2-6 イケメンとの再会。

 あれから数日が経ち、レイカが行うプレゼンの日がやってきた。


 会社からは監督という名目で久瀬クセェ係長と池尾先輩が同行している。

 自社の重要な営業の企画だというのに既に失敗すると確信しているのか、久瀬係長はニヤニヤと含みのある笑みを浮かべていた。


 失敗したところでフォローに回ってドクターの株をあげつつ、同時にレイカを助けることで恩を売って関係を迫ろうという魂胆なのだろう。



 対するレイカは――

 池尾先輩はチラ、と彼女の方を見る。

 向こうも偶然見ていたのか、目が合うと自信満々の表情で頷いた。



 この日の為に様々な準備をしてきた。

 あとはもう、やれることをやるだけ。


 プレゼンの内容は、新しい作用機序で効く飲み薬の紹介。

 これがこの病院で使用されるようになれば会社からの評価は上がるのは間違いない。



 この場に居る病院側の人間は内科を担当しているドクターが数名。

 その中の何人かはレイカを見て若者だと侮っているのか、それとも日本人離れした美貌に見惚れているのか……あまり真剣に参加している様子がみられない。


 これも池尾の事前情報で入っていたため、特に動揺は無いようだ。

 逆にあなどって油断してくれている方が先手を取りやすい。むしろ好都合だ。



 ……否、一人だけ真剣な眼差しで配られた資料を読み込んでいる若い医師が一人いた。

 なにをそんなに夢中になっているのか、演者には興味を示さず一瞥いちべつもしていない。




 レイカは今更何が起ころうとも物怖じはしない。

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべると慣れた手つきでパソコンを立ち上げ、スライドの上映準備をテキパキとこなしていく。



「……む? なんで日南ひなみ君はあんなに手馴れてるんだ……?」

「さぁ~? なんででしょうねぇ係長」



 そしていよいよレイカの一世一代のプレゼンテーション始まる。



「この度は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。今回、私どもがご紹介いたしますのは新しい作用機序を持った――」



 開始早々つまずくことも無く、よどみなく流暢に説明をしていくレイカ。


 医学的に小難しい話や、臨床試験の結果などもまるで自分で考えたかのようにスラスラと解説をする姿に、この場に居る一同はギョッとしていた。

 まさか彼女がここまで専門的な話まで詳細に、かつポイントを押さえた話ができるとは誰も思わなかったのであろう。


 練習に何度も付き合っていた池尾ですら、本番で堂々としているレイカに感心していたほどだ。



 そうして15分ほどでスライドを使ったプレゼンも終わった。

 グダグダと要領の悪いことはしない。

 予定時間よりも早目にキチッと終わらせたその手腕に、その頃にはもうドクターたちの見る目は180度変わっていた。


 ――あの若手のドクターを除いて。



「質問、いいかな?」

「もちろん、お願いします」



 そう、彼だけはまだ満足していなかったようだ。

 その後の質疑応答の時間になると先程配ったレジュメにビッシリと書かれたメモを片手に、質問の為に挙手を始めた。


 彼の周りのドクターは『また始まったよ、まったくクソ真面目なんだから』とレイカを憐れみの目を向けた。おそらく彼のこの態度は毎度のことなのだろう。


 これも織り込み済みだったのかは不明だが、さっきまで順調に進んでしまっていたことに焦っていた久瀬係長が小さく手元でガッツポーズをしていた。



「この薬の実際の使用報告は?」

「少々お待ちください……はい、こちらのスライドにありますデータの通りです。他の病院のドクターの話では……」

「その報告についてなぜレジュメにないんです?」


「すみません。社外秘のデータも含まれていますので。ですがご提供できる分に関しましてはこちらの別紙をどうぞ」

「……ありがとう。ではこちらの副作用と従来の薬の違いは?」


「現在も症例データの収集を行っております。現段階では作用機序が異なるため、副作用の原因となる臓器が――」



 たとえ資料の不備を突かれても、最初から対策されていたかのように冷静な対応をする彼女に、周囲はさらに驚きの表情を見せる。

 久瀬係長は思い通りにいかない悔しさに歯ぎしりをしている。

 そしてそんな三者三様の有り様をみて必死に笑いをこらえている池尾先輩。


 そんな周りのことなぞ気にも留めず、いつの間にか二人は熱く語り合い始めていた。

 クールかと思われた彼も、自分の仕事には誇りを持っているのか妥協をしない性格のようだ。かといってレイカも引き下がることはしない。そして誤魔化すこともしないので真摯に回答をしていく。



「ですが、患者さんのことだけでなく医療従事者側のメリットも――!」

「昔ながらの薬剤の方がエビデンスが蓄積されているだろう?」

「それはもちろんです。ですから併せて使用することで、全体の使用量や医療費の削減が――」



 気付けば冷ややかに二人の様子を窺っていた他のドクターも参戦し、ヤイノヤイノと激戦を繰り広げた大盛り上がりを見せた。



「な、ななんあ!?」

「ほぉ、ここまでとはねぇ……やりますなぁ。ねぇ、係長?」

「こ、こんなはずでは……!」



 そして当初30分だった予定を若干オーバーしたものの、どのドクターたちもとても満足そうな表情を浮かべて談笑をしていた。



「いやぁ、正直顔だけで抜擢された人かと思ったけど……凄い知識だね」

「あぁ、ここまで人体について理解しているMRも珍しい」

「キミは薬学部出身かね?」

「なに? 違う? なんなら医者にでもなれば良かったのにな!」



 レイカも医療についてまったく知識が無かったわけではない。

 王妃候補だった時代に日本で言う生物学に近い内容を学んでいたし、実際に解剖に立ち会ったこともあった。異世界ではより実践に近い経験があったのだ。


 そしてなにより、玲華の知識が活きた。

 生前に活かす場を与えられはしなかったが――勤勉で真面目だった彼女は入社してからずっと独学で勉強をしていたのだ。

 その証拠に彼女のアパートには、擦り切れてボロボロになった専門書が幾つも置いてあった。

 それを受け継いだレイカは無駄にはしたくはなかった。


 そのお陰もあって、今回のプレゼンは大成功を収めることが出来たようだ。

 若手のドクターも流石にレイカを見直したのか、ぞろぞろと仕事に帰っていくドクターの列から外れて彼女の元にやってきた。



「今日はありがとう、勉強になった……ん? キミ、もしかしてどこかで……??」

「ふふふ、やっと気付きましたのね。まぁ、初めてお逢いしたのはあの一瞬でしたしね」



 やっとレイカの顔をしっかりと確認した彼はすました顔を崩し、驚きの声を上げた。

 レイカの方は最初から気付いていたようだが――このドクターとレイカは以前、出会ったことがある。


 彼もそれを思い出したのか、少し気まずそうに彼女に謝罪した。



「すまない。あの時は仕事に向かう途中で急いでいたもので」

「こちらこそ、あの時はお礼も言わず申し訳ありませんでしたわ。その度は助けてくださってありがとう」

「いや、いいんだ……。そうだ、自己紹介もまだだったな。僕の名前は幾永いくなが 翔琉かける……これからもよろしく頼むよ」

「私は日南玲華です。えぇ、むしろ私どもの方がお世話になります」



 二人は駅前通りでのファーストコンタクト、そしてプレゼン前と素っ気なかった態度が嘘のように挨拶を交わす。

 どちらも普段から他者を寄せ付けないようなオーラを放っているとは思えないほどに、まるで友人や戦友に出逢えたかのような和やかな雰囲気だ。



「さっきのプレゼンや質疑の時もそうだったけど、君は患者さんだけじゃなく我々医療従事者側の事も考えてくれた。普通は自分の会社の利益を考えているとすぐに患者さんが~治療の為に~っていうのにね」


「そうですか? もちろん患者様の利益が最も大事ですけど、それを提供する側にもメリットが無ければやっていけませんわ。……もちろん、私たち会社側もですけどね?」



 茶目ちゃめっ気のあるウインク付きのレイカの回答に、少し呆気あっけにとられる幾永ドクター。

 だが少しして彼も表情を崩してニッコリと笑った。



「ふふふ。そうだね、たしかに違いない。あぁ、今日は久々に楽しかった。個人的にも興味が湧いたよ。是非ともまたキミの話を聞きたいから、都合のつく時にさっきの資料を持って来てくれ」

「承りましたわ!」

「それじゃ、またね」

「本日はありがとうございました」



 手のひらをヒラヒラを振りながら先ほどのレイカのようなウインクを返す、意外にもお茶目な幾永ドクターを見送ってホッとため息をつく。


 急にどっとした疲れが彼女を襲い、気の抜けた身体を自分で用意しておいたパイプ椅子にドサリと預けた。



「つ、疲れましたわ……でも、私やりきった……やりきりましたわよ!」



 正直なところ幾永ドクターの質問攻めには内心冷や汗がダラダラだった。


 池尾先輩も協力して質疑応答集を作ってシミュレーションを繰り返しておいたお陰でなんとかボロが出なくて済んだだけだった。

 しかしそれでも、彼女は無事にプレゼンを成功に導いたのだ。

 そして、最後の幾永ドクターの言葉がずっと彼女の頭をリフレインしている。



「あ、あれ? 私、この仕事にやりがいを感じている、のかしら……?」



 あの綺麗な顔で、自分の身分や容姿などではなく頑張った仕事を褒められた。

 自分の信念を、姿勢を理解し、楽しかったと笑顔を向けられた。

 そんなこと、未来の王妃として育てられた前世でも無かったかもしれない。



「あ、あれれ?」



 この彼女の心の中にある高揚感が、仕事による達成感によるものなのか、はたまた別の感情によるものなのか……それを彼女が自覚するのは、そう先の事ではないだろう。




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