第六章 魔王を追って!
戦いの中のまめたんっ!
「着弾を確認! 標的は可視光屈折膜を展開している模様!」
「ヨォーシ。いいぞ、散開しつつ砲撃を継続。どうせ魔王は砲撃程度で死にはせん。同行者は知らんがナァ……?」
マイラルド連王国が誇る技術の粋を集めて建造された飛翔船艦隊。
剛健で精巧な作りの艦内で報告を受ける整った髭を伸ばした初老の男が満足そうな笑みと共に大きく頷いた。
眼下の平原からは幾筋もの黒煙が上がっている。その抉られた大地からは、艦隊が放った初撃が相当な殺意をもって行われたことを如実に現わしていた。
「さすがジョンブルマン将軍! 猫の森での一件からいち早く魔王の居所を推測し、見事的中させるとは! 将軍の爵位がまた上がってしまいますな!」
「ウームウムウムウム。まだ油断するのは早いぞ諸君。なにせ相手は我らが人類の脅威たる魔王。そして災厄の魔女フェア。どのような詐術、奇術を用いて抵抗してくるかわからぬ」
ジョンブルマンと呼ばれたマイラルド連王国の老将軍は、頷きつつもその顔に浮かんでいた笑みを消し、皺の刻まれた顔に油断ならぬ眼光を湛えて全軍に告げる。
「よいか、この戦いは総力戦であるッ! たとえ僚艦が撃沈されようとも構わず撃ち続けろ! 地上へ落ちたならば、銃と剣を持ち敵に挑みかかれ! この地で魔王を捕えるまで、我らが祖国の大地を踏むことはないと心得よッ!」
「オオーーーーッ!」
将軍の発したその号令に、将軍の座乗艦だけでなく、それらを囲む全ての艦船から勇猛な声が響いた。
事実、この場に居る彼らの戦力は、それだけで並の国家ならば手も足も出せずに一方的に占領できるほどの物だった。
その上、勇猛かつ歴戦の将軍に率いられた彼らの士気は高く、たとえ魔王と災厄の魔女が共に相手であろうと、必ずや勝利を手にすることが出来る。数十を超える飛翔船に乗り込んだ士官達は、皆そう信じていた。しかし――――。
「――――ほう。随分と威勢が良いではないか。まあ、すぐに恐怖と絶望に泣き叫ぶことになるわけだが」
「な、なにっ!?」
突如として船内に響いた冷たく透き通った声に、その場に居合わせた全ての者達の視線がその声の主に注がれた。
一体いつの間に現れたのか。そこには、美しく七色に輝く白銀の長髪をなびかせ、灰色のローブから白い肌を覗かせた絶世の美女が立っていた。
「ま、さまか――――貴様はっ!?」
「今までこの私と魔王に挑んだ愚者共がどのような惨たらしい運命を辿ったか……まさか知らぬわけではあるまいな? ――――貴様らの目的を言え。魔王を捕え、どうするつもりだ? 返答いかんによっては手心を加えてやっても良いぞ……?」
「やはり……さ、災厄の魔女か……ッ」
将軍も、士官達も、皆その場を動くことができなかった。
目の前に現れた伝説の魔女が放つ圧倒的威圧感に、全員が蛇に睨まれた蛙のように全身を強ばらせ、冷たい汗を拭きだして恐れおののいていた。
「い、一体どうやって、ここまで……」
「――――質問しているのは私だ。まあ、答えたくないのであればそれで良い。この船もろとも、貴様らも消し去るのみだ」
「ぐくっ! 我ら連王国の士官を見くびるなよ魔女めッ! 全軍! この船ごと魔女を撃てえええええッ!」
「ほう?」
それは正に決死の叫びだった。
フェアの鮮血にも似た赤い瞳に見据えられながらも、この艦隊を預かる歴戦の戦士であるジョンブルマンは、自らの命が失われることも厭わずに最後の命令を発したのだ。
感心するように息を吐いたフェアの眼前。
その額に脂汗を滲ませながら、ジョンブルマンはしてやったりとこわばった笑みを浮かべた。そして次の瞬間には、何もかもを飲み込む閃光が全てを焼き尽くしていった――――。
● ● ●
「ああっ!? フェア様っ!?」
「へぇ……さすがに魔王を狙うだけあって、なかなか良く訓練されているようだね。まあ、フェアのことは心配いらないよ。あの程度でどうこうできるような私たちじゃない」
「私もそう思いますっ。それより、アルルンの準備はどうですか?」
今度は上空で炸裂した無数の豪炎の光に照らされながら、地上のキャラバンで待つアルルン達はフェアから指示されていた準備を進めていた。
既にアルルンは馴染みの小さな鎧を身につけ、二つの盾もしっかりと背負っている。
「うんっ! 心配してくれてありがとうピコリー。まだ試していないから絶対大丈夫かはわからないけど、ピコリーやフェア様から教えて貰ったことを思い出して、頑張ってみるねっ!」
「気をつけてね……絶対に無理はしないで……っ」
心配そうに見つめるピコリーを安心させるように頷くと、アルルンはキャラバンの窓枠から身を乗り出し、黒煙渦巻く外へと飛び出していく。
そしてそんなアルルンの背後から、すでにフェアによって瓶から解放され、ピコリーのお守りとして戦場に駆り出された法皇エクスがアルルンへと声をかけた。
「ピコリーさんのことは私に任せておくといいよ。心配しなくても、魔王という存在も元はと言えば私の主である神様が作ったもの。さっきも言ったとおり、
「そ、そうですか! わかりました! ピコリーのこと、よろしくお願いします法皇様っ!」
「もちろんだよ。ま、残念ながら君には神のご加護はないだろうけどね」
その言葉を背に、アルルンはキャラバンから大地へと飛び降りると、一目散に地面を蹴って離れた位置へと駆けだしていく。
すでに上空ではフェアが乗り込んだ連王国の旗艦が爆発炎上し、煙の尾を引いて青い海めがけて落下を開始している。
同時に、フェアの魔術によって守られたキャラバンから離れたことで不可視の術が途切れ、上空の兵士達からもアルルンが視認可能となってしまう。
当然、突然その場に現れたアルルンを怪しんだ連王国の艦隊は、一斉に次の標的をアルルンへと定める。
「ちゃんとやるんだっ! フェア様が教えてくれたこと、ピコリーが信じてくれたこと――――そして、レオスさんが僕に何度も伝えようとしてくれたことを、ちゃんとやるんだっ!」
アルルンはその小さな体で草原の波の中を一生懸命に走り抜ける。そしてそうしながら背負った盾を構えると、軽快な動きでくるりと後方に向きを変えた。そして――――。
「アルルン・ツインシールドの名において告げるっ! 我ら決して許されること無し――――この身尽き果てるまで、汝らの恨み消えること無し!
アルルンの青い瞳が自身を狙う漆黒の艦隊全てを映し出し、その中に乗る全ての連王国士官を認識する。
アルルンの小さな口から放たれた宣言――――告知といっても良いその叫びが上空の飛翔船に乗る士官達の耳に、意識に、本能に伝播し、彼らの魂をたった一つの激情で塗り潰す。
「う、うおおおああああああ! 全軍、あの子供に突撃ィィィィィ!」
「あのガキを許すなあああああッ!」
次の瞬間。士官達の脳内からは一切の思考が消えていた。
魔王のことも、目の前で爆散した将軍からの指示も、何かもが消えていた。
十を超える飛翔船はその全てがみるみるうちにアルルンめがけて急降下を開始。
全ての士官がその全身にアルルンに対する怒りと力を漲らせ、全員が同じようなぐるぐるパンチの格好で、アルルンに襲いかかろうと次々に船から降りていったのであった――――。
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