第8話 オデッセイ
零聖と別れた一姫は(そのままついて行こうとしたが)そのまま真っ直ぐ自宅であるマンションに帰った。
「ただいまー!」
「おかえりさない。学校はどうだった?」
そうは言ったものの学校帰りを感じさせない元気な声で帰ってきた娘に母
「うん、楽しかったよ。あとね、れーくんに再会したの!」
「れーくん?」
美姫は覚えていないようで洗濯物を畳みながら首を傾げた。
「ほら、覚えてない?わたしが六歳くらいの頃まで暮らしていた一戸建ての隣に住んでた男の子」
その時だった。美姫が畳んでいた洗濯物を落とし、固まっていた。目は見開かれ、その手は震えている。
「お母さん……どうしたの?」
まるで何かに怯えているような母の反応に一姫は心配と訝しさが混じった声で尋ねた。
「……ううん、何でもないわ。れーくん、れーくんね!良かったじゃない!元気にしてた?」
「……うん!やっぱり印象は変わっていたけどね」
打って変わって明るく取り繕う美姫に一姫は戸惑いつつも頷いた。
「そう……元気なのなら良かったわ。……本当に良かった……」
美姫はしみじみと噛み締めるように何回も呟いた。
◇
その後も零聖についてやたら詳しく尋ねてくる美姫に一姫は今日の知った範囲でのことを話し続けた。
美姫なりに零聖のことが気になっていたのだろうか?しかし、いささか過剰な気もしたのでそれとなく聞いてみてもはぐらかされてしまうし、考えてみても分からない。
一姫は仕方ないと肩を竦め、目の前の"あること"に集中することにした。
それはスマホに映された某動画サイトのライブ配信――俗に言う生放送だった。
配信元のチャンネル名は"orphanS official channel"。
『"
『Aiです』
『
登録者は百万人。チャンネル内容は"orphanS"の楽曲、ゲーム実況などが多い。
"orphanS"は顔出しをしていないため、動画画面にはメンバーのイラストが貼られ、そこから声が聞こえているだけだが、ファンからすれば歌を歌っている時には決して伺い知ることの出来ないメンバーの素が見られるので嬉しいものだ。
ちなみに冒頭でPhoinixが言った"fam"とは"orphanS"ファンの呼称である。
『ちなみに
『ん。自業自得』
PhoinixとAiのメンバーに対する容赦ない死刑宣告に現在進行形で書き込まれてゆくコメント欄に「草」や「w」のような笑いを表すコメントが次々と表示されてゆく。
『さて、本日はタウンヴァンガードさんとのコラボグッズ完成記念イベントのが遂に今週の土日に行われるということで軽くおさらいをしておこうと思います』
『パチパチ』
『イェーイ!』
タウンヴァンガードとは幅広い雑貨を取り扱う複合型書店で今週の土日に"orphanS"とのコラボグッズを一定額購入すればメンバーとの握手券が入手出来るというイベントが行われる予定だ。
『ちなみにオレが〇〇店、Aiが△△店にお邪魔するといったように各店舗毎にメンバーが一人ずつしかいないので一店舗しか行っても全員会えないので宜しくお願いします』
『あ、でもイベント開催は同時刻じゃないから一店舗目のイベントが終わってすぐ次のお店に行くってことを続ければメンバー全員と会えるかもしれないよー。要するに私達に会いたきゃ貢げ』
『その言い方やめてくれない?』
本気とも冗談とも受け取れるNonetのボケに零聖が突っ込むと再びコメント欄が沸きかえる。
その際、流れてゆくコメント欄の中に時折、コメントの代わりに金額が表示された色付きのアイコン――通称投げ銭が見える。
それを見ていた一姫は「動画を配信するだけでいくら儲かっているんだろう」と思った。
加えて"orphanS"が投稿している楽曲を含むほぼ全て動画には広告が付いている上に再生回数も多いことを考えると相当儲けているのかもしれない。
「凄いなあ……」
一姫はしみじみと呟いた。
『さて、思ったよりも大分時間が余ったんだけど……皆んな何して欲しい?』
Phoinixのその言葉にコメント欄が今日一番の盛り上がりを見せる。
『お〜サービスするね〜。やっちゃおうか?」
『うん、やろう』
Phoinixの思いつきの発案にもNonetとAiは前向きな反応を示す。画面の越しで三人が顔を見合わせて笑っているのが分かった。
『では、して欲しいことがある人はコメント欄に書き込んでいってくださーい』
その呼びかけを皮切りに一気に大量のコメントが投下されてゆき、コメントが流れる速度も増していった。
勿論、一姫も要望を書き込むとコメント欄に投下した。
『オデッセイ歌ってください!』
今はこの曲が聞きたくて仕方なかった。
叙事詩オデュッセイアをモチーフにして作られたPhoinix唯一の恋愛ソングで離れ離れになった恋人に再会するため、奮闘する男を歌った歌だ。
もしかしたら今、この曲に自分と零聖を重ねているのかもしれないと一姫は思った。
中々評判の良い曲ではあるのだがPhoinix本人は「性に合わない」と中々歌おうとしないため一姫は内心歌ってもらえないだろうとあまり期待してはいなかった。
『やっぱり歌って欲しいって人多いね〜。皆んな一曲ずつ歌おうよ』
『オーケー』
『うん』
『じゃあ、私は"あの日死んだ私に"で!』
『わたしは"空想Drive"を……』
『……じゃあ、オレは"オデッセイ"を』
「……え?」
その言葉に一姫だけでなく、画面の向こうのAiとNonetも驚いた反応を見せた。
『……珍しいね。Phoinixがその曲歌うなんて』
『まあな……リクエストが目に入って今日はなんとなく歌ってもいいかなって思っただけだよ』
『わたし、あの曲好きだよ。すごくロマンチック』
一姫は不思議な気持ちに包まれた。今まで感じたことのない感覚だった。
嬉しいような。ワクワクするような。自分でもよく分からない高揚感に包まれた。
自分の聞きたい曲を歌ってもらえることへの嬉しさなんていう単純な気持ちじゃない。
『……それではお聞きください。Phoinixで"オデッセイ"』
そんな気持ちの中、気がつくと"オデッセイ"が歌われていた。
生歌だからかいつもより歌詞が頭に残る。
『どんな困難が立ち塞がろうと必ず君に会いに行くよ』
『君のいない日々は灰色でまるで永遠という名の監獄にいるようだ』
『この長く辛い道のりも君と出会うためにあったと思えば笑い飛ばせる』
『失くした時間の分だけ君と同じ時間過ごすよ』
やがて一姫はその気持ちの正体に気付くと微笑みながら呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「女って単純だなぁ」
今日会ったばかりの幼馴染の顔を思い浮かべながら呟くと、一人淡い思い出に浸り始めた。
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