ガニメテ恋情 3
「あ、そうそう。ヨシノ教授の学会発表動画が来たんだけれど、ヨルも見るかい?」
「是非っ」
宇宙空間へと出て木星方向へ向かうルートに乗ると、ミヤコとヨルはリビングへ降りていったが、
「……」
「なに突っ立ってんだ。当分かかんだろ座っとけよ」
バンジはなにか落ち着かない様子で、ブイの赤いランプが流れて来る、前方右側の窓の前に
「……そうだな」
ザクロに言われてその場に座ったバンジは、心ここにあらずといった様子だった。
重ね重ね、マジで手に負えないようなら言えよ、と言って、ザクロはソウルジャズ号の操縦に集中する。
「なるほど、これでエネルギー効率を改善できるんですね」
「素材が稀少すぎるんだよねぇ。これじゃあ生産品としては厳しいかなあ」
「ああ。『プルートナイト』ですか……。お値段高いですもんね」
「流石はヨルだ。これ代替素材がないから厄介だよね」
「そういうアイデアとか、『ミヤビ文書』にあったりするんでしょうか」
「見覚えはある気がするけれど、ちょっと探してみないとわからないね。もしかしたらまだ未解析な所にあるかもしれない」
「可能性はあるんですか……」
「なんてったって中身の底が知れないからねぇ」
発表を聞きながら技術屋トークを繰り広げる2人の声を、ザクロは目を細めながら聞く。
「……」
いつもならなにかしらコメントを付けてザクロをからかうバンジだが、何も言わず自分の端末を見たり前を見たりなどソワソワと落ち着きがない。
「……」
視界の端にその様子が写るザクロはだんだんとイライラし始め、気持ちを落ち着けようと煙草に火をつけて吸った。
だが、まだワープゲートにすら入っていないのにも関わらず、1時間近く同じ様子だったため、
「おい、うぜぇから後ろにでもいてくれよ」
ザクロは流石に我慢が出来なくなって、バンジへイライラした様子で呼びかける。
「……」
「無視すんな」
「いて」
バンジは全く話を聞いておらず、全自動操縦に切り替えたザクロに軽く蹴りを入れられた。
「なんでござるか」
「鬱陶しいからオレの見えない所に行けっつってんだ!」
「すまんでござる」
浮き足立っていたバンジは、やっと声と口調がいつもの通りになり、申し訳なさげに笑うとサングラスを掛けて第2階層へと降りていった。
「ぬわああああ」
彼女は珍しく階段の最後の一段を踏み外して転倒し、ヘッドスライディングの様な状態になった。
「わひゃあッ」
「うわあ」
ボンヤリしていたヨルが突然の大声に驚いて手を挙げ、その手が頭を擦ったミヤコも連鎖して驚いた。
「すすす、すいません……」
「いいよ。気にしてないから」
「……」
操縦に戻ったザクロは下で起きたごちゃごちゃに、何やってんだが、とつぶやきつつ進路を木星方向ワープゲートに向けた。
「
「あっ、はいっ。バンジさんもお怪我はありませんか?」
「問題ないでござるが……。クロー殿、拙者も心配して欲しいでござるー」
「お前は頑丈だから要らねえだろ」
「殺生なぁ」
「言うまでもなく心配しているんだろう?」
「じゃかぁしい」
ミヤコの発言は完全に図星で、ザクロは声にちょっと照れた様子が混ざった。
「ミヤ殿もクロー殿の扱いを心得て来たでござるな」
「ヨルに比べたらまだまだだよ」
「えっ」
「聞こえてんぞー」
ザクロは不満そうな声をあげた後、
「無理に元気なふりしやがって……」
3人に聞こえない様にザクロはそう独りごちた。
数時間後。ソウルジャズ号は湖にぽっかりと浮かぶ島のような、ガニメテ第1市新市街の駐艦場に到着した。
入境受付で事前に指名された区画のプラットホームには、スマートなシルエットのパワードスーツを装着した老年女性が、スーツ姿のボディーガードの女性を従えて待っていた。
「あのばあさんが依頼人か?」
「ああ。彼女はユミ・サカノウエ教授さ」
「ええっ。あのサカノウエ教授ですか!?」
「食いつくねぇ。少し時間があると聞いているし、話をしてみるかい?」
「ほー。どうも有名人らしいぞメア」
「それは良いから
「おう、そうか」
サカノウエは高名な哲学者であるが、ミヤコとヨルのウキウキ具合とは対照的にバンジの反応はかなり薄いものだった。
「帰るまで待っててやっからなるだけ早くな」
「おう」
ハンドアームで地面に降ろすと、バンジはそれに乗り込むやいなや西の方向にすっ飛んでいった。
「何をんな焦ってやがんだ……?」
それを見送ったザクロは首を傾げてそう独りごちると、ソウルジャズ号の長距離通信を使って『RW-99』のアリエルへ繋いだ。
「話し中かよ……」
だが、呼び出し音がすぐに不通音に変わって通話が切れてしまった。
仕方ねぇ、とザクロはメールアプリを起動して、バンジが妙な事に巻き込まれてないかを調べてほしい、というメールをアリエルに送った。
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