第10話

 ――――ジェードランはチョロい。


 あまりにもあっさりと好感度が上がったので、マナの中で疑惑が持ち上がった。


(これなら好感度200にも簡単に上げられるかも)


 マナはそう思い、ほかにも思いつく限り、ジェードランを褒めることにした。


「ジェードラン様は魔王になりたいと思ってらっしゃるんですよね。ジェードラン様より凄い人なんていませんし、きっとなれますよ!」

「やはり見どころのあるなお前は、この俺の凄さを簡単に見抜くとはな」


 好感度100に上昇。


「このバルスト城も素晴らしい城です。大きくて立派なお城ですし、ジェードラン様が主をなさっているということで、さらに素晴らしさがましています」

「初めて話すが、口の上手い奴だ。ハハハ、もっと言え」


 好感度150に上昇。


「とてもお強くて、カフス様でも全く叶わないとか。とても凛々しく戦われるのでしょうね。憧れます!」

「まあな。カフスも強いが、俺に勝ったことは一度もない」


 好感度200に上昇。


(本当にあまりにもあっさり好感度がカンストした。三分もかかんなかったし……めっちゃちょろいじゃんこの人! でも……)


 マナはジェードランの様子を見る。

 褒められてとても上機嫌に笑ってはいるのだが、マナに頭を下げて従属の構えを見せてきたり、そんな様子は全く見受けられない。


(もしかして好感度200まで上げても、アタシに仕えるってことはないのかな? まあ、でも好かれたんなら、脱出の手伝いくらいしてくれそうだけど……一度、ちゃんと命令を聞いてくれるか、試してみよう)


 どんな命令をしてみるか、マナは少し考えて思いついたので、命令をする。


「ジェードラン、一回、ワンって鳴いてみて」





 ジェードランは、意図の分からない命令を受けて怪訝な顔をする。


(何を言っているんだか)


 子どもがからかっているのかと思い、マナを見た。

 その瞬間、彼の体を雷が落ちてきたかのような、衝撃が貫いた。


 最初に会ったときに抱いた、ただの人間の子どもという印象ががらりと変わり、凄まじい威圧感を放つ、自分とは次元の違う存在にマナが見えたのだ。


(ど、どういうことだ。何だこいつは……)


 思わず平伏してしまいそうになるところ、何とかこらえる。


 先ほどの命令に関しても、思わずワンと言いそうになるが、何とか抑えるようとする。しかし、自分の意思に反して口が勝手に動きだす。


「ワン」

「や、やった成功した」


 ワンと鳴いたジェードランの姿を見て、マナは小さく拳を握る。


 鳴いてしまったあと、ジェードランは自分の身に何が起こったのか分からず、狼狽える。


(ば、馬鹿な……口が勝手に!?)


 その様子を見ていたカフスも、目を見開いて驚く。


「まさか……マナ様は、あのジェードラン様をも従えるだけの器を持っておられるのか……?」


 ジェードランが他人に従うなど、考えられない。


 利益があれば、従うフリをすることはあるものの、心の底から従う事はない。現在マナに従うフリをする理由など、どこにもないため、自分と同じような状態にさせられているのだと、カフスは思っていた。


「はぁはぁ……私にも同じ命令をしてくださらないだろうか……」


 カフスの横で、ハピーがマナに犬のように扱われる自分を想像し、興奮して鼻息を荒くしていた。


「貴様……何をした……」


 ジェードランが語気を荒げて、マナに詰め寄った。






(あ、あれ? 成功したんじゃないの?)


 明らかに険悪な表情だ。ハピーやカフスはすぐに跪いていたが、ジェードランだけ様子が異なっている。


 試しにもう一回命令してみることにした。


「マナ様は素晴らしいですって言ってみて」

「そんなこというわけ……マナ様は素晴らしい! ……って何で言ってしまうんだ!?」


 ジェードランの奇妙な様子を見て、従ってはいるが心のどこかで抵抗しているような変な状態になっているのだと、マナは分析した。


「クソ……なぜだ……本来ならこのような無礼は許せず、痛めつけてやるのに、傷一本付けてはいけないという気持ちになる…………お前は、お前は一体何なんだ」


 ジェードランは悔しくて唇をかみしめる。


「悔しがる必要はない。アタシには溢れ出るカリスマ性があるの。抗えなくて当然だよ」


 スキルは人間にしか発現しないし、魔族が知っているのか疑問だったため、マナは嘘の説明を行った。


 なぜ今まではそのカリスマ性とやらを使わず、牢にいたのだとか、色々疑問点はあったが、この不思議な現象に、説明をほかに説明を付けられないジェードランは納得するしかなかった。


「跪きなさい」


 ジェードランに命令する。


「ふ、ふざけるな……幼女なんかに跪くなど……俺の……俺の……」


 わなわなと震えながら、ジェードランは抵抗を試みる。



「プライドが許さんわ!!」



 と叫びながら跪いた。



「ぐあ! な、なぜだ~!!」

「だから言ったでしょ? アンタは抗いきれない」


 マナはジェードランに接近し、間近で彼の目を見つめる。


「これからアンタはアタシの家来だ。いい?」

「ふ、ふざ……ふざ……」


 本来ならすぐに、ふざけるなと一蹴している話である。


 しかし、今のジェードランはそう出来なかった。

 僅かに残ったプライドを総動員し、頷いてはならないと抵抗し、拳を握りしめ小刻みに震える。


 この話を飲んでしまうと、今までの飛王になるために行ってきた努力が全て失われる。絶対に回避しなければならない事態である。

 だが、なぜかそれよりもマナの命令に背き不況をかってしまうという事態になる方が、恐ろしく感じ、それだけは回避しなければならないと、ジェードランは思ってしまっていた。


 ジェードランは結論を出し、恐る恐る声出した。


「分かった。お前の家来になる……」


 バルスト城の主、ジェードランをマナは家来することに成功した。





(案外余裕だったねー)


 あまりにもあっさり成功して、マナは拍子抜けした気分になる。


 何はともあれ、これでこの城を出ることが出来る。

 城主であるジェードランの力を借りれば、脱出し人間の城へと帰還するのも、容易いだろう。


 マナは城に戻せと命令しようと思い、寸でのところで思いとどまる。


(あれ? アタシって実家の城に戻っていいの?)


 疑問が湧き出てきた。


 仮に城に戻った場合の状況を、頭の中でシミュレーションしてみる


(今のアタシは幼女。しかも一回魔族に連れ去れた。アタシが親なら……護衛を大量に付けて、部屋の中で過ごさせる。つまり……牢獄生活と何も変わらないじゃん!!)


 衝撃の事実に今気づいた。

 人間たちを魅了するのも手だが、果たして親である王様にも効くのだろうか。


 確信は持てない。


 親は好感度を上げても、親なので保護者としての立場は変わらない可能性がある。


 自由に動けない状態だと、いざ記憶を取り戻して転生後やるべきことがわかった時、大変困るだろう。


(このバルスト城の城主はジェードランで、今のところ彼はアタシ家来にしたということは、実質的にアタシが城主なんだよね。ってことは、記憶を取り戻して、やるべきことが分かった時、この城の力をフル活用できるわけなんだね。それ以前に、この城の力を使って失われた記憶を取り戻す方法を探すことも出来るわけだし……今は戻らずこの城にいたほうがいいかもね)


 城に戻る方が明らかにメリットが多そうなので、ここは城に残るとマナは決める。


 ただ城主をいきなり変えると、大きな混乱が起きそうである。

 なので、


「これからも城主はジェードランが務めて。基本的には今まで通り、城主をしていればいいけど、たまにアタシが命令を出すと思うから、それには従ってね」


 影から支配するスタイルで行くことに決めた。


「さ、さっきはああ、言ったが、俺が誰かに従うなんぞ……」


 まだ抵抗しようとするジェードランに、マナはニッコリとほほ笑んで、


「従ってね」


 そう言った。

 ジェードランは、逆らいきれないと知り肩を落としながら、力なく返答する


「……従おう」

「じゃあ、まずあの地下の部屋嫌いだから、もっといい感じの部屋使わせて。あと外出も自由にしてね」


 あんなところに押し込められていては、思い出せるものも思い出せないと思っていたマナは、いくつか要求した。


「三階に……誰も使っていない大きな部屋があった。そこを使えるように今から準備をさせる」

「ありがとう。アンタいい子だね」


 マナに褒められると、ジェードランは赤面する。


「ク、クソ、なぜ褒められるとこんなに嬉しい気持ちに……み認めんぞ、こんなこと……」


 ブツブツ反抗的な呟きをしながらも、最初に与えられた命令を遂行しに行った。


「マナ様! 私は何をすればいいでしょうか! 犬になればいいでしょうか!?」

「何で犬!? あんたは戦って疲れただろうから、休憩しときなさい」


 ハピーには面倒なので、そう命令を出した。


 カフスにはジェードランを手伝うように命令を出す。


「さて、何とか最悪の状況は脱したね……アタシも疲れたから少し休もっかな。そのあと、失われた前世の記憶について考えよう」


 マナは執務室にあった、大きめのソファーに横たわり眠りについた。





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