第26話 緊張

 「……続いてのコーナーはこちら!Phoinixさんのミニライブ!」


 気がつけばトークは終わってしまい、生歌を披露する時間となってしまった。

 正直に言うとここに至るまでの記憶がない。ただ、一姫と恋の反応に終始、一喜一憂しっぱなしだったのだろうということは分かる。

 こんな調子で歌など歌えるのだろうか。そんな自身への不信感が頭に掠めてくる。


 「フォイさん、少しいいですか?」


 そこへ漣が舞台裏の方から「こっちへ来い」と手招きしてくる。

 司会者に断りを入れてから裏方へ走ってゆくPhoinix。その姿にファン達は「どうしたのだろう?」と首を傾げていた。


 「どうされました?」


 「どうされましたかじゃないですよ。バレてないとでも思ってるんですか?」


 惚ける零聖を半目で睨む漣。その見透かされたような目に零聖は「うっ」と思わず声を出してしまう。


 「で、何があったんです?」


 必要以上に物を言わず問いかける漣に観念した零聖は顔見知りが来ていることを大人しく白状した。


 「なるほど。それで挙動不審にしていたわけですね」


 「はい……身バレするんじゃないかと思うと恐ろしくて……」


 身バレ。それは匿名で活動する零聖にとって最も恐るべき事態。

 零聖=Phoinixだということが知られれば零聖の望む平穏な生活は失われる。なんとしても避けなければならない。


 「ていうかフォイさんってメンバーと関係者以外に交流あったんですね」


 「うるせえ。こちとら一応学生なんだよ。学友くらいいるわ」


 尤もその学友とは今この場に来ている一姫、恋のことを指していないのだが。


 「あのねえフォイさん。僭越ながら申し上げさせて頂きますが、そんなの分かりきっていたことじゃないですか」


 萎縮する零聖に漣はまるで手間のかかる弟を落ち着かせるような口調で言った。


 「この仕事やってるならいつかは起こり得ることです。とっくに覚悟くらい決めてなきゃ駄目ですよ」


 「そうですけど……」


 「そしてなにより……フォイさんの勝手な都合で全力のパフォーマンスが出来ないなんてあってはいけません。ファンの方に失礼ですよ」


 「……!」


 その言葉に零聖は一瞬、稲妻に撃たれたような反応を見せるもすぐ腑に落ちた顔になった。


 「そうですね。例えばオレの正体がバレようと関係ありません。オレはファンの皆んなを楽しませるだけです。ありがとうございました」


 「いえ、これがマネージャーとしての仕事ですから」


 頭を下げる零聖に漣も慇懃に礼を返す。


 「じゃあ、いってきます」


 晴れ晴れとした顔で舞台へ戻る零聖。

 そんな逞しい後ろ姿を見送った漣は微笑を浮かべ、人知れず呟いた。


 「いってらっしゃい」


 その後、Phoinixは緊張の欠片も感じさせない全力のパフォーマンスでファンを沸かせたのだった。


 ◇


 「歌凄かったね」


 「うん、動画とほとんど変わらない上手さでびっくりした」


 遂に始まった握手会の列に並びながら、先程聞いたPhoinixの生歌に賞賛の言葉を口にする二人の少女がいた。

 Phoinixの歌声は女性でも出せないほどのハイトーンボイスでありながらキンキンと不快感を感じさせず、歌の内容ともよくマッチした完成度の高いパフォーマンスで今度是非、ライブに行きたいと思わせられるほどだった。


 「ていうか……ホントにアタシみたいなこの前知ったばかりの女が来ても良かったの朱雀さん?」


 「こういうは形から入った方がいいんだよ恋ちゃん。好きな気持ちは本物なんでしょ?」


 いつの間にか恋のことを下の名前+ちゃん付けで呼んでいるのが気になるが一姫は前向きな言葉をかけてくれる。しかし、恋が尻込んでしまうのも仕方ない。何故なら……


 「私フォイくんがメンバーの中で一番好きで!」


 「初めてお会いしたんですけどこんなに格好良い人とは思いませんでした!」


 「『ジェノサイダル・パーティー』が"orphanS"の曲で一番大好きです!」


 熱気がとにかく凄かった。

 普段姿を見せないPhoinixに興奮し、捲し立てるように話すのは当たり前。中には……


 「私、不登校だったんですけど……Phoinixさんのこと知って……立ち直れて……」


 めっちゃ号泣しているファンもいる。

 こんなある種狂気的とも言えるほどの情熱を持っている面々の中に自分がいることに温度差を感じずにはいられなかったのだ。


 「というか、朱雀さんは緊張しないの?こういうイベントとか参加するの初めてなんでしょ?」


 「う〜ん……わたしは変に度胸があるタイプだからあんまり緊張はしないかな?鈍感なだけかもしれないけど……」


 それでも羨ましいと恋は思う。緊張で上手く気持ちを伝えられなかったり、汗をかいて臭いと思われるよりはずっといい。


 「話す時、最近知ったとかは言わない方がいいのかな?」


 「無理に隠す必要はないんじゃないかな?でも、この前知ってすぐ来るなんて人は珍しいと思うから言った方が印象に残るかもよ?」


 「なるほど……」


 正攻法とは真逆の提案をする一姫に恋は「その手があったか」という衝撃とともに深く感心した。


 「じゃあ、何を言えばいいのかな?」


 「取り敢えずは深く考えず好きな曲とかを言ったらいいんじゃないかな?でも、言いたいことはある程度決めて……」


 待ち時間を使い、楽しげに話し合う二人。その姿はたった四、五日前に知り合ったばかりなのに昔からの友人同士のような気さくさがあった。


 「では、次の方どうぞー」


 やがて時間が過ぎ去り、いよいよ一姫と恋の番が回ってきた。

 誘導員の指示に従い、仕切りの役割を果たしているパーテションの間を通る二人。この先にPhoinixがいるのだ。

 そのことを噛み締めるように一歩一歩踏み出す。


 そして、遂にその時が来た。


 「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」


 机を隔てた先でPhoinixが完璧な曲線で描かれた顔に笑みを浮かべ、歓迎の言葉で二人を迎えた。

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