魔王軍に加入するまめたんっ!


 災厄の魔女という自身の正体に続き、フェアが明かした驚愕の事実。

 いくら倒しても根絶やしに出来ぬ魔物達の根源にして、全人類の大敵――――魔王。

 その恐るべき魔王の正体が、今自分のすぐ隣で俯く美しい少女だというのだ。

 アルルンは驚きつつも、自分を助け、治療してくれたピコリーが魔王であるというその言葉を信じられず、寝台から身を乗り出して声を上げた。


「ピコリーさんが魔王って、どういうことなんですかっ?」


「言葉通りだアルルン。ピコリーは、貴様も共に旅をした勇者レオスが執拗に狙う魔王だ」


「っ! なんで、僕がレオスさんのパーティーにいたことを……っ?」


「貴様が眠っている間にちと記憶を見させてもらった。勇者との旅はさぞ楽しかったようだな?」


 目の前で足を組み、相変わらず品定めするかのような目線を向けるフェア。既に隠し事も出来ぬ状態であること告げられ、アルルンは愕然として押し黙る。

 あまりの出来事に考えが及ばなかったが、フェアの持つ力はやはり災厄の魔女と呼ばれる者のそれだった。

 他者の記憶を読み取り、街に迫る魔物達の軍勢をたった一人で滅ぼしたという。やはり今アルルンの目の前で妖艶な笑みを浮かべるこの女性は、恐るべき魔女なのだ。だが――――。


「あれ――――? でも待って下さい、貴方やピコリーさんが魔女と魔王なら、なんで街を襲っていた魔物達をやっつけたり、僕を助けたりしてくれたんですか? あの魔物達はお二人の仲間なんじゃ……」


 そう、そこまで考えてアルルンは重要な点に思い至る。

 もし二人が本物の魔王と魔女であるならば、彼らがけしかけていると言われる魔物達を打倒したり、あまつさえ自分達の邪魔をしようとしたアルルンを助ける必要などどこにもないはずなのだ。


「そんなっ! 仲間なんかじゃないですっ! 本当は、私だってなんとかしたくて……っ」


「ピコリーさん……」


 アルルンの疑問に、ピコリーはすぐさま否定するように顔を上げ、アルルンにその透き通った緑色の瞳を向けた。

 先ほどは必死にアルルンを庇おうと声を張り上げていたピコリーだったが、改めて見るピコリーの姿はアルルンとそれほど歳も背も離れているようには見えず、どこにでもいる普通の少女にしか見えなかった。


「ピコリーの言葉は正しくもあり、誤りでもある。アルルンよ、貴様も聞いたことはあるだろう。と」


「はい……どんな剣や魔法で傷つけても、絶対に倒せないって……」


「そうだ。その伝説通り、ピコリーを完全に滅ぼすことはこの私の全魔力をもってしても不可能だ。そしてその強すぎる生命力は、ピコリーの存在する場所の周囲に今もたれ流され続けている――――魔物の姿となってな」


「えっ!?」


 その言葉に、更に驚愕の色を深くするアルルン。いつしかアルルンは四つん這いの姿勢から再びピコリーの隣へと大人しく戻ると、両足を抱えた体育座りの姿勢となってフェアの言葉に耳を傾けていた。


「ピコリーは、自分の意志とは関係なく今もこうしているだけで周囲に魔物を生み出す存在なのだよ。仲間どころか、魔物の生みの親と言って差し支えない。だが、その力は上手く使えば役にも立つ。死にかけの貴様をすぐさま傷一つ無い状態まで治療したのもピコリーの生命の力だ」


「そうだったんですか……」


 驚きつつも、アルルンは深く思案するように真剣な表情で足を崩した。

 アルルンのすぐ隣で同じように座るピコリーに目を向ければ、彼女は不安そうな様子でアルルンをじっと見つめている。


「フェア様の話は本当です……私が生きているせいで、今も世界中で大勢の人が傷ついている……っ! 私も、って……でも……でもどうやっても死ねなくて……っ」


「――――っ!」


 ピコリーの発したその言葉に、アルルンは胸を締め付けられるような痛みを感じた。先ほどまでの明るい少女の言葉とは思えない、あまりにも重すぎる言葉だった。


「私がこうしてピコリーの傍に付き従っているのもそれが理由だ。私の魔力でピコリーの力の流出を僅かでも抑えなくては、とっくに世界など魔物の楽園になっている。全く難儀な事よ」


「だから、伝説でもずっと二人は一緒にいるって……」


 フェアやピコリーの話すそれらの事実を、アルルンは自分でも驚くほどに素直に信じることが出来た。

 アルルン自体は少しばかり身の危険を感じることもあったが、今こうして話している間に、フェアやピコリーから邪悪な人柄を感じることはなかったし、自分を助けてくれたことは紛れもない事実だったからだ。


「フェア様は、いつも私のことを一番に案じてくれているんです。ほんの少しなところがありますけど……とっても信頼……いえ、それなりに信頼できる人です……」


「おい、なぜ最後でトーンダウンする!? 私との数千年の絆はどうしたっ!?」


「だからこそですっ! さっきだってアルルン君に変なことをしようとしてたじゃないですかっ!」


 アルルンの前で慣れた様子で言い合いを始める二人。そんな二人の様子からも、やはり邪悪さは欠片も感じられなかった。 


「というわけでな、貴様にもピコリーを守る手伝いをして欲しいのだよ。先ほどサーディランを襲った魔物を私が殲滅したと言っただろう。私も出来ればいつもああしたいのだが、普段はあのように一カ所に纏まったりはしないのだ。貴様がいれば、掃除もぐっと楽になる」


「お願いですアルルン君……っ! 私、本当は誰にも迷惑をかけたりしたくないんですっ! 今も私の力を消したり、制御したりする方法をずっと探してて……アルルン君がいてくれたら、きっともっと上手くできると思うんですっ!」


 フェアとピコリーはそう言ってアルルンにそれぞれの眼差しを向けた。


 その様子はやはり真剣そのものであり、少なくとも今までアルルンが旅の途中で見た悪人や軽薄な人物とは似ても似つかぬものだった。

 そしてなにより、アルルン自身の中に息づく力強い命の鼓動――――それはどこか、先ほど抱きしめられた際に感じたピコリーの暖かさと同じ温もりが残っている気がした。

 アルルンは、その暖かさを抱きしめるように掌を胸に当て、二人に向かって笑みを浮かべた。


「ピコリーさん、フェア様。お話はわかりました。元はと言えば、僕の命はお二人に助けて貰ったんだし、弟子入りだって僕がお願いしたことですっ! こんな僕でよければお手伝いさせてくださいっ!」


 アルルンはその大きな青い瞳に満天の星空のような輝きを宿して宣言すると、未だ不安な様子でアルルンを見ていたピコリーににっこりと微笑んだのであった――――。

 

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