はぐれ狼のアリア 6

「正解。そっちじゃなかったらあなたの頭は吹き飛んでいたよ」

「嘘だな。狙撃手がいるならとっくに撃ち殺してるだろ。で、手前の護衛はあの車でこっちを見てるだけだ」

「ありゃあ。流石に通用しないか。その分だと、後ろを取られたのはわざとだね?」

「まあな。平和ボケで勘が鈍ってんだろ、バレバレだったぜ『ウルフヘッド』」


 顔を変えていても、オギノメは歴戦の悪人らしい迫力のある笑みを見せたが、ザクロは公園の向こうに停まっている安っぽい軽バンを指して、平然とフェイクだと見切った。


「お前、なんでこんな所で善良な市民なんかやってんだ」

「なんでそんな事を?」

「それに個人的な興味が湧いてんだよ。離れた所にいる護衛は堅気で、本人は護身用の警棒だけしか持ってねえとか、あんまりにも真逆だしよ」

「自分でも驚いているよ。むしろ治安側にすら回ってるんだからね」


 オギノメは観念した様子を浮かべていたが、どうも思っていた事と違うらしい、と感じて目を丸くした後、自嘲気味にそう言って首を傾げた。


「大分歩かせてしまった様だし、立ち話もなんだからそこのベンチで話そう」

「爆殺する気じゃねぇだろうな?」

「しないよ。場合によっては手を貸して欲しい相手なのに」

「犯罪の片棒は担がねぇぞ?」

「違う違う。むしろその逆だよ」

「ほう?」


 まあ話は聞いてやる、と言ったザクロはオギノメと公園に入り、プラ製の古びたベンチの下を確認してから座った。


「公園で煙が出るタイプの吸っちゃうと罰金とられるよ」

「マジかよ」


 いつもの様に煙草へ火を付けようとしたが、ザクロは隣に座ったオギノメに見咎められ、喫煙用具一式を懐にしまってまたリキッドパイプをくわえた。


「なんていうか深い理由はないんだけれど、ここの空気感が気に入ってね。偵察に来たはずが、うっかり居着いてこの通りさ」


 あなたにも分かるはずだよ、と言われたザクロは、まあな、と言ってリキッドを吸いこんだ息を吐いた。


「良い意味でこのコロニーの若者は大ざっぱなんだよね。こんな見るからに怪しい私を追い払うどころか慕ってまでくれる程なんだから」

「で、リーダー的な存在に収まって、取り込んだところでクーデターでも、てなわけか」

「いやいや。あくまでも平和的に進めるよ。何かを暴力的に破壊したって、何も変えられないって分かったからね」

「最初からその考えが出来れば良かったのにな」

「返す言葉もないよ」


 悼むようにオギノメは自身の胸元に手を当て、自身の足元を見ながら目をぎゅっと閉じた。


「で、頼みってのは?」

「ああ。ねえ『ロウニン』さん、物価が無駄に高いと思わないか。このコロニー」

「散々聞いてるぜ。船内に持ち込まれる物流がなんかアレなんだろ?」

「話が早いから助かる。その原因は――、『ウルフバック宇宙海賊団』だよ。連中が卸と小売りの間に入って買い占めをして、値段をつり上げて転売しているんだ」

「『ウルフバック』ってそんなチンケな賊じゃねえだろ?」

「そう。1年前まではね。私が抜けてから、理念は捨てて副団長だった男があこぎな商売に全振りしているのさ」

「なるほどな。で、報酬は?」

「私の懸賞金でどうかな」

「あ?」

「いやね。マキ・ハギワラという偽の私を慕ってくる人達をさ、騙している事がいよいよ私のあってないような良心の呵責かしゃくに耐えかねてね」


 両手をスポーツウェアの上着のポケットに隠し、オギノメは罪悪感に満ちた渋面を浮かべた。


「で、ちゃんと罰を受けようってところか」

「そう。頼んでもいいかな?」

「構わねえが、あんたが逃げない補償がぇだろ」

「それなら縛り上げて貰って構わないよ。倉庫とかにでも適当に転がしておいてくれ」

「んな趣味はねえよ。知り合い付けるからそれで十分だ」


 大真面目にそんな事を言うオギノメに、ばっちい物を見るような目でため息を吐いてそう言ったザクロは、アリエルの事務所へと通信端末で電話をかけ、オギノメを見張るように頼んで切った。


「護衛のアイツにはどう説明すんだよ」

「もう正体を明かしたから心配要らないよ。あと言い忘れていたけど、彼はただの運転手さ」

「いや、護衛すらつけてねぇのかよ」

「いたらあなたに話を信じて貰えないと思ってね」

「流石に抜け目がねえな」


 ザクロは目を少し見開き、素直にオギノメの人心掌握力を称賛した。


「頼まれたからには引き受けるがよ、正規軍に頼めば良くねえか?」

「無理だよ。彼ら、第2階層の支配層とツーカーだから」

「とことん腐ってやがるな……」


 そう話したオギノメも、それを聞いて返したザクロも、やれやれ、といった様子で顔をしかめていた。


「ところで、そういうのと交渉してるお前が抜けて若い者連中は大丈夫なのかよ?」

「大丈夫さ。彼らならきっと……」


 口調こそ自信ありげなものではあったが、オギノメのその目は無理に明るく振るまおうとしている様子だった。

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