第32話 追跡劇

 「あ〜、そうそう!こないだ出された新曲がめっちゃ良くてさ〜……」


 店の外で耳にスマホ越しに会話をする嵐。ちなみに相手は煌太郎である。

 もう結構な時間話し続けているが、まだ話は終わりそうにしない。


 「……そう言えば、校外学習もうすぐだよな〜。行き先は牧場だったけ?」


 『そうやぞ。そしてそれ終わったらあっという間に期末試験やな』


 「大丈夫だって〜。まだまだ時間あるしいざとなったら一夜漬けすればヘーキヘーキ」


 言外に「勉強しろよ」と釘を刺した煌太郎だったが、楽観的な嵐の反応に溜息をつく。

 嵐は赤点魔神の異名が付けられるほど同学年では"留年に最も近い男"と言われる有名人だ。

 当然、そんな男に一夜漬けで赤点を回避出来るほどの要領ない。

 だから、煌太郎は先を見越してこう助言を与えているのだが嵐は「自分はやれば出来る子」だと思いこんでいるため耳を貸さない。


 ……実際はそのやる気も頭脳もないのにも関わらず。


 (こりゃ今回もアカンやろな)


 煌太郎は肩をすくめた。


 「うわっ!?」


 『どうしたん?』


 突如、電話の向こうで素っ頓狂な声を上げた嵐に煌太郎が眉を寄せる。


 「いや、何でもない。オレの入ってた喫茶店からカバン抱えた男が逃げるように飛び出してきただけで……」


 「何でもないことないやろ」と電話越しに突っ込もうとしたが、それは再び乱暴に開けられた扉の音に阻まれる。


 「おい!待てお前!ぶっ殺してやる!」


 流麗な容姿に似合わない乱暴な言葉を口にしながら出てきた銀鈴の美青年は先程の男と同じ方向に殺意を滾らせながら走っていった。


 「物騒だなぁ……」


 他人事のように呟くと嵐は友人との会話を再開した。


 (そう言えば先に出ていったヤツの持ってた鞄、オレのと似てたような……)


 ◇


 「待てっつってんだよこの泥棒!」


 自分の鞄が盗まれたとも気付かない持ち主を置きざりにして、それを盗んだ男と追跡者零聖の逃亡劇が繰り広げられていた。

 男の足の速さは特別速いわけではなかったが、ショッピングモール内は休日とあって多くの人々でごった返している。

 故に零聖は他の客とぶつからないようにスピードを緩めながら走っていたが男の方はそんなことお構いなしに走り続けている。


 「きゃっ!」


 男が一人の女性にぶつかり転ばせるがその足が止まることなく、寧ろスピードは速まっているように感じられた。

 幸い女性の方は大したことはないようだが、このままではいずれ怪我人を出してしまう可能性もある。一刻も早く男を止めなければならない。


 「誰かその男を止めて下さい!泥棒です!」


 そう呼びかけるも周囲は驚きと戸惑いで誰も動き出そうとしない。


 零聖は舌打ちした。こういう時は誰か特定の個人を指さなければ「誰かがやってくれる」と思ってしまい動かないのが人なのだ。

 かと言って選り好みしている暇はない。こうなれば自分もスピードを上げて捕まえるしかないと決心したその刹那、男が突如として何かに躓いたようにバランスを崩し、床に倒れこんだのだ。


 これは好都合。

 零聖は起きあがろうとする男の背中に蹴りを入れ、床に叩き伏せると関節技を決め、拘束した。


 「はなせぇ!」


 「離さねえ……よっ!」


 「うぐっ!?」


 更に関節を締め上げられた男が苦しげに声を上げる。

 零聖はその拘束を維持したまま周囲に集まってきた一人に目を向ける。


 「そこの金髪のお兄さん!警察に電話して!」


 「ああ……はい!」


 零聖の直々の指名に金髪の青年は戸惑いつつもその圧に押される形で携帯を取り出し、警察へ通報する。


 「おい!やめ……ぐふっ!?」


 腕が痛むことも忘れて身を捩り激しく抵抗する男の頬を零聖が殴りつける。

 それを見た周囲の何人かが加勢したことで男は完全に組み伏され、やがて抵抗する気力を失った。


 ◇


 しばらくして駆けつけた警察に男は連行された。

 どうやら男は過去にも窃盗事件を起こしたことがあるらしく「またお前か」と駆けつけた警官の一人が呆れていた。

 零聖は軽い事情聴取を受けた後、解放されると警察から事情を聞いて駆けつけていた嵐がお礼を言いに来た。


 「わざわざありがとうございます!おかげで助かりました!」


 「いえいえ。今度からは席を立つ際はちゃんと荷物は持っていって下さいね」


 思いの外、丁寧に鞄の礼を言う嵐に零聖は内心ヒヤヒヤしながら対応していた。

 先程は気付かれなかったとは言え、今は距離も近い上、話している声の特徴で気付かれる可能性もある。

 更に言うなら名前でも聞かれでもしたら警察の手前嘘をつくことは出来ない。一発アウトだ。

 そんな緊張感が終始、零聖の中で張り詰めていたが嵐は正体に勘づくことなく、最後に頭を下げると喫茶店へ帰っていった。


 「零聖くん」


 そこへ嵐が去っていったタイミングを見計らって聴衆に紛れていた一姫が現れた。


 「待たせて悪かった」


 「いいよいいよ。零聖くんは何も悪くないんだし。はい、これカバン」


 「ありがとう。ところで会計はしてきたのか?」


 「うん。零聖くんのカバンから財布取り出した」


 「オレの鞄と財布漁ったのかよ」と思った零聖だったが、あのままずっと待たせておくのも悪かった上、奢るのは決定事項だったので別に問題ないかとすぐに割り切った。


 (こいつが金盗むとか考えられないしな)


 「さっ、早くデートの続きしよ?」


 一姫が蠱惑魔的な笑みを浮かべ、手を差し出してくる。

 無視しても良かったが零聖はしょうがないなと呆れたように笑うと自身の手を伸ばそうとした。しかし……


 「レイ」


 それをすごーく聞き覚えのある声に止められた。

 零聖が錆びついた歯車のようなぎこちない動きで振り返るとそこにはゴシックロリータ風の服装に身を纏ったこれまたすごーく見覚えのある顔がいた。


 「愛舞……」


 「……何しようとしてるの?」


 愛舞は拗ねたように頬を膨らませながら普段とは違った印象を抱かせる半目でこちらを見ていた。

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