信じがたいが可能性があるのか?と、幾分いくぶんかすっきりした自分の復讐心に罪悪感をにじませて。


「あ、違いますね。アナタがナイフを奪ったのを見て犯人を取り押さえた人が居たようです」


 けれど、女神の訂正に少し肩が落ちる。


 からかわれているのではないか——そう思った。


「アナタが申請するなら、この良いトコ取りの人を地獄送りに出来るかもしれません」


 そう思ったのは、そんな提案を放った女神が出会ってから初めて楽しそうに微笑んだからである。自分に対する慈悲なのかもしれなかったが、どうにも男にはそうは思えなかった。


「いや、それは流石に天国に送ってやれよ」


 そして確信する。呆れ気味に返したこの言葉に、女神はまた男から顔を逸らし、


「ちっ」


 と、いう音を放ったのだ。男は、女神がこちらに向き直すまで女神を観察した。


「今、したう『していません』」

 そして、突き付けようとした言葉はまたも遮られてしまう。


「……なんか悪魔に見えてきたなコイツ」


 ボソリと、感想が漏れた。



「ゴホン……では、アナタが一番だと思う罪はこの件において不甲斐ない結果を残し、周りに悲しい思いをさせた事、でしょうか?」


 するとその男の感想が聞こえたのかどうか分からないが、女神は咳払せきばらいで改めて空気を整えてから、男の認識を独自に解釈し確認。


 けれど女神の言い分を聞き、男は改めて己の認識を考え直すに至る。


 女神の解釈には、どうにも違和感があったからだ。


「そう言われると、な……家族ももう死んでるし、高校退学して友達とは疎遠そえんになってたし」


「引き取り手が居なくて、色んな手続き済ませながら実家の片づけをし始めた時だから、まだ施設の人にすら挨拶してなかったし」


 生前の自分の生活状況を淡々と言語化する男。


 つらつらと、並べ語らう心に感情は無く。


「迷惑は掛けたと思いますけど、本当に悲しんだ奴が果たして居たかどうか……」


 結論、男は安易な困り顔で言った。まるで小銭しか入ってない安物の財布を失っただけのような軽薄さで。


「よくもまぁ、そんな重い話を平然と出来ますね」


 それには流石の女神も驚いたようで、手元の資料で真偽を確かめるかたわら、呆れ果てたような眼差しを男に向けていた。


 すると男は、自分が抱いていた人生観を口にする。


「他人には、期待しないことにしているんで。何かを恨んで吐き出したところで得られるのは、ちっぽけな自尊心くらいなもんだ。


 出来る限り楽しく笑って生きようとしていた。過去形になっちまった今じゃ、これも恨み言になるのかもしれませんがね」


 人生をわらっている。怒りも無く、悲しみも無く、楽しみも無く、狂気じみている諦めの良さ。死後であるからではない、全てを諦めている男に嘘は無いようだった。


「……」


 少なからず黙しながら男を観察していた女神には、そう思えていた。


「でも……そうだな、やっぱり不甲斐ない死に方をしたのが一番の罪、なんだろうな……願わくば、助けたあの子が自分のせいで俺が死んだんだと責任を感じてない事を祈りたい」


「……」


 女神は、彼の祈りに何も答えない。資料を閉じ、眼鏡越しに彼を見下みさげるばかりで。



 すると、

「名前、何て言ったっけ? 女神さま」


 女神らしいなと、初めて男は女神に思い、そう尋ねる。



「私の名前ですか……【ルーゼンビュフォア・アルマーレン】ですが」


「じゃ、【ルーゼンビュフォア・アルマーレン】に祈っておくよ。俺は基本的には無宗教だからさ」


 素朴に名乗る神に男は優しく寂しげに告げる。

 懺悔ざんげの中で彼は静かに死に絶えるのだ。



「判決は、不敬罪による死刑で問題ない。死刑があるのかは知らないけどな」



 「——では、判決を下しましょうか」


 このまま、女神が掲げた木槌きづちで裁判台を叩くのならば——。


「「⁉」」


 しかし、物語は始まったばかり。

 突如として大気が揺れる感覚に二人の瞳孔どうこうが開く。


 ゴゥン……ゴゥン……。聞こえるは荘厳そうごんな鐘の音。



「警報音⁉ 第一級警戒情報⁉」


 女神が驚きの声を上げると同時に、今度は足元が蒼く光りゆく。


「おいおい……これってマジで——」


「まさか——これは‼」


 徐々に強まってゆく蒼の光が地に描くは、男の見たことも無い文字らしき記号。

 そして満を持したが如く、扉が開かれたような音がした。


「やっぱり『異世界転生』じゃねぇかあああああああ‼‼‼」


 堕ちていく、落ちていく。


 引きられるように、かかげられるように。



 とても、ありきたりな男の話をしよう。

 ありきたりな世界の、ありきたりに活き、ありきたりに死んでいく、ありきたりな愉快な話を。


 ——これは、その序章。


 死後裁判台には、判決を決める木槌だけが残されていた。


 ——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る