もぐもぐするまめんたんっ!


「お待たせアルルン。朝食が出来ましたよ。今日もいーっぱい、食べて下さいねっ!」


「うわあ……ありがとうございます、ピコリーさん。毎日毎日、朝からこんなに沢山のご馳走を頂いてしまって……」


 木製の壁に四方を囲まれた決して大きいとは言えない室内。 

 ピコリーは部屋の中央に置かれたテーブルの上一杯に料理を並べ、そのあまりの量に驚くアルルンににっこりと微笑む。


 時刻は早朝。外からは鳥達のさえずりが聞こえ、窓枠からは白い陽の光が眩く射し込んでいる。

 

 災厄の魔女フェアと魔王ピコリーによってアルルンが助けられてから二日。

 現在、アルルン一行はフェアの生み出したの中に乗り込み、城塞都市サーディランから続く深い森の中を南に下っていた――――。


「気にしないで下さいっ。毎日の食事にはアルルンの未来がかかってるんですっ! それと、私とアルルンは一つしか違わないんですから、私のことも構わずピコリーって呼んで下さいね」


「あ……ごめん。ピコリー……」


 アルルンはピコリーの微笑みに鼓動を早めながら頬を染め、呟くようにして彼女の名前を呼んだ。


「はいっ」


 照れに照れた小さな声ではあったが、ピコリーはアルルンの発した自身の名前に満面の笑みを浮かべた。

 その長く美しい緑髪を一つにまとめ、ダークベージュのエプロンを纏って飛び跳ねるように手際よく料理を準備するピコリーは、まだあまり女性慣れしていないアルルンの目から見てもとても可憐だった。


「ふあぁ~あ……なんだなんだ、今日も随分と用意が良いではないか……私と二人の時には一度たりともこんなことは無かった気がするが……」


「え? そ、そうでしたっけ? ひょっとして、フェア様も長生きしすぎていよいよボケてきてるんじゃないでしょうか?」


「おはようございます、フェア様」


 そんな二人のいる室内に、いくつもの黄色いお星様が描かれた三角帽子をかぶり、帽子とお揃いの星柄パジャマ姿のフェアがあくびと共にやってくる。


「うむ……おはよう。ピコリーよ、今の暴言は食わせて貰っている身として不問にするが、私は断じてボケてはいない……ふぁ~あ」


 普段から青白い肌のフェアだが、早朝のフェアは更に輪をかけて青白い。起きたばかりだというのに目の下には隈のようなものが浮かび、瞳は虚ろで足取りもおぼつかない。

 フェアはそのままフラフラとアルルンの正面の席に座ると、既に用意されていた暖かなカップの中身に口を付ける。


「ふふっ……フェア様は朝にとても弱いですから。アルルンも、何か日頃の恨みとか言いたいことがあれば、朝に言ってしまうのがお勧めですよ」


「へ~……フェア様にもそんなところがあるんですね!」


 普段の高圧的で余裕のある姿からは想像もつかないフェアの有様に、ピコリーは微笑み、アルルンは驚いたように目を丸くして声を上げた。


「チッ……認めたくはないものだがな……私は貴様ら二人のような、弾け飛ぶ若さはとうにどこかに投げ捨ててきたのだよ」


 その美しい指先を眉間にあて、はっきりとしない意識を覚醒させようと頭を振るフェア。

 フェアのその言葉通り、十三歳のアルルンと十四歳のピコリーは、不老不死の存在として数千年を生きる災厄の魔女フェアから見れば赤子のような若さだった。


 ピコリーは確かに魔王という不滅の存在だが、魔王はフェアのように意識も肉体も同一のまま不滅というわけでは無く、があるのだという。

 魔王は齢百歳を迎えるときまで年を取らずに過ごすが、丁度百年を迎えると同時に消滅し、大陸のどこかに存在する次の依り代に記憶と能力を受け継がせて存続する。ピコリーも十四歳の誕生日を迎えたその日に魔王の力を受け継いでしまい、以来逃避行の日々を続けているのだ。

 そのためピコリーはまだ魔王になってから日が浅く、先代までの魔王がフェアと過ごした記憶なども、ぼんやりとしか思い出せないと言っていた。

 フェアが言うには、この代替わりの仕組みこそが、魔王という存在の最も厄介な部分だということだったが――――。

 

「――――では、頂くぞ」


「いただきますっ」


「はい。どうぞ召し上がれ」


 木製のスプーンを手に取り、早速ピコリーの朝食に口を付けるアルルンとフェア。ピコリーもエプロンを丁寧に畳んで棚の上にしまうと、少し遅れて料理に口を付けていく。


「……今日のお料理もとっても美味しいですっ。僕、もしかしたら今までこんなに美味しいお料理を毎日食べたことないかもしれません……」


「昨日もいっぱい喜んでくれてましたよね。そんなに喜んで貰えると、私も凄く嬉しいです……」


 もぐもぐと食べられるだけ食べながら、満面の笑みでピコリーに感謝を伝えるアルルン。

 アルルンの生家は全くもって裕福ではなかったため、そもそも朝食を食べることができるというだけでとても有り難いことだった。

 アルルンの体が人より小さいのも、原因は食生活にあるとフェアは睨んでいた。


「大量の卵に魚……さらには豆と干し肉をあえたチーズのサラダか……ピコリーよ、私の教えを忠実に実行してくれているようだな」


「はいっ。フェア様の教えて下さったとおり、アルルンの体がおっきくなるメニューを研究してます」


「もぐもぐ……はむはむっ」


 並べられた料理を優雅に口に運びながら、フェアが満足げに頷いた。

 実はこれらのメニューは全てフェアの指示であり、ピコリーは魔王の力をほんの僅かに応用することで、アルルンのための食材をで調達してきてくれていたのだ。


「うむ。せいぜい食べるが良いアルルンよ。貴様はまだまだ伸びる余地がある。強靱なタンクとなるためには、しっかりとした食事こそ肝要。我が元で大いに食べ、ムキムキと育つのだッ!」


「わ、私は……今の小さくて可愛いアルルンでもいいと思うんです――――けど、アルルンが立派なタンクになりたいって言うなら、私も精一杯応援しますねっ」 


「ありがとうございますっ。僕……いっぱい食べて、絶対に立派なタンクになってみせますっ!」


 口の端に黄色い卵のくずをつけ、スプーンを手に心の底から幸せそうに微笑むアルルン。

 フェアもピコリーも、そんなアルルンの笑みを暖かく見つめるのであった――――。

 


 




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