第77話 一番の薬

 廃城を後にし、すれ違う人々にかつて城にいたアラミスという人を知らないか尋ね歩いたが、誰も知らないと笑顔すら見せずに立ち去っていく。


 未だかつて見たこともない殺風景な景色。

 王太子だという自分にこの国で何が出来、どうしたら彼らを救えるのだろうか。そんなことを考えながらアラミスを探しているうちに、さすがに歩き疲れてきた。

 何処かで休息する場所を探そうと、河畔に向かった時、大勢の笑い声が聞こえてくる。

 その声がする方に向かうと、十人程の大人や子どもが芝生に座り一人の男の話を聞いて笑い転げている。

 その男は木の切り株に座り、小話を話していた。


 内容は大した話ではないのだが、男はこれを面白可笑しく脚色して、演じるように話し聞かせている。その声色や間、テンポは人々をたちまち魅了し、まるで何かの魔法にでもかかったように、夢中になって聞き入り、皆涙を流して笑っていた。


 夢も希望も見出すことのできないこの絶望的な世の中にあって、心だけは笑いで満たされ豊かになっている。


 ヒロはそんな彼らの楽しそうな表情を見ているだけでグッと込み上げてくるものがあり、強く胸を打たれる。

 程なくして、お開きの時間になったのか、聞いていた人々は笑いながら立ち上がり、男と握手をしてその場を離れていった。


「笑いは一番の薬です。どんな高価な薬草よりもね。そう思わないですか、薬屋たち?」


 情報屋の頭巾は辞職の申し出をしたときに脱ぎ捨ててきたが、薬屋の振りをしていた着物は身に着けたままであった。

 しかし今の彼らは薬屋でもなければ、情報屋でもない。

 男は柔らかな物腰と上品な顔つきをしており、年は四十半ばでくすみのある灰色の髪色をしていた。座っていた切り株から立ち上がりながら、三人の方にその薄いグレー色の眼差しを向ける。


「見慣れない顔ですね。薬屋とはまた珍しい。しかしここの人々は先立つものがなく、薬を買うお金すら持ち合わせていない。残念ながら薬は売れませんよ。他で商売したほうが賢明だ」


「いや、俺たちは薬屋の身なりをしてはいるが、薬屋は廃業したばかりなんだ。アラミスと呼ばれる昔、城で国王に仕えていた人を探している」

「………廃業したばかり。それでは現在、無職ですか?」

「うーん。それについては何と言ったらいいのか。ミッカ様の侍女をしていたベガという人の遺言でアラミスを訪ねるように言われ………ゴクリ」

 先程から、肉の焼ける香ばしい匂いがあたりを包み込み、ヒロは溢れ出る唾液が止まらない。


 ペンダリオンとの食事は、早くその場を立ち去りたい一心で口をつけなかったし、ほとんど飲まず食わずで、この国に辿り着いた。

 手がかりもないまま廃城を後にし、ひたすらアラミスを探し歩いた空腹時にこの匂いはさすがにきつい。


「じゅる……」

 隣を見ると、涎の止まらないテルウが手の甲を口に当て、飢えた狼のように目をギラつかせすでに戦闘態勢に入っている。


「ちょうど、猪が焼き上がったようです。召し上がりますか? 本当は話を聞いていた方々にも振舞いたかったのですが、焼ける時間が微妙にずれてしまった。それにあなた方、かなり空腹のようだ。先程から涎が………」


 気が付けば三人とも口元から出っぱなしの涎を手の甲で拭っていた。

「いや、見ず知らずの人に御馳走になるというのは……、それに弟は見た目、痩せているが猪丸ごと一匹食べそうな位大食漢なんだ」


「それはよかった。実は一匹仕留めたのです。残したら勿体無いので是非」

 男は笑いながら歩き出し、彼らも結局、誘惑に負けてしまいその後に続いた。


 猪は川の近くの屋外で木に吊るされ炭火で丸焼きにされていた。

 奥には男の住処らしい質素な小さい家屋が見えている。

 彼らの為に腰掛けになりそうな丸太を持ってきてから、男はいきなりナイフで猪の肉をそぎ落とし、大きい木の器にドーンと豪快に盛りつけた。


「さあ、遠慮なさらずどうぞお召し上がってください」


「こっ、このまま? 付け合わせのソースや味付けもなしで? フォークやナイフは?」

「ありません。他国ではどうか存じませんが、ここでは素材そのものの味を引き出す、素朴な味が好まれます。弟さんはかなり気に入ってかぶりついていますが?」


 すでにテルウはドーンと盛られた器から削ぎ落とされた骨付き肉をどんどん口に運んでいる。

 もはやその姿は美しい野生の狼が目覚めた瞬間とでもいうべきものを思わせ、色っぽく骨を綺麗に舐めている姿に、ヒロでさえうっとりと心奪われてしまいそうだ。

 その食べっぷりに触発されてヒロも骨付き肉を素手で掴みパクリと食べてみる。

 確かに炭で丸焼きにする事で素材本来の旨味が引き出され、奥深い味へと変化していた。

 また溢れ出る肉汁と唾液とが混ざりあい、もぐもぐと咀嚼する度に柔らかくなり、喉元をすっと落ちていく。


 その男は自らも肉をちょくちょく口に含みながら、彼らのために肉をひたすら削ぎ落としていた。


「それで、その遺言とは?」

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