彊春幽鬼獨醉吟

彊春幽鬼獨醉吟



――けふはメイデイなので

取敢へず試作ではありますが

起て萬國の勞働者と云つた具合でありまして――


蕗の薹や土筆がもりもりと土を割る


それも時閒軸に於いては既に過去の話


日高見の北の國は

俗に云へば

「春たけなは」


この春は實に强い


嘴太の烏

いたくな啼きそ

その聲音こはねは恰も嘴細の烏

たつとき烏よ

しづの聲をちて

甚くな啼きそ な啼きそ


「日本赤蛙ですつて。圖書舘で調べたもの」

さいは云ふが

果たしてさう巧く行くのであらうか

まあ 蟾蜍ひきがへるでないことは慥かなのだが

殿樣蛙やも知れぬ

ああ これは蛙の卵の話


雪解けの冷たい水がこんこん湧いて

その雪はあのやうに

世の塵芥を悉く身に纏ひ

お化け達磨その儘に

堅く凍つたあの雪なのだ


融點を越えて集まり來たつた

冷たい水の溜まりには

鷄子とりのこの渾沌の裡にも生命の兆し

アシカビノヒコヂノアレマスゴトク

そのうちには白き蛭子もゴザンナレども

ああ これは蛙の卵の話


物がれば九十九神になる如く

雪も

地にり立つて月日を數へ

世の憂さ辛さも身に染みて

さうして鞏固きようこ

惡鬼あくき羅刹らせつと凝り固まつてゐたのだが


この春は實に强い


おーたまじやくしぢや

おーたまじやくしぢや

朽ち葉の下ぢや


トヲヲノサクラ

その下で土筆の天麩羅を喰らひ

たらの芽のオシタシを喰らひ

酒を呑み 酒を呑み 酒を呑み

櫻の下には人が埋まつてゐると云ふけれど

そ の されかうべ も わたくし の さけ を


呑めぬと云ふ法はない!


いやいやほんとに出て來ては困るよ

僕だつてそれは怖いんだから


姉が手を引き行きました

オトトハコトシヤウヤクイツツ


花は雲霞の朧にかすみ


姉は悉皆しつかい知らぬふり

オトトはちらちら見てゐます


カラス カラス

イタクナナキソ


オヂサンガソンナニコハイカネ?


その男は

曖昧な笑みに

私を一瞥すると

慥かにさつと目を逸らす


「日本赤蛙ですつて。圖書舘で調べたもの」


どうやら私の同僚らしいのだが

踵を返して向かうへ戾る


曖昧な笑み 花は朧


ああ 私にとつて唯一眞實らしいのは


天網恢々疎にして漏らさず

雪の達磨も溶けました

芥は土になりました


目を逸らした君と

目を逸らされた僕と

どちらの心がより痛い?


姉は悉皆しつかい知らぬふり

オトトはちらちら見てゐます


君の心が痛からう

君の心が痛からうねえ

僕はただただお酒を呑むよ


ナカナイデ ボツチヤン

ナカナイデ――


花は雲霞の朧にかすみ

櫻の下に埋まつたあの人は

ああ これは蛙の卵の話


オイオイ キミキミ

オスシヲアゲヨウ

オヂサンガソンナニコハイカネ?






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