2,000字で読むエッセイシリーズ
ukiyojingu
#1——50年前に想像された未来の上に立つ
23時前、京都の自室で文章を書いている。今日は提出締め切りの迫った申請書類を作成した。外の天気はとてもよく、いつもなら夕方から出かけることなんでないくせに外に出かけて本を読むことにした。家賃2万9千円の小さな部屋には自転車置き場なんて贅沢なものはなく、いつも折り畳み自転車を部屋の中に入れている。タイヤが小型だからかあまり漕いでも進まず、また8階の自室からエレベータを使用して持って降りることがまず大変なのだが、それでも決まり事なのだから仕方がなかった。折りたたんだ自転車をエレベータのなかに押し込んで1階に向かうボタンを押す。1階についたとたん、目の前には決まりを守らずに駐輪された自転車が何台も置かれていた。決まりなんてものは、それに従う人の同意があって初めて意味をもつものだ。そんなことは当然、分かってる。腑に落ちない思いを抱えながらも、私は次第に暗くなっていく京都市内を自転車でかけていく…
行き着いたのは最寄りのファストフード店だ。自宅で勉強することがどうしてかできないので、私はよくこの店に入ってカフェオレのみ注文し、人があまり通らない隅っこの方でもくもくと作業していることが多い。人の目線を気にする必要がない隅っこは好きだが、ひとたびパソコンを開けば私は逃げることのできない締切屠ご対面することになってしまう。もちろん、締め切りは守らなければいけない。文章を書き始めるのだが、そのとたん、ファストフード店での隅っこはもはや隅っこではなくなってしまう。私は自閉することを許されないのだ。
書類はなかなか進まなかった。その理由は簡単で、書きたくないからだ。別に書類が嫌いなわけではなく、この書類を書いた後の審査が何よりも緊張するようで、嫌いだった。何せ、人の目につかないところで苦言や暴言、皮肉を言われているかもしれない。もちろん、現実にそんなことはめったにない。これは私の妄想だ。だが、実際にそうなる可能性があるのなら、それは可能性を持っている点で妄想とも言い切れないのではないか。そんなことを言っても仕方がないのだが、書類の執筆は進まない。携帯電話でデザリングをして、パソコンをオンラインにする。普段は集中したいときにはSNSを開くことはないのだが、どうしても仕事したくない思いでAmazonプライム・ビデオを開いた。ちょっとずつ映画を見ながら、書類を書いてやろう。そうしたらあきらめずに書けるはずだ。
20時。蔓延防止措置のため、店を追い出される。結局、完成度は75%といったくらいか。完成していないじゃないかとも思ってしまうが、個人的には「まあ頑張ったんじゃないか」と胸を張ってしまいそうになる。結果がすべてとなりがちな実力至上主義の世の中で、結果に至るまでの努力の数々は決して評価されるものでは無いだろう。だからこそ、自分で自分をほめるのは精神衛生上、良いことだと思っている。駐輪場で自転車を回収した途中で、せっかくなので大学に行こうと決心した。せっかく部屋の折り畳み自転車を引きずり出してきたんだから、ある程度は仕事してもらわないと勿体ないじゃないか。とはいえ、もはや現在時からは真逆の方向だ。しかも、もう20時だ。でも、私は自宅に帰ったら申請書類を書ききらないことが自分の中で分かっていたから、大学で完成させるまでは帰宅しないという確固たる思いを持っていた、かくして私は大学に向かうのだが、坂がとても急で自転車では少しつらい。なんせ、タイヤが小型だ。いかにもという京都の街並みを一人で、全力で漕いでやっとたどり着く、もう20時半だ。
22時。書類は無事に完成し、帰宅した。実家でもらった缶詰を湯煎して温める。カレーの缶詰だ。炊飯が終わるタイミングを考えながら湯煎をはじめ、それまではただ画面に映る映像を眺めるだけだった。画面の先にあるのは未来の映像をイメージした動画たちだ。幼いころに、昭和の中期か後期に当たる時期の百科事典を見たことがあることを思い出す。曰く、2000年を過ぎたころの未来にはリニアモーターカーが日本中を駆け巡り、世界は今よりもずっと快適だそうだ。輝かしい未来を想定していたあの時から、およそ40年か50年は経過しただろうか。想像された未来に対して、どうしても現在を悲観的に見てしまう私はなぜだろうか。現代の私たちが想像する光輝く未来とは、いったいどのようなものだろうか。
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