ゲートウェイ・グリーン 7

「ほい、こちらクロー。どうぞー」

「く、くく、クローさんッ! ご無事ですかッ! どっ、どうぞっ」

「なんとかな」


 直後、ソウルジャズ号から、しどろもどろ気味な不安そうなヨルの声が、通信で繋がっているのにもかかわらず無線で飛んできた。


「ミヤ、例のチャンネルで5秒頼む」

「例の……? ああ、了解」


 ヨルの深々とした安堵あんどのため息をバックに、ザクロはミヤコへ『青髪の堕天使ブルーフォールエンジェル』への、不可抗力により契約履行不可、を意味するサインを送らせた。


「連中は広域宇宙警察が捕まえるたぁ思うが、例の装置はどうにもなんねぇな……。スマン、ミヤ」

「ああ。それならさっき、位置情報回線経由でワクチンのデータ以外は破壊しておいたから気にしないでおくれ」


 とぼとぼとソウルジャズ号に戻って来つつ、手刀を顔の前で作って謝ったザクロへ、ミヤコはあまり愉快ではなさそうに口元だけ微かに笑みを浮かべた。


「そうか。ヨル、誘導たのむ」

「あっ、はい……」

「……連中の事が気になるか?」


 誘導ビームをフライフィッシュツーに向けて照射しながら、ゲートの方を見やったヨルを画面越しに見て、ザクロがそう訊ねると彼女は口を真一文字に結んで頷く。


「悠長に構えてたから多分閉じ込められてんだろうが、大人しくしとけば死にゃしねぇよ」

「そうですか……」

「ただ」

「はい……?」

「ヤケを起こして主砲をぶっ放しゃ話は別だ。位置座標が滅茶苦茶めちゃくちゃになって――そうだな、口の中にいきなり蒸したての小籠包しようろんぽうが汁だけ出てきたりする」

「そ、それは大変ですね……。大火傷おおやけどしちゃいます……」


 目線だけを少し上に向けて考えつつ、ザクロがかなりマイルドな表現で説明すると、ヨルは口元を両手で押えて神妙に頷いた。


「まあ、実際はもっとえげつない事になるんでござるが――」


 順番待ちをしているバンジは、音声をミュートしてからそう独りごち、哀れそうにゲートへ、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、と唱えた。


 一方、その頃。ワームホールに閉じ込められたカツウラ一行は、


「どうするのママッ! ゲート閉じちゃったよッ!」

「このままずっと閉じ込められたら餓死しちゃうよー!」

「ヤダーッ!」

「でも出られても捕まっちゃうよーッ!」

「僕たちなにも悪い事してないのにー……」


 外部からの音声通信をうっかりオフにしていたため、目の前でらせん状のシャッターのように閉じた出入口で立ち往生してしまった。


「静かにおしッ! ここは強行突破するからッ! 主砲を撃ちなさいッ!」


 騒ぎに騒ぐ部下達を一喝したカツウラは、冷や汗をだくだくとかき、怒りで顔を真っ赤にしてゲートを指さし、砲撃担当にそう命令した。


「なんか警告出てる!」

「解除!」

「オッケー! したよ!」


 艦橋正面にある、ギガクラスビーム砲のエネルギーをチャージする際、システムからの警告がアラームと共に出されるが、それを違法ツールで無効にしてチャージを始めた。


「撃ちなさい!」

「撃つー!」


 20秒後にチャージが完了し、自己流の間の抜けた指示とそれへの返答と共に、コロニーの外殻を脅かす威力のビーム弾が発射されたが、当然素通りして亜空間へ飛んで行った。


「なんにもならららら? ううううわわわわなななな――」

「何をふざけて……うわあああ! 手が! 足が!」

「何これ何これ何これ! なんで背中!?」

「うぎゃああああ、足にィーッ! 足にィーッ!」

「びゅぎゃあああああ!」


 その膨大なエネルギーのせいで、空間座標から時間から何からグチャグチャになり、CGの安っぽいホラーのような地獄絵図となってしまった。


「ななな、なんなのこれッ!?」


 異形の姿と成り果ててもだえ苦しむ部下達や、あちこちが生物的にねじ曲がったりした艦橋を見て、へたり込んで滝の様に汗を流しているカツウラの目の前に、


「あ――」


 子ミサイルに詰まっていた、ウィルスを含有する揮発性の液体が出現した。



                    *



 何の成果も得られなかったソウルジャズ号クルーは、とどまっている必要もなくなったため、『NP-47』への帰路についていた。


「はあ……。とんだ無駄骨だったぜ……」

「まあ、連中がそれで納得してくれただけマシでござろう」


 フライフィッシュⅡとブルーテイルを格納した後、『青髪の堕天使ブルーフォールエンジェル』から返答があり、あなた達には責任は一切ない、という暗号データが音声に混ざっていた。


「そりゃそうだけどよ……。マジで一銭の足しにもなりゃしなかったじゃねぇか……」

「げ、元気出してくださいっ。きっと良い事ありますよっ」

「そうだなぁ……。あるといいなぁ……」

「とりあえずリキッドパイプでも吸われます?」

「おうサンキュー……」


 苦笑いするバンジに操縦を任せ、ザクロは膝を抱えながら操縦席の真横に転がっていじけ、ヨルはそんな彼女の傍らにしゃがみ込んで慰めていた。


「……」


 その反対側では、ミヤコが段差の上で引っくり返っていて、珍しく虚無の顔でボンヤリと天井を眺めていた。


「やや。何やらお疲れの様子でござるな」

「……ああ。おばあ――祖母が常々言っていた、〝怒るっていう感情は、使う精神エネルギーの割には動機としての効率が悪いんだよね〟という言葉の意味を完全に理解したよ」


 これは本当に疲れるや、と続けて、ため息を深々と吐いたミヤコは、


「少し寝るから、着いたら起こしておくれ……」


 と言って目を閉じ、顔をしかめたままその場で眠り込んでしまった。

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