ガニメテ恋情 7
やっとの思いでブルーテイルにたどり着いたメアは、発信器や爆薬の類いなどがないか確認した後、
「……なあザクロ」
やや言いづらそうに、時間つぶしに煙草を吸っていたザクロへ呼びかける。
「なんだメア」
「もう少し、〝
「ほっとけよ。さっきも言ったが殺されかけてんだぞ」
「この前のお前が、メイドから地球を守ったみてえなもんだ」
「……へっ。そういうことなら付いて行ってはやんよ」
「ありがとさん」
2人が並び立ちニヤッと笑って拳を合わせる様子を見て、2人の正面にいるヨルは羨ましそうに目をきらめかせていた。
「……。ん」
「!」
それを見て、ザクロが拳をおもむろに突き出すと、ヨルは非常に嬉しそうな様子でそっと拳を合わせた。
「さて、肝心の船を探さねぇとならねぇが」
「3時間経ってますからね……」
「そんなにか」
3人がそれぞれ乗り込んだザクロ機とメア機は、ひとまず旧市街から新市街側へとゆっくり進みながら、追いかけるとはいえ見当をつけられないでいた。
「――おいミヤ。なんかこう、怪しい船を見付ける事ぁ出来ねえか?」
「うん、実におおらかなオーダーだねえ。まあ結論から言えばできるよ」
「多分識別信号は偽装か消してるだろうから、ミヤには逆に簡単だろう」
「えっ、今のはどなただい?」
「あー。拙者でござるよ」
「その声はバンジ氏か。了解、ちょっと待っておくれ」
非常に雑な感じでザクロにそう振られたミヤコだが、メアの言う通りの船の位置情報システムをハッキングして当たりをつけ、即席で作成した判別ソフトで探っていく。
「……ミヤ、お前今しれっとヤベーことしてないか?」
「ああ。公的システムのクラッキングはスリルがあるね」
「そっちもヤベーがそっちじゃ――」
「あっ、いた。まだガニメテの中を飛んでいるよ」
「まあいい。行くぞメア。牽引フック出すから引っかけろ」
「了解」
フライフィッシュⅡの機尾上部分から、故障した機体を吊して運ぶためのフック付きケーブルを流し、ブルーテイルは艦首下から伸ばしたロボットアームでそれをキャッチしてそのまま引き込んだ。
「そんな使い方して大丈夫なんですか……?」
「非推奨だが、まあそう使う様に改造してあるからな」
「その通りだぜヨル」
「じゃあ問題ないですね」
「おう。ぶっ飛ばすから気合い入れろよ」
「はいっ」
フタが半閉じ状態なため真っ当な心配をしたが、『ロウニン』のガサツさに大分毒されてきたヨルはそれで納得してしまった。
フライフィッシュⅡはアフターバーナー全開で加速し、規定に定められた赤と緑のランプを流れ星の様に尾を引かせ、マリアンヌが乗る船を猛追する。
高速機ではない、卵型の小舟との時間差は30分程で埋まり、速力を落として併走して飛行する。
すでに中ではバーテンが死んでいて、実に楽しそうなマリアンヌが操縦
「マリア! ちょっと待て!」
オープン回線の周波数で、メアはその船が爆破される可能性を指摘したが、マリアンヌは何も答えなかった。
何度もおなじ呼びかけをするが、マリアンヌは機体を右旋回させ、ガニメテ第1市の方へ進路を戻しながらあくまでも無視する。
「はっ。コイツの善意よりマフィアのボスの言葉を信じるのか。救えねえな」
余りにもあんまりな反応に、ついにザクロがボソっとマリアンヌへ冷たく言い放った。
「もう良いだろ」
「おう……」
挑発にすら乗ってこない事を見てメアはついに諦めてしまい、フライフィッシュⅡとブルーテイルは減速し、小さくなっていく卵型の船を見送った。
だがマリアンヌは、話を聞き入れないから無視していた訳では無く、単にマフィア組織以外には通信できない様になっているだけだった。
「ボスぅ。つつがなく完了いたしましたぁ」
操縦席のマリアンヌは、追いかけてきていた2機に気が付かないまま、甘ったるい猫なで声を出してマフィアのボスに
「そうか。では貴様も死ぬが良い」
「へ――」
その報告を受けたボスが、情も何も無くそう言ったところで、機体に仕掛けられていた爆弾が、旧市街から一端離れて近づくと起動するセンサーによって爆発し、船は空中で木っ
「あーあ。だーから言ったのに」
ザクロはため息交じりにそう言うと、手刀で一応マリアンヌの死を悼んだ。
「……」
ヨルはいつも通り
その少し後。旧市街最上部に立つ豪邸にて。
マリアンヌが乗っていた船の信号がロストした事を見届けていたマフィアのボスは、チェア横のサイドテーブルにあるブランデーグラスを手にする。
「バカな女だとは思わんか。平気で裏切る人間など、傍に置く訳がなかろうに」
「左様でございますな」
「何かと使い勝手が良かったのは勿体なかったが」
「あれほど情け容赦なく実行できる能ですからな」
腹心の幹部と共に、組織の金を横領していた幹部の始末を完了したボスは、晴々とした様子で談笑しつつグラスを煽る。
すると、銃声や怒号で部屋の外が騒がしくなり、
「動くな! 第1市警だ!」
扉をぶち破って武装した公安の機動隊が突入してきた。
「アダム・ジャックス! 差別扇動と禁止薬物販売の容疑で逮捕する!」
「ほう? 今度はどんな証拠を掴んだのかね?」
令状を見せて宣言する捜査官に対し、ボスは全く焦ることなく余裕の応対を見せる。
ボスは専門の部署に無数のガセ情報をばらまかせていて、警察が掴んで踏み込もうと決定的証拠がなく、これまで何度も不起訴になっていた。
「貴様らのシステムがウィルスに感染していた様でね。計画の指示書と帳簿がオープンにされていたのさ」
「なに?」
万全のシステムを組んでいた自負があり、
「まさか……、そんな……」
「本物か?」
「左様でございます……」
「認めたということでいいな? 時刻16時36分、通常逮捕!」
完璧な対策があっさり崩され、放心状態のボスと幹部に淡々と手錠が掛けられた。
「よし、上手く行ったね」
ちなみに、システムへと侵入させた張本人は、メアに頼まれてほんの短時間で情報を抜き出す、ウィルスソフト自体を作成したミヤコだった。
*
「――と、いうわけなんだ!」
「わーお。世の中に完璧なんてないのね!」
「そうだね! じゃあ脱線はこのくらいにして、いつも通り元気に賞金首どもを紹介していくよォ!」
「今日も活きが良さそうなのがいっぱいね!」
『ザ・ショット』で、冒頭に速報でボスが逮捕された情報を冗長に伝えると、本日の目玉賞金首の話へとあっさり移った。
それが流れているソウルジャズ号のリビングには、酒を散々あおって酔い潰れて長ソファーで引っくり返っているメアだけがいた。
その胸元には、同じ素材でミヤコが作った新しいドッグタグが光っている。
ソウルジャズ号は第19-98駐艦場に戻ってきていて、ヨルとザクロが雑談をし、ミヤコはフライフィッシュⅡの下に潜ってチェックしていた。
「なるほど、骨ぐらいは拾うため、ですか」
「それ以外はねぇからな」
「愛だねぇ」
「やかましい。状態はどうだ」
「今のところは問題ないよ」
リキッドパイプを口にくわえ、ザクロは鬱陶しそうにミヤコをあしらう。
『――ねえザクロ。私、愛の終わりって3つの形があると思うの』
『ほーん?』
『1つ目はお互いに愛想が尽きたとき、2つ目はお互いに愛を忘れてしまったとき、もう一つはお互いに死んでしまったときね』
『そうか。どうした、急に』
『だから、私達の愛は不滅って言いたいのよ』
『……なるほどな』
少し照れくさそうなザクロの唇に、レイは穏やかに微笑みながらキスをした。
「終わっちまったわけだな……」
「はいっ?」
「愛がだ。メアのな……」
ザクロの独り言に反応したヨルへ、彼女はソウルジャズ号の方を見やってそう言いながら、やるせなさげに1つ息を吐いた。
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