第75話 バミルゴの紋章

「はあ、行ってしまいましたね。良い子たちだった……」

 窓から名残惜しそうに、旅立った三人を見下ろしているロイに向かい、出された食事をようやくとりながらペンダリオンは指示を出した。


「ロイ、彼らから目を離すな」

「は? それはパシャレモが気になるからですか?」

「いや、パシャレモはただの農業国だ。国としての価値は殆どないよ」

「それならどういう理由で?」


 ロイが後ろを振り返りペンダリオンに訊ねたところへ、白い頭巾を被った古参の男が剣を大切そうに抱え飛び込んできた。

「鑑定の結果が出ました。紛れもなく本物です!!」


 古参の男からペンダリオンは持っていた剣を受け取り、物珍しそうに握った剣を天井に向けて表側と裏側、全体を隈無く観る。そして片目を瞑り剣の角度を付けながら刃文を観た。


「………恐ろしいな。白く輝く波のような刃文を見ているだけで、体中何かが駆け抜けるようだ」

「それは?」

「これは正真正銘のバミルゴ剣だ。実物を目の当たりにするのは私も初めてだがね」

「バミルゴ剣!! あの幻と言われた?」

 ロイは一目見ようと窓辺からペンダリオンが持つバミルゴ剣へと駆け寄った。


「………そう、この世界中で最も鋼の強度が高く、最も切れる剣だ。デルタトロス山脈に例え崇める人々もいる。何故かこれが貴族の屋敷の裏手の原っぱに落ちていた。しかもそれはただの兵士が持つものではない。ここを見ろ。よく見るとバミルゴの紋章二本の交わる剣が鍔の所についている」

「というと?」

「これを所有することができる人物は宗教国家バミルゴではただ一人。つまりあの原っぱにアルギナがひた隠しにする秘密がいたという事だ。あの国に送り込んだ多くの仲間達が辿り着くことの出来なかった秘密がね」

「どうしてそんな人物が裏の原っぱに?」


「彼らは五年前、バミルゴについて在り来りの情報しか話さなかった。でもさらに深い何かを知っていた可能性が高い」

「そうか、そういった理由から彼らより目を離さないということですね。前から伺いたかったのですが、どうして五年前彼らをフォスタで助けたのですか?」


 ペンダリオンは「うーん」といって天井を仰いだ。

 そのまま天井を向いたまま

「勘かな。彼らは絡んできた男たちを難なく退けることができたはずだ。それを敢えてしなかった策略に興味があったのと、あとは血かな……ハハ。ところでロイ、君は予言というのを信じるかね?」


「予言ですか? 自分はわりと現実主義者だと思っていますが」

「……君は本当に狸だな。いや、悪い意味に取らないでくれたまえ。むしろ誉め言葉だ。私の隣にいる人物が何かと詮索するような者だと、こちらもやり難いのでね」


 ロイは褒められているのか貶されているのか分からず、どう反応すべきか迷い、出されたスープをずずっと啜りだすと、彼も同じようにスープを啜った。

 すると急にペンダリオンは思い出し笑いをするように、グフっと口に含んだスープで咳き込みだし、しばし咳き込むのが落ち着くまで今度は含み笑いを浮かべる。



「………昔、在る所に予言者の女がいた。その女は言った。自分から生まれてくる子どもは将来、大陸の行く末を決定する重大な謎を解き明かすとね。アハハハハハ! まったく愉快だ! ハハハハハ」


 それは、この思考の読めない男のことを心底恐ろしいとロイが思った瞬間だった。

 思考が読めないどころか、訳の分からないことを呟き、完全に我を忘れて大声を出し狂ったように笑っている姿は見ていて鳥肌が立つ。


 事の始まりはあの貴族の館で、壁に穴が空いている玄関ホールを見たときだった。

 突如、ペンダリオンはいきなり大声で笑い出し、あまりにも笑い過ぎてその場に引っ繰り返ってしまったのだ。

 ロイは慌てて身体を起き上がらせたが、そのままずっとタガが外れたようにクククと笑い続けた。


「バミルゴの秘密に破壊の神……。世の中は混沌とするだろう。さあこれからまた忙しくなるぞ!」


 そして机の上に並んでいる豚の腸詰をフォークやナイフを使わずいきなり手掴みで口に運んでいる。

 口の周りを真っ赤なソースでべっとりと汚しながら、その茶色の瞳は虚空を見つめているだけだった。




「おっ、おいどうしたんだよ、ヒロ! さっきから変だぞ!」


(………比類なき、破壊の神の祝福を)


 ペンダリオンが放った最後の言葉は神経を逆なでし、ヒロをひどく苛立たせた。


「あっ、あいつ、俺の力のことに気付いていた」

「それはきっと、あの貴族の屋敷の玄関ホールを見たんだ」

「貴族の屋敷?」

「ああ、お前は力が発動していたから気づかなかったかもしれないが、何もかもがぐっちゃぐちゃに歪み壁には穴が空いていた。そうだよな、テルウ?」

「ああ、ぐっちゃぐちゃだった」


 あの力が発動………。シキは制御できるが自分は出来ない。

 これ以上、カイやテルウを悲しませるわけにはいかないと、当面の目標は力を制御することだと思いながら、ベガが亡くなった廃坑の前に辿り着く。


 廃坑は大きな石が崩れて出入り口を塞ぎ、中に入ることは勿論できなかった。

 そこへヒロ達によって助けられた子どもたちが大勢、ベガが身を寄せていた家の主と一緒に花を手向けにやってきた。


「あのお姉さんが亡くなったと聞いて」

 子どもたちは神妙な面持ちで順番に廃坑の入り口に花を供える。


「君たちもお姉さん………ベガに救って貰った命を大切に」

 そう言って、子どもたちと別れたあと、ヒロは心の中で呟いた。


 ベガ。これから俺はあなたの故郷パシャレモに向かうよ。

 あなたに救って貰ったこの命の続く限り、国の再建復興を誓おう。

 そして、最期にあなたに言われたように、首にかかる母親の形見であるこの指輪を、たった一人の愛する人に贈るために………。


「さあ、亡国パシャレモに向かおう!」

 子どもたちに別れを告げて、ヒロ達はペンダリオンに貰った地図を頼りに、山脈の東側のルートを通りパシャレモへと向かった。

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