紫メッシュの地雷系女子高生は転生して強かに生きていくと決めたようです〜なお、転生した種族はコウモリ……らしいです〜

FuMIZucAt

第一章 転生

第1話「女子生徒が消えた日」


「あの子って、全然喋らないよね」


 幼少期のまだ小学が付く頃の話。


 私の人生を変える言葉はそんな何気ない呟きから始まった。


 言ったその子にとっては他の深い意味なんて何もなく、ただ本当の事を口に出しただけだったのかもしれない。


 だが、彼女にとって、その言葉はあまりに影響を与え過ぎた。



 学校のチャイムが鳴り、他の生徒達は各々部活や塾、自宅へと行く準備する中、私は静かに席を立つと廊下へ出ては、人影が無い旧校舎へと向かう。


 旧校舎と新校舎を繋ぐ渡り廊下を過ぎて、三階まで階段を上がると目の前に立ち入り禁止と書かれた紙が貼られたロープが現れる。


 けれど、歩みを止める事なくロープをしゃがんで抜け、更に階段を登る。


 そして、掃除してない事で若干の埃臭さに顔をしかめながら登っていると古い鉄の扉が目の前に現れた。


 もう長年使っていないのであろうその扉は所々錆び付いており、開けるのも一苦労する。


 しかし、私は建て付けの悪い扉の鍵をなんとか開け、不快な金属音を鳴らす扉を押すと屋上へと出た。


 一気に風が吹き込み、暫くすると何処か空気の新鮮さが混じった風が私の髪を攫っていく。


 ここは私だけの世界。


 誰も来る事は無ければ、誰に邪魔されることもない。


 上を見上げれば何処までも続きそうなだいだい色と青色が入り混じった空が一面に広がっていて、まるで空に落ちていくような気分さえ味わえる場所。


 そこが私にとってのお気に入りの場所だった。


 下から聞こえる部活に励む生徒達の声も、近くの道路から聞こえる重低音響かすバイクのエンジン音も、全てが街のBGMの様に感じていた。


 見つけたのは偶然だ。


 偶々、誰にも見つからない場所が無いかと旧校舎へと出向き、立ち入り禁止の先、屋上へと続く扉横に置いてあった用具入れから鍵を見つけては試しに鍵穴へ入れたら開いてしまったのだ。


 そこから、天気の良い日は大抵屋上に向かう事が多くなった。


「はぁ……ん〜!」


 背中を今出てきた校舎の壁へ預け、タイルの上で足を伸ばす。


 日焼けをするのは嫌だが、階段を登って疲れた脚を伸ばさないとやっていけそうにない。


 別に私は自殺志願者でも屋上で世界征服をうたうような厨二病でも、悩み事を高い場所から街を眺めながら考えるような癖も無い。


 ただ、私の求めていた人のいない場所が屋上だっただけ。


 何か嫌なことや悩みがあればここに来ては何をするでもなく空を眺め、嫌な事が無くても屋上に来ては本を読んだり、好きな音楽を聴いたりとゆったりとした時間を過ごしていた。


 それが私にとっての精神の切り替えの様なモノだったからだ。


 今日来たのは前者。


 学生鞄からHRに渡された一枚の紙を取り出す。


『三者懇談こんだん会の知らせ』


 堅苦しい文面で並べられたその文字は私を屋上送りにするのには十分な程に効果があった。


「そんな急に渡されても……先生からの嫌がらせかっての」


 私が悩む理由、それは簡単だ。


 昔は優しかった父が会社からリストラされると同時に頻繁に外へ外出するようになり、ある日を境に帰って来なかった。


 父は自分の職業を絶対に言う事は無かったが、極限までに鍛え上げられた身体と帰ってくるたびに何処かに擦り傷が付いている事で薄々それが危険な仕事なのだろうと言う事は理解していた。


 けれど、母は仕事が入ればすぐに家を出て行ってしまい、遅ければ数ヶ月は帰ってこない日々が続いていた父と感情の読めない瞳で母を見ていた私を気味悪がって置いて消えてしまった。


 金遣いが荒く、男を取っ替え引っ替えしていた母にとって私は単に邪魔だったのだろう。


 母方の祖父母とは連絡が取れず、父方の祖父母は私が生まれるずっと前に亡くなっていることもあってか私には頼れる人物などいなかった。


 だから、私は早々と施設に入れられたが、高校生という事もあり、バイトで一人暮らし出来るようになると同時にそこも出た。


 親戚内をたらい回しにされ、大人の都合というのに飽き飽きしていたといのもある。しかし、いざ一人暮らしをしてみるとそれが実に自分の性格と合っていたのだ。


 話が逸れた。


 んんっ、それで、今の私は天涯孤独の身というわけであり、こんな紙を渡されてもどうする事も出来ないと言うのが現状ではあった。


 けれど、何故か作った記憶の無い私名義の口座にはゼロが八桁を超す大金が振り込まれており、それが父の失踪した日を境に途絶えていた。


 娘の私にそんな大金を渡して、何をしたかったのかは分からないが、物欲というものに乏しい私は大金を高校の学費だけに使って後は放置している。


「はぁ〜……本当、これからどうしようかな〜」


 街中の大型ビジョンで見た女性バンドの一人に憧れて内側を紫色に染めたメッシュの髪も今となっては虚しい反抗心の現れにも見えてしまう。


 手に持った意味を持たない紙を丁寧に折り畳んでは小さな頃に誰もが作ったであろう飛行機に折って、軽く空に飛ばした。


 それは風に乗ってゆっくりと上昇と下降を繰り返し、私の目の前から消えていく。


 そうして数分ぼんやりしていると、学校のチャイムが鳴った。


「嘘っ!? もうこんな時間!?」


 どうやら、何をするでもなく流れる雲を眺めていたらあっという間に三十分が過ぎていたらしい。


 バイト代で初めて買った腕時計の時針が六時を差しているので間違い無いだろう。


 しかし、よく見てみると動きを止めずにずっと回っている秒針が何故か十二時から一向に動かない。


「……もしかしなくても、壊れた? 最悪っ!」


 いくら待っても動く気配はないので、どうやら本格的に壊れたのだろう。


 内心、安物だからしょうがないかと思いつつも、六時ピッタリに壊れるのも凄い偶然だとも思う。


 とはいえ、六時半頃になると警備員が旧校舎の巡回を始めるので早く出なくてはならない。


 腰を上げてスカートについた汚れを軽く数回叩いて落とし、横に置いていた学生鞄を手から肩にかける。


 そして、制服のポッケから取り出した鍵を閉めれば完成だ。


 一段飛ばしで階段を降りて行き、新校舎まで戻って来るとようやく安心出来る。


 だが、すぐに違和感に気付いた。


 いつもなら数人の陽キャと呼ばれる分類の生徒がいる筈だが、その声は一切無く。


 外で励んでいた部活動の声もいつの間にか消えている。


 まるで世界からこの校舎だけ隔絶されたような、違和感。


 橙色の陽光が窓から差し込む校舎はどこか不気味な雰囲気を漂わせる。


 廊下先には暗闇が広がっており、それがまるで私を喰らおうとしている口のように見えてしまい、それが更に不安を加速させていた。


 「何、これ……?」と思わず口から出たのも束の間、突如として白色の床に見た事もない幾何学模様が廊下全体を覆い尽くす。


 突然の出来事が目の前で起こった時、人は咄嗟に状況を判断して最善の行動を取る人とあまりの衝撃で何も出来ない人がいる。


 そう、つまりは———————


 私は、後者だった。

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