第2章 悪役令嬢、お仕事を頑張る
2-1 いざ、戦場(会社)へ……‼︎
日本にやって来てから初めての月曜日。
レイカは他人の身体にもかかわらず、当たり前のようにしれっと会社に出社していた。
『レイカ姉さん、本当に大丈夫なの?』
「大丈夫よ。一日かけてしっかり
純粋な日本人である
とは言っても、本来の身体の持ち主である
スーツを着て身支度を終え、電車に揺られ、バスへと乗り換えて会社に向かう。異世界人生まれのレイカにとって、どれもこれもが初体験だ。
とはいえ、元々のレイカのスペックの高さも相まって、ほとんど苦も無くそれらを使いこなすことが出来た。
道路を行き交う自動車にキョロキョロと目移りをし、高速で走る巨大な電車に興奮し、バスの降車ボタンを押すのにドキドキするというお決まりのリアクションはしっかりとやっていたが。
「初めて外に出た時も思ったけど、この国の人の多さは凄いわね~。そしてこれだけの民をまとめ上げる政府。どれだけ優秀なのかしら。是非とも私も学んで……って、私はもう王妃候補なんかじゃないのよ。何を今さらそんな事を……」
つい学び取ったことは国の為に還元しようと思考が向いてしまうのは、長年彼女が常に“王妃とはそうあるべきである”と生きてきたからであろう。
ここで新しい人生を謳歌すると決めたのだから、今は会社員としてこの仕事をこなそうと
ちなみに生前の玲華の勤めていたのは国内中堅の医薬品メーカー。
その会社の
担当の病院を回り、自社の医薬品を使ってもらえるように医者に売り込むのだ。
万が一病院で採用してもらうことが出来れば会社の利益に直結するため、その働きはかなり重要なのである。
営業所に到着してすぐに、レイカは
挙動不審になって下手に怪しまれるよりかは、堂々としていた方がバレることもあるまい。
しかし普段通りを装う彼女を見て、職場の人間の誰もが注目していた。
「な、なぁ……あんな美人な社員、ウチに居たか?」
「俺は知らないぞ!? 新入社員……いや、外部の客か?」
「でも首からウチの社員証を下げているぞ!?」
レイカにも聞こえるような声量で
だがレイカは一々そんなことは気にしない。柳に風と受け流し、
――と、そこへ彼女がデスクについたのを見計らったのだろうか。誰かがレイカに近付いてくると、突然高圧的な声を掛けた。
「ちょっと、
「……はい? 私はグラン……じゃなかった。日南ですわ……ですよ? 貴女こそ、どちら様ですの?」
頭に描いていた顔とはかけ離れた人間がデスクに座っていたことで、思わず声が上ずっている年配の女性。
そしてシミュレーションとはなんだったのか、というレベルのやらかしをしてしまうレイカ。
まったく会話にならない二人の間に一瞬、変な空気が流れた。
ちなみに朝からキーキーと喧しいこの女性は、玲華の先輩である
この部署の中で幅を利かせている、いわゆるお
「ど、どちら様はこっちの
「……冗談ですわ、ハラグロ先輩」
「黒原よ!!」
ヒステリック金切り声をあげるハラグロ……改め黒原先輩。
どうやら怒りのボルテージは最初からマックスのようだ。
「なんで月曜の朝っぱらから私がこんなに怒っているのか、アナタは分からないワケ!?」
「……そう言われましても? 正直、何のことやら全く分かりません」
ハテ、と頬に手を当てて考えてみるも、思い当たる節はない。
そもそも、レイカはたった今ここへ来たばかりなのだ。もっと言えば、この世界に来たのは一昨日だ。このハラグロ先輩の腹の虫の具合なんてレイカの知ったことではない。
「アナタ、社内連絡のメールや電話をことごとくシカトしてたでしょう!? そのせいで今日の業務の準備が全然出来てないのよっ!!」
「……はぁ」
どうやらこのハラグロ先輩は休みである土日の
そのレイカはといえば、この世界へと転移したばっかりだったことや、新生活の準備でゴタゴタしていた。つまり、そんなことを気にしている余裕は少しも無かった。
「ほんっとに、アナタってどうしようもなく使えない人ね。会社に不利益が出たらどうするのよ。それともアナタが責任を取ってくれるっていうの?」
――あぁ、そういうことね。
ここまでくれば、さすがにレイカも気が付いた。
どうやらこの女が玲華を仕事とパワハラで心身ともに追い詰めていた元凶だ、と。
そしてこのハラグロ女の取り巻きと思われる連中が、机で仕事をしているフリをしながらニヤニヤと二人の様子を覗いていた。ハラグロの集団が寄ってたかって大人しい性格の玲華を苛め抜いていたのだろう。
その他の社員もこれが普段の光景となってしまっていて違和感が無いのか、レイカを誰も助けようともしない。
――否、いつもは興味すら持たない男性社員がチラチラとどうしようか迷っているのが視界に入った。美人とそれ以外で態度を変えるとは現金なモノだ。
この会社にはマトモな人間は居ないのかと、レイカは心の中で深いため息を吐いた。ともあれ、今はこの口煩いカラスを黙らせなくては。
「ですから、私は知りません」
「は? そんな言い訳が……」
「そもそも、私はお休みだったはずでは? 貴女の言う使えない人間が居ないと業務が回らない、と
――ざわっ
周囲に衝撃と動揺が走る。
『いつもは反抗することなくペコペコと謝罪してばっかりだった、あのヘタレ日南が!?』
『あの腹どころか背も脳内も真っ黒な黒原さんのイビリを、笑いながら皮肉でやり返しただと!?』
「な、ななっ!? なにをアナタは「――とはいえ、私も会社の業務にかかわる大事な連絡を無視してしまっていたのも事実。それに関しては心より謝罪致しますわ。黒原さん、申し訳ありませんでした」
急に態度を変え、椅子から立ち上がると己の非を認めて
それは下手すれば、謝罪された黒原でさえつられて頭を下げてしまいたくなるほどの、気品のあるオーラを持った謝罪であった。
これで手打ちにせよ、と社長クラスに言われているような威圧感すら感じてしまう。
――ここまで一方的にやりこめられてしまうと、もはや黒原にはこれ以上、レイカに対して追い打ちをかける余力など残ってはいなかった。
「わ、分かればいいのよ!!」
「ありがとうございます。それでは、私は本日の業務に戻りますので。失礼いたします」
今度は軽く会釈すると、再び席に着いて今日回る予定の営業先をチェックし始めるレイカ。
もうお前には用は無いと言わんばかりの態度に、さすがの黒原もすごすごとその場から退散するしかなかった。
「な、なんなのよこの子……まるで人が変わったみたいだわ……」
ぶつくさと文句を言いながらも、彼女の背中は冷や汗でダラダラである。
短い時間であったが、今までに感じたことの無い高貴な人物と直面してしまったかのような緊張感があったのだ。
負け犬のように自分の取り巻き連中に愚痴をブチ撒けて苛立ちを解消する黒原。
「なによ、クズ女のクセに……いつか必ず、やり返してやるわよ!!」
こうしてもう一人の自分を殺した相手とのファーストコンタクトは、レイカの完全勝利で幕を閉じた。
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