3-4 お詫びとお誘い
「ごきげんよう、
「えぇ、よく会いますね。まさかドラッグストアで偶然鉢合わせるとは思いませんでしたが」
ドラッグストアの品数の多さに途方に暮れていたら、背後からスーツ姿の男性に声を掛けられた。
彼の正体は
一八○センチを超えた細身の高身長で、おそらく20代前半。清潔感のある髪と、整形でもしたのかというほどに目鼻立ちの整った顔をしている。
雑踏の中に居ても誰でも目を引くような見た目とイケメンオーラを放っている。
彼はレイカの営業先の一つである病院のドクターで、つい先日の勉強会で熱い討論を交わしたばかりである。
「実はついうっかり休みを楽しみ過ぎて、この時間まで日用品を買い忘れていたので……幾永さんはどうしてこちらに?」
「あぁ、僕はこの辺りに住んでいるんですよ。今日は研修だったのでその帰りです。ご飯でも食べて帰ろうかと。そうしたら偶々、日南さんを見掛けて……何かお困りの様子だったので、どうされたのかと」
「すみません、馴れ馴れしく声を掛けてしまって……」と頭を掻きながら、幾永は少しバツが悪そうに言った。確かにいくら知っている女性が居たからと言って、ドラッグストアで声を掛けるのは少々配慮が足りなかったかもしれない。
特に女性がドラッグストアで買うものには、男性は気を遣うべき。どんな生理用品を使ってるかなんて、家族でもない人間に知られたくない。
貴族の令嬢として生まれ、淑女教育を骨の髄まで教え込まれた人間であれば、デリケートに扱って欲しいところだろう。
……だがレイカの貪欲な知識欲はそれを上回っていた。
そもそももう王妃候補では無いし、賢者から教えを乞うことに遠慮などしない性格な彼女は、根っからの研究者気質だったのだ。
それが彼女の良い所でもあり、周囲の男性をドン引きさせる要素でもあるのだが……
「私はふだんの日用品をと思ったんですけど。お恥ずかしながら、普段あまりちゃんと選んだことも無くて……品も沢山あり過ぎて、正直どれが何だか……あの、もし良かったら……」
普通だったら店員に聞けばいいだけなのだが、異世界人であるレイカにはそれが思いつかなかった。
別に適当に買ってしまっても良い。
でも、この博識な男だったらもしかしたら何か知っているかもしれない。そんな一縷の望みを賭けて、彼に聞いてみることにした。
せめて、このSPFとかPAの意味だけでも教えて欲しい。
レイカからの意外な申し出に、幾永はどうしたものかと悩むような表情を浮かべた。
とはいえ、目の前の困っている女性を見捨てる選択はできなかったようだ。
「いいですよ」とニッコリと微笑んで、レイカの横に立ってひとつの商品を指差した。
「普段使いの日焼け止めなら、コレなんてオススメですよ」
「これですか? この『SPF最強!』とか書いてあるのは、防御魔法か何かの強度? いえ、それとも結界かしら……」
幾永はブツブツと独り言を喋っているレイカに不思議な顔をしつつ、結界というのは例えか何かと納得してレイカの疑問に答えることにした。
「あぁ、SPFというのは、特にシミを作りやすい紫外線から肌を守ってくれる度合を示したモノなんです。こっちのPAは、肌が全体的に黒くなるのを押さえる効果の強さと言ってもいいかもしれませんね。ちなみに普段、日南さんはアウトドアやレジャーはされますか?」
「……いえ? あまりそういうのは」
実は前の世界では修行と称してコッソリ山や森でサバイバル染みたことをしていたが……さすがに彼の前でそんなことは言えない。
コッチの世界でそんなことをする予定は今のところは無いので、取り敢えずは否定しておく。
「なら、そこまで炎天下になる場所に長時間居ないのであれば、この日焼け止めで十分だと思いますよ。使い心地もそこそこ良いみたいですし……」
「そうなんですね! なら、これにします……でも、幾永さんは何故そんなに日焼け止めに詳しいんですか?」
たくさんの商品の中から、パパッと選んでいた。説明も店員のような、簡潔とした内容でスマート。使用感も、まるで自分で使った経験があるみたいな言い方だった。
確かに、彼の肌は白くて綺麗に見える。
もしかしたら男性である彼も、普段から使っているのかもしれない。
「いや、年の離れた妹にしょっちゅう買い物に付き合わされていたので……それに、医者はそういうちょっとしたことでも勉強するんですよ。この世界の生物学から、万物を動かしている物理学、化学、法律までいろいろとね」
そういって幾永は右手の指を一つ一つ折りながら、これまで学んできた分野を数えてみせる。
つまり、医師というのはそれだけ多くを学んでこなければならないということ。それを知ったレイカは、思わず感嘆の声を上げた。
「すごい!! こちらの医者というのは素晴らしく博識なのですね。それなら貴族……いえ、王になって
「お、王ですか?」
「はいっ!! 幾永さんなら絶対にイケますよ、王!!」
あのアホ王子のせいで、「こんなに勤勉な幾永さんこそ、王だったら良かったのに!」とレイカのテンションが変な方向へ上がってしまっている。
それはもう、割と本気であのバカと幾永をトレードしたいと考えてしまうほどに。
「ははは、さすがにそんなことはしないですよ。それに政治家はまた、別の分野に特化した人たちがいるでしょう? たしかに弁護士や医師から政治家になる人は居ますが……そういうのは専門家に任せておいて、僕は医学に
またもやレイカの口から飛び出す突拍子もないセリフに驚きつつも、純粋にキラキラとした目線を向けられると嬉しいようだ。
態度にあまり感情を見せない彼も目線を彼女から外して、恥ずかしそうに自分の頬をポリポリと掻いている。
「はあぁ……すごいですわね。そうやって分担することでより良い政治であったり、医療などを提供できるのね……私も是非とも学びたかったです……!!」
どんなに褒めても謙虚な態度をとり続ける幾永に、レイカの中の彼に対する好感度は上がりっぱなしだ。
それは別に恋愛感情や異性としてではなく、人間としてである。それだけ前世の次期リーダーの頼りなさにウンザリしていたのだから、レイカが幾永のことを素晴らしい人間だと思うのは、仕方ないのかもしれないが。
「なんだか日南さんって変わってるよね。そんなこと、初めて言われたよ」
「うーん、大抵の人はそうだと思いますけど……あ、それに名前。私のことはレイカでいいですよ。あまり、名字で呼ばれるのは慣れていないので」
「……えっ?」
言葉にしてから「あっ……」と気付いたが、もう遅い。
前世の国とは違い、この日本では名字で呼ばれるのが一般的なのだ。
「苗字で呼ばれ慣れてない? 貴方は本当に変わってる人だ……」
「あ、いや……その……」
「――じゃあ俺も翔琉って呼んでくれますか?」
怪しまれたレイカは「実は帰国子女なんです!」と苦し紛れの良いわけで誤魔化そうと口を開きかけたところで、幾永からまさかの提案が帰ってきた。
「いや……こんな性格のせいか、あまり下の名前でくれる友人も少なくて。ははは、お恥ずかしい」
「そうなんですか? 博識で仕事や命に対して熱心で……謙虚でいいと思いますけど……最初はまぁ……アレでしたけれど」
「……ぷっ、ふふふ。あはは!! たしかにそうでした。やっぱりどうも、俺は人とどこかズレているんですよね〜!」
幾永は暫しキョトンとしたあと、大声で笑いだした。と、ここで漸く自分の言ってしまった失言に気づいたレイカ。そもそも彼はレイカの不審な発言をフォローしただけだ。
「たしかに。あの時は本当にすみませんでした」
「いえ、冗談ですって。あれは私が悪かったんですから、そんな……」
更にやってしまった……と、しょんぼりと俯いてしまったレイカを、幾永は優しく励ます。たしかに初対面ではドライな扱いをされたが、実際の彼は真面目で、こんなにも優しかった。
度重なる失態で、更にレイカは地面に頭が着きそうなほどにへこんでいた。王子のことを馬鹿にできないほど無神経だったと反省している。
彼女の可哀想になる程の状態を見た幾永は何かを思いついたのか、少し意地の悪い笑顔を浮かべて、レイカにとある提案をすることにした。
「そういえばこの間の勉強会のお礼もしてませんでしたよね」
「えっ? いや、だからお礼なんて別に……」
普段の自信満々なレイカは完全に引っ込み、小さな声でボソボソと何かを呟く。そんな彼女に幾永はトドメとばかりにこう続けた。
「もしよかったら、この後に食事でも行きませんか。初対面のお詫びも兼ねて、俺に挽回のチャンスを与えてください」
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