第39話
それから数年後――――
戦況は人間側が有利であったが、魔族も一方的にやられていたわけではなく、重要な拠点を攻め落としたり、人間の軍隊を罠にはめ、殲滅したりとやり返してはいた。
それでも数で優る人間に、押されており、魔族側の重要な城であるブラッドルート城を人間は数十万の大軍勢を動員し、攻略を使用としていた。
その人間の動きに、魔族も黙ってみているわけもなく、ブラッドルート城付近にある、ルバホム平原に大軍勢を集結。野戦で敵軍を撃退しようとしていた。
両軍合わせて約100万人の大戦、ルバホムの戦いが勃発した。
人間はその戦いに、大勝利を収める。
敵軍が戦死者約二十万人に対し、自軍は一万人ほど。
まさに圧勝と言っていいほどの大勝利であった。
プラニエルが大戦果を挙げ勝利した。
特にマナとエマの働きは、軍を抜いており、その戦いを機に、マナは『聖女』エマは『戦女神』と呼ばれ、称えられるようになった。
元々エマの評価は高まってきていたが、この戦を機に、翼族であるエマも英雄扱いされるようになっていった。
ルバホムの戦いが終わったあと、マナはプラニエルを設立した将軍ラプトンに呼び出された。
「今回の戦の活躍見事だった」
「ありがとうございます」
戦で活躍したことを褒められても、ちっとも嬉しくはなかったが、マナは一応お礼を言った。
「今回の戦で魔族は兵を失いすぎた。こうなればもはや負けることはあり得ぬ。そこで、もうお主も戦う必要もないし、人質を解放した。聖女の家族を人質にしているとあっては、外聞も悪いだろう」
「ほ、本当ですか!?」
戦うのが嫌で嫌で仕方なかったマナには、非常に嬉しい話だった。
「これはお願いだが、これからも我が国のために、その力を使って欲しい。戦以外にもお主の力は役に立てるはずだ」
「何をすればいいんですか?」
「回復魔法で病気の者を治したり、教育に携わるなり色々だ。まあ、それに関してはあとで報告する。これはあくまでお願いだから、断っても構わんぞ」
これから働かないのもあれだし、話次第では受けようとマナは思った。
「あ、そうだ。エマも戦いから解放されるんですよね」
「いや、奴はそのまま戦ってもらう」
「え? 何でですか?」
「理由を話す必要はない」
「あの、エマもアタシと一緒で戦うのは嫌いなんです。だから、解放してやってください」
マナは必死で懇願する。
「駄目だ。奴には戦い続けてもらう」
頑なな態度でラプトンは断った。
これは説得できないと思い、マナは一つ結論を出した。
「……じゃあ、アタシも戦うのをやめません」
「なに?」
「エマを一人で戦わせるわけにはいけませんから。別に人質がいなくても、戦い続けていいんですよね」
「……別に構わんが。お主は戦うのが本当に嫌いなのだろう? なぜエマのためにそこまでする」
「当然ですよ。エマは親友ですから」
真っすぐラプトンを見つめて、マナはそう言った。
「分かった。退出せよ」
ラプトンに促されて、マナは将軍室を出た。
「君がマナか」
部屋を出た瞬間、男に話しかけられた。
黒髪でメガネをかけている中年の男だった。
やせ細っており、覇気を感じない。
「誰?」
「私は将軍の弟のルドマンだ。エマの父でもある」
「え!? エマのお父さん!? 嘘でしょ! 全然見えない!!」
顔は全く似てないし、この迫力のなさでエマの父親とは、マナには信じられなかった。
「本当だ……どんな人を想像していたんだい?」
「もっと、こう、おっきくて、カッコいい感じの人」
「反対で悪かったね……」
落ち込むルドマンを見て、マナは慌ててフォローする。
「お、落ち込まないでください! 似てるとこもありますよ! ほら髪の色とか!」
「うん、髪の色だけは私譲り何だ。ほかはまるで似てなくてね……母親に似たんだ」
「そ、そうなんですかー。会ってみたいなーエマのお母さんにも」
ルドマンは真剣な表情で、マナの目を見つめる。
「私は父親失格でね……エマがここに来ることになったのも、戦う羽目になったのも、全て私のせいなんだ……何もエマにはしてあげられなかった。あの子は戦うのが苦手な心優しい子なのに……」
「……」
暗いトーンで話すルドマンに、マナは声をかけることが出来なかった。
「でも、思ったよりエマは平気そうなんだ。友達が出来たんだと。君の事だったんだな。君のおかげでエマはここまでどうにかやってこれた。情けない頼みになるが、これからもエマを支えてやってくれないか……?」
自分には何もしてやれないことを悔いながらも、ルドマンはマナにお願いをした。
「言われなくてもそのつもりです!」
笑顔でマナはそう返答した。
〇
それからさらに数年後。
戦争はもはや戦争と呼べなくなっていた。
一方的に有利になった人間が、魔族を蹴散らす、虐殺と化していた。
その虐殺を、一番強いられていたのが、エマであった。
「大丈夫……?」
日に日にエマの表情は暗くなっていっていた。
口数も減り、精神的に参っているようである。
少し前まではあくまで軍人だけを殺していた。
相手も死ぬ覚悟と殺す覚悟を決めて戦っている者たちだ。
まだ、殺しても心が痛まずに済んでいた。
しかし、今回は民間人も殺すよう命じられることも多々あった。
何度もエマは殺さないように言ったのだが、殺せの一点張り。人質のいる状態のエマに逆らうことは出来ず、殺していくしかなかった。
「……私は翼族と人間のハーフは、翼族にも嫌われていると思ったが、そうでもないみたいだ」
数分間沈黙した後、エマはそう呟いた。
「四対八枚の翼は、翼族にとって相当縁起の良いもののようで、神の使いと思われているらしい。だから、私が殺しても、笑って死んでいっていたよ。この世の地獄から救って、天国に連れていってくれるって。私はただの人間のコマに過ぎないのに、それを神の使いだと信じて」
怒りと悔しさを込めて、両手を握りしめ体を震わせながら、エマは呟いた。
ほかの魔族はまだしも、翼族の民間人を殺したことが、エマに精神的なダメージを与えていた。
マナは、そんなエマを抱きしめて、
「エマ、やっぱり将軍に直訴しに行こうよ。もう戦うのやめさせてくださいって。このままじゃ壊れちゃうよ」
そう提案した。
「奴が私の言葉を聞くものか」
「分かんないよ。私も一緒に行ってあげるから。だから行こうよ」
エマはしばらく考えた。
今の状況にずっと耐えることは不可能だとは、自分でも思っていた事だった。
考えた結果、
「分かった」
と返答した。
マナとエマは、ラプトン将軍に戦うのをやめさせるよう直訴しに行った。
〇
「ならん」
その返答は予想通りだった。
直訴しに行ったが、あっさりとラプトンは却下した。
マナも諦めたりはしない。食い下がる。
「何でですか! もう戦いになってないし、エマの力は必要ありませんよ! エマを戦いから解放してやってください!」
マナの懇願のあと、将軍室の扉が開き、エマの父親であるルドマンも入ってきた。
「父さん!」
「兄上! 私からもお願いします! エマを戦いから解放してやってください!」
地に付くほど頭を下げて、ルドマンはそう懇願した。
「エマは兄上にとっても姪であり、身内です……どうか……どうかお願いします」
「お願いします! アタシをエマを解放してくれるなら、何だってやりますから!」
二人から必死に懇願されて、ラプトンは「はぁー」と息を吐き、
「分かった。解放してやる」
そう返答した。
「ほ、本当ですか! やったー!」
マナは飛び上がって喜んだ。
エマ本人より喜んでいるくらいだ。
二人は要求が通ったことを喜びながら、将軍室を出た。
「兄上! ありがとうございます!」
ルドマンが、兄に全力でお礼を言った。
ラプトンは、弟を見ず、部下を呼び出した。
しばらく経過して、数人の部下が将軍室を訪れた。
「何でしょうか」
「まずはルドマンを取り押さえろ」
「かしこまりました」
ルドマンは取り押さえられる。
いきなりの事で、彼は非常に戸惑っている。
「それと、あの忌まわしき翼族の村を、この世から抹消せろ」
「……! まさか! ポーラハムの村の事ですか!?」
取り押さえられながらルドマンが叫ぶ。
「それからエマ……奴を殺せ」
「かしこまりました」
部下がその命令を了承した。
「兄上! 嘘をついたのですか!」
「あの哀れな呪われた娘を、その呪縛から解放してやるのだ。嘘は付いていない」
「兄上ぇ!!」
「お前にはしばらく牢に入ってもらう。しばらく牢の中で、貴様の犯した過ちを悔いるがよい」
部下がルドマンを牢へと連行する。
「あにうえぇぇぇぇぇ!!!!」
ラプトンは、弟の怨嗟をこめた叫びを聞いても、一切表情を変えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます