第42話

 それからエマとマナは、ポーラハム村の殺戮を行ったプラニエル二軍を全員殺したが、それでもエマの恨みが晴れることはなかった。


 むしろ時間の経過と共に、徐々に恨みが深まっていった。


「エマ……もう、ポーラハム村でひどい事した奴らは、全員殺したよ。復讐は終わったんだ」

「まだ……まだ足りない」


 エマの瞳には狂気が宿っていた。


「奴らを産んだ両親、同じ血を引いている肉親。全て殺す。奴らと関わった奴らを皆殺しにする」

「な、何を言っているのエマ……家族は関係ないじゃない。関係ない人を殺しちゃ駄目だよ」

「家族を殺しただけじゃまだ物足りない……知り合いも殺さないと……そいつとちょっとでも同じ空気を吸った奴らも殺す……いや、それだけじゃ物足りない……そうだ……人間だ……人間がいなかったら、あの惨劇は起きなかった……人間なんかがいたから、皆は殺されてしまったんだ」


 そのエマの様子を見て、だいぶ精神的に病んでしまっているおと思い、マナは止めなければと思う。


「エマ! よく聞いて、もう復讐は終わったの……憎い奴らは全部殺したんだ。それで、気持ちは完全には晴れないかもしれないけど、これからは前を向いて生きていかないといけない!」

「駄目だ……まだ足りない……まだ足りないんだ! もっと殺せと皆が言っている」

「それは幻聴だよ! エマ聞いちゃだめ!」

「殺さないといけない。一人でも多く、人間を」


 必死に紡いだマナの言葉も、エマには届いていない。


 エマが歩き出したので、マナは彼女の肩を掴んで止めようとする。


「エマ!」

「うるさい! 邪魔をするな! 私一人でもやる。皆の無念を晴れるまで、殺して殺して殺して殺しまくるんだ」


 狂ったようにエマは呟く。


 マナは、肩を掴んでいる手に力を込め、エマの両眼をしっかりと見据え、



「だったら最初にアタシを殺しなさい!!」



 と叫んだ。


「アタシも人間だ! そんなに殺さないと気が晴れないというのなら、最初にアタシを殺しなさい! アタシを殺すまで、ほかの人たちは絶対に殺させない!」

「う……」


 狂いかけていたエマだが、マナの叫びで自己矛盾に気付いた。

 肥大した恨みは人間そのものに向かうようになったが、今自分が一番頼りにしているマナもまた人間だという事に。

 人間を恨むということは、マナも恨まないといけないという事に。



「さあ! 殺しなさい! アタシを殺しなさい!」

「うぅ……」



 マナは必死の形相で叫んだ。


 その勢いにエマは怯む。


 そのあと、エマはか細い声で、


「殺せるわけない……」


 そう呟いた。


「……ならもう人間を殺さないで。エマの復讐は終わったの。これからは、前を向いて生きていこう」

「……それは……もう無理だ」

「無理じゃないよ! 確かに将軍殺しちゃったから、この国では生きていけないと思うけど。大陸の外には色んな国があるっているし。アタシとエマの二人でならきっとどこで暮らしても……」

「無理なんだ」


 マナが言葉を言い終わる前に、エマは手を払いのけた。


「さよなら」


 そう言い残して、一人で飛び立っていった。


「ま、待ってエマ!」


 空に手を伸ばしマナを引き留めようとする。


 飛べないマナに、エマを引き留める手段はない。


「待ってエマ! エマあああ!!」


 それに向かって必死に叫ぶが、エマが飛ぶのをやめることはなかった。


「エマあああああああああああ!!」


 叫び声は虚しく空に響く。


 エマは空の彼方へと消えていった。





 エマが飛び去った後、マナは追跡したが、あまりの飛行速度の速さに追いつくことは出来なかった。


「はぁー……どうしよっか……どこに行ったんだろう」


 マナは途方に暮れる。


 人間を殺そうとエマがしているのなら、そのうちニュースが来るはずだ。


 現在マナは、将軍を殺した裏切り者の罪人扱いされているため、動きにくいということはあった。エマがいないので、いざという時、空を飛んで逃げることも不可能。


 自信の力量には自信があったが、仮にプラニエルに囲まれた場合、生き延びる自信はなかった。


 危険はあったが、それでもマナは顔と素性を隠し、町に潜伏することに。


 しかし、一向にエマが人間を殺したという騒ぎが起きることはなかった。


 悪くない事だが、これではエマをどう見つければいいか、分からなくなる。


 マナは必死に考えた。


 どこかにエマの手掛かりがないだろうか?


(ポーラハム村にあった……あの神殿……)


 知り合いの精霊もいたし、エマがどこかに行くとしたら、神殿以外に思いつく場所はなかった。


 マナは行くと決め、早速ポーラハムに向かった。


 一度行っただけだったので、時間はかかったが何とか到着した。


 ポーラハム神殿の中にマナは入る。


「精霊さんいるー?」


 まるで友達かのように気楽に神殿にマナは入り込む。


 ドンダは出てこない。


 以前ここに来た記憶を頼りに、ドンダがいる部屋を探した。


「ここだ」


 大きな扉を見つけ、そこを開けて中に入る。


 正解だったようで、土の精霊ドンダが、部屋の真ん中で佇んでいた。


「勝手に入ってくるとは、無遠慮な奴だ」

「ご、ごめんなさい。でも、急な要件で……」

「エマの事か?」

「! ……やっぱりエマはここに来たの?」

「ああ、来た」

「いまどこにいるの!?」

「もう二度と会う事の出来ない場所へと行った」

「へ……?」


 二度と会えない場所へ行った。


 その言葉が意味していることは、一つしかマナの頭には思い浮かばなかった。


 ただそれを信じることは出来なかった。


「そ、そんなの嘘だ。エマが死ぬわけない」

「死んだ……というのは少し違う。いや、死んだと言えば死んだのだが……転生の術を使って、500年後に転生したのだ」


 聞きなれない術だった。


「転生の術……何それ?」

「現世での生活をすべて捨て、記憶を保った状態で、来世を生きれるようになれる。基本的に使ってはならん術だが、不治の病を抱えたものなどに使う事がある。翼族用に作られた術で、エマはハーフであるが、翼族の特徴を色濃くついでいるから、術は成功するだろうな」

「……な……何でエマはそんな術を?」

「お主がおるからだそうだ。今の時代ではお主がおるから、人間に復讐は出来ん。転生してからやるのだそうだ」

「な、何それ……」


 とても正気をとは思えない発想であった。

 だが、あの半分狂っているエマなら、そんな考えを持ってもおかしくないと思う。


「エマは恐らく人間を滅ぼすつもりだ」

「ほ、滅ぼす?」


 いくらエマが強くても、それは流石に無理だとマナは思った。


「ポーラハム神殿には、『怨念球』と呼ばれる、極めて危険なものが納められている。それを上手く使えば、人間を滅ぼすことも可能な力を手にすることが出来る。わしはそれを守るためにここにいるのだが、仮に転生して宝玉を取りに来たら、わしに止めるすべはない」

「その宝石って?」

「この部屋の奥にあるものだ。見えるだろ?」


 ドンダ以外の物に注目していなかったため、気づかなかったが、確かに奥に赤い宝石が鎮座している。


 禍々しい気を放っており、あれは危険なものだと、本能が告げている。


「そ、そんなにやばい物なら壊さないと」

「壊すのは無理だ。その時点で世界に災いが降り注ぐ。あの場から動かしたら、数か月後に壊れて同じことが起こる。あそこに置いておくしかない」


 マナは本能的に感じている危機感で、ドンダの言葉が本当であると信じた。


「あれを使うには、人間の王族の血、ドラゴンの肝などの素材を使い、準備を行い、宝石を破壊する。すると、その力を自分の物にすることが可能なのだ。エマほどの強者が力を手にしたら、何人人間や魔族が集まろうと、絶対に倒せないほどの絶大な力を持つことになるだろう。当然、大きなリスクもあるがな」

「デメリット?」

「ああ。中にいる怨念に体を乗っ取られ、自分の意思で体を動かせなくなるというリスクだ」

「そ、そうなったらどうなるの?」

「周りをただただ破壊する、破壊神になる。人間だろうと翼族だろうと皆殺しだ」

「何でそんな者の力に頼ろうと……」

「意思を乗っ取られずにすむ自信があるのか、もしくは乗っ取られても人間を殺し尽くせるからいいと考えたのか分からんが……どっちにしろまともな考えじゃない」


 話を聞いて、エマを何があっても止めなくてはと思った。


「アタシが儀式をして壊すってのはどう?」

「駄目だな。理性が失われる。力をコントロールすることは出来ず、破壊の限りを尽くすようになるだろう」

「わ、分かんないじゃんそんなの……」

「分かるさ」

「じゃ、じゃあ、エマを止めるにはどうしたらいいの?」


 マナから質問を受け、ドンダは考える。


「お主も転生するしかないな。500年後の世界へ転生し、エマを止めるのだ」

「アタシも出来るの? 翼族用の術って言ってたけど」

「原理的には、不可能ではない。ただ、どんなトラブルが起きるかは分からん。失敗してもおかしくはないし、不完全な状態で転生することになるかもしれん」

「可能性はゼロじゃないの?」

「ゼロではない」


 それを聞いたマナは、一瞬で結論を出した。



「――――なら、転生する。アタシがエマを止めないで誰が止めるの」



「……提案しておいてなんだが、危険だしやめた方がいいぞ。所詮は500年後の世界の事。お主に関りないと言えば、ないことだ」

「そんな事ない。エマはアタシが救わないといけない。アタシがもっとちゃんとしてたら、エマが追いつめられることもなかった……エマがああなったのはアタシのせいだから」


 マナは自分の行動をずっと後悔していた。


「エマと一緒に復讐したのが、そもそも間違ってたんだ……アタシが説得してやめさせれば良かったんだ。復讐なんかよりずっと楽しいことがあるって、誰かを憎むより誰かを好きでいたほうがずっと幸せだって、エマに教えてあげなければいけなかった……」

「……転生してそれを教えたいのか? あの子の恨みはずっと根深い。当然だ家族と故郷を全て奪われたからだ。エマを本当に救う事がお主に出来るか?」

「分からない。でも、やらないと絶対に後悔する」


 マナの転生するという意思は固かった。


 その後、ドンダは何度かリスクを説明したが、それでもマナの意思は変わらず、転生の術を使用した。


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