第8話
ノー・ディスク・ア・コンピュータ 1
「おいミヤ。お
ソウルジャズ号内の第3階層にあるミヤコの船室に、開いているドアをノックしてからザクロはそう言って顔を覗かせた。
「……あー。そうだね、そういえば朝起きてからラムネしか食べて無いや」
工具やらなんやらが散らかる机の上にある、置き時計を見やりつつ、ミヤコは腹部に手を触れて自分が空腹である事を認識して眉を少し上げた。
「やっぱりか……」
「あはは。集中してるとついね」
「ついね、じゃねぇよ。そのうちぶっ倒れるぞ」
腕組みをしたザクロは、困ったね、とあんまり困ってなさそうなミヤコへ、呆れた様子で眉間にしわを寄せてそう言った。
「それはいいとして、これ何作ってんだ?」
ザクロが指さした先には、やや小型の電子レンジの様な外見の機材があり、ミヤコの着けているゴーグル型シースルーディスプレイにコードで繋がっていた。
「ああ、これはゲノム解析装置だね。まだ試作品で一昨日から精度の確認中だけれど」
「ふーん。こんなちっせぇもんなんだな。てっきりもうちょいデカイもんだと」
「いや、現行型の機材はもっと大きいよ。これは祖母が開発中に諦めたペーパープランの実証機さ」
「ほーん。天才にも未完成なんてあんだな」
「厳密には、食品用3Dプリンターでリアルな匂いを付ける方法を思いついて、忘れないうちに実験してたらこっちをうっかり忘れた、って言ってたね」
「なんだそりゃ」
「仕方ないよ。だってファイル名が〝無題14857〟だったし」
「は?」
「しかも被らない様に打った適当な数字だったから見付からなくて、それで諦めたんだそうだ」
「諦められるもんなのかよ……」
なんともしょうも無い上にもったいない断念理由に、ザクロは何度も首を
「祖母は言っていたよ。〝見付からないものは仕方ないね!〟と」
「お前、それ格言じゃねぇよ。単なるヤケクソだ」
「ありゃりゃ。本人も草葉の陰で耳が痛そうだ」
チェアに座ったまま胸を張るミヤコは、ザクロからの鋭いツッコミを受けて、ガクッと半身を傾けて苦々しそうに笑った。
「で、何食いたい?」
「クローに任せる」
「任せる、ってお前な……」
一番困るんだよそれが、とぼやきつつも、腕組みをしたまま第2階層のリビングへと向かってザクロは部屋を出た。
なんだかんだ言いつつも、ちゃんと考えているその後ろ姿を見て、部屋から顔を出すミヤコは自然と笑みを漏らした。
「さて。あ、やっと出た」
席に戻ったミヤコがゴーグルを付けると、解析完了のダイアログが出ていた。
解析していたのは自分のゲノムで、サンプル通りの結果が出ているか確認していると、
「――ん?」
自身のゲノムに含まれている遺伝子砂漠の部分が、やけに長い事に気が付いた。
「これは、どういう……?」
事前には何も聞かされていないミヤコは、困惑のあまり作業の手が止まっていた。
ミヤコは手持ちの戸籍や出生時検査などのデータを総ざらいするが、納得出来るデータは全く得られなかった。
「おい、ミヤ。飯出来たぞ。上がってこい」
頭をクシャクシャとやっていると、艦内の通信端末からザクロがそう呼びかけてきた。
「ああ。わかった」
「とりあえず履歴にあった……」
「あっ、カルボナーラですね」
「サンキューヨル。それにしといたけど良かったか?」
「うん。ありがとう」
大好物なんだ、と端末越しのザクロとヨルへ言ったミヤコは、とっさにいつもの様子を
装った。
「ズルズルしちゃダメなんだな」
「はい。マナー的によろしくないんですよ」
「ほーん。高級レストランとか行ったことねぇからなあ。いちいち気にしなきゃなんねぇとか、飯がマズくなりそうだな」
「あっ、でも、本来は誰もが気持ち良く過ごすためのものなので、そこまで杓子定規なのはなかなか珍しいですからっ」
ヨルがフォークとスプーンを使って、啜らずにパスタを食べる様子を目にしてその理由を聞いた、ザクロの渋い顔にヨルはそうしっかりフォローを入れた。
「やっぱミヤとかも、その手のマナーがカッチリしてる店行ったことあんのか?」
「……」
「おーい」
「――えっ。なんだい?」
「高級店とか行ったことあんのかって言ったんだ」
「ミヤさん、あとそこは顎です……」
「ん? うわあ」
ミヤコはぼやっとしていてサクロの話を聞いておらず、ついでにフォークに巻いたパスタが口に運ばれずに顎へソースを塗りつけた。
「うーん、祖母も母もそういう所へは行かない人だったからないね」
「そうか。そんじゃ、オヤジさんとかも行かねぇ人なんだな」
「父は離婚したとかでいなかったんだ」
「おっ。……悪かったな」
特に悪気も無く訊いたザクロは、1人親家庭と訊いて気まずそうに目線を少し逸らす。
「いいよ。生物学的な父がいないだけだし、気にしてないからさ」
「そうか」
ザクロが思いのほか深刻そうな顔をしたので、笑みを交えて慌てて気にしていない事を強調した。
ややあって。
「そんじゃ、オレぁちょっと役所行く用事あっから留守番たのむぜ」
「あっ、はい。お気を付けて」
「了解」
食事を終えたザクロは皿を洗浄機に突っこむと、そう言って黒い船内服の上にジャケットを羽織って外出した。
彼女が駐艦場の区画から出て行く様子を窓から見送ったヨルは、下の階層の物置から掃除機を持ってきてコードを引っ張り出しはじめる。
「おや。掃除かい?」
「はい。あっ、お部屋に戻られるまで待ちましょうか?」
「いや。構わないよ。ボクはやかましい環境には慣れてるからね」
「そうですか……。あ、でもマスク要りますよね」
「どうも。ヨルは本当気が利くね」
「あっ、えっとその、ありがとうございますっ」
ドストレートにほめられたヨルは、少し頬を赤らめて背中を丸め、やや謙遜気味な様子で小さく頭を下げた。
「さてと……」
「あー、掃除の途中に悪いけれど、ちょっと訊きたいことがあってね」
「はい? どうぞ」
「ヨルって、ご両親の事どう思ってるんだい?」
「両親、ですか……。あんまり、父の方はその……」
「うん。そっちはまあいいよ」
「といっても、母の記憶の方は無いんですよね。生まれてすぐ亡くなってしまったので」
そう言ったヨルが酷く寂しそうな目をして小さく笑い、ミヤコもザクロ同様すぐに詫びた。
「ボクら、思いのほか訳ありなんだね。下手に詮索するものじゃあないようだ」
「ですね……。クローさんもメアさんも……。私は直接関係ないとはいえ、なんか申し訳ないです」
「じゃあ、掃除どうぞ」
「あっ、はい」
ミヤコから手のひらを上に向けて促され、ヨルは掃除機のスイッチを入れたが、
「あれ? 壊れてますね……」
ドラム型のシンプルなそれはうんともすんとも言わなかった。
「そんなときはボクにお任せさ」
直るかどうかは保障しないけれど、とミヤコはいつも通り控えめに言い、ヨルと協力して自分の部屋へ掃除機を持って行く。
「なぁんだ、基板のハンダ付けがとれているだけだね」
「直ります?」
「流石にこれなら確実さ」
分解して確認すると、原因は基板に接着しているハンダが外れ、配線が浮いているだけだった。
「たしかこの辺にハンダが……あった」
机の上にある引き出しから、一定の長さで切りそろえたハンダの束をとりだし、それを使って1秒程でささっと接着してしまった。
「もう終わったんですかっ?」
「ああ。多分問題ないはずさ」
掃除機に戻して再度スイッチを入れると、元通りに動き始めた。
「ありがとうございますっ」
「このくらいなんてこともないさ。お礼なんてそんな」
がっし、と右手をヨルに両手で
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